姫カット先輩の誤解
四月も残すところ僅かとなったある日の放課後。
俺は『十六夜』でバイトに励んでいた。
とはいってもクッキーやケーキ等の注文が入れば盛り付けてホールへ流すだけだ。
『十六夜』では日替わりで出すお菓子の種類を変えている。
作るのに手間がかかるが、作ってしまえば後の作業はほとんどない。
暇な時間は新しいお菓子の考案や試作などに充てていた。
スタッフが少なくホールが忙しい時はホールに入ったりもするが、そう滅多にある事ではない。
特にバイトが一人増えてからはホールでも余裕ができたようだった。
その増えたバイトスタッフである、姫カット先輩こと東大路青藍先輩も本日出勤していた。
本日でまだ三度目の出勤である先輩をキッチンから盗み見る。
輝く黄金の長髪にサファイアのような美しい碧眼。
細身ながら男好きのしそうな肉感のあるその身体は、店の制服に隠れている。
いや、純白のシャツの一部を押し上げる豊満なそれは強烈な主張をしていたが。
まだバイトを始めて間もないというのに、既にお客様が退店した後の片付けや配膳などは形になっていた。
まだ注文聞きや会計などは本格的にはやっていないが、この分ならすぐに習得することだろう。
この日は20時に閉店した。
特別早くもなく遅くもない時間である。
「お疲れ様でした、セーラ先輩。」
洗った皿等を持ってキッチンに入ってきた先輩へ声をかける。
「お疲れ様でしたわ、吾郎さん。」
優雅な笑みで返答してくれた。
ちなみにお互いの呼び名だが、セーラ先輩の二度目の出勤日の閉店後、並び歩いての帰り道で先輩から提案されて今の形に変えたのであった。
先輩曰く「私が認めた方には姓ではなく名で呼んでいただきたいと思っておりますの。高校生になって同年代の男性にこれを許可するのは初めてですのよ!」という事らしい。
光栄に思え、ということだろうか。
まぁマスター達は最初から先輩を名で呼んでいたが、雇用主側だから良いらしい。
こんな完璧超人に認められる程の事はした覚えがないのだが、先輩なりに俺の中に何か見出すものでもあったのだろうか。
だとしたら俺もなかなか捨てたものではないと思える。
ちなみに"セイラ先輩"ではなく"セーラ先輩"なのは本人のこだわりである。
「本日は初めて一人で注文を取りましたわ!」
豊満な胸を張ってドヤ顔をする先輩。
ドヤ顔すら似合う先輩は普通の美人じゃないと思う。
「凄いですね、流石は先輩です。」
「オーホッホッホ!当然のことですわっ!」
あからさまな煽てに喜ぶセーラ先輩。
この笑い方は高校でできた友達に借りた漫画の影響らしい。
外から見た"お嬢様らしさ"を身につけようとしているのだとか。
意外に外部からの影響を受けやすい人だ。
「本当に凄いですよ先輩。こんなに覚えの良い人なんて他にいません。オンリーワンでナンバーワンです。セーラ先輩がここへ来てくれて本当に良かった。」
「ま、まぁ……そ、そんなに褒められますと流石に照れてしまいますわ……」
ここぞとばかりに褒め称えると顔を赤くするセーラ先輩。
軽く褒められるのは慣れているのに褒められまくると弱い、というのは前回のバイトの時に知った。
上流階級の方々は称賛の言葉は幾つも知っているが褒め殺しという技術がないのだろう。
あまり褒めすぎるのも端から見れば下品だからな。
「何を言っているんですか。先輩は今や『十六夜』にとってなくてはならない人材なんです。」
「あぁ、もうこれ以上は……お止しになって吾郎さん………」
もじもじ恥ずかしそうにする先輩が珍しくて可愛くて、ついつい調子に乗ってしまう。
「今の『十六夜』には先輩が必要なんですよ。皆が先輩の存在を求めているんです。」
もはや褒めているのか自分でもわからなくなってきた。
そろそろ潮時だろうか。
「そ、そんな私が必要だなんて………ち、ちなみにそれは……吾郎さんにとっても…そうですの?」
「……え?」
ぶっちゃけ適当に褒めてたから何のことかわからなかった。
「ご、吾郎さんにとっても…私は必要……なんですの?」
あ、そういう事?
「勿論です。むしろ俺が一番必要としていると言っても過言ではありません。」
先輩がいなくなるとホールで働く機会が増えてしまう。
俺はキッチンでお菓子を作っている方が性に合っているんだ。
お客様的にも美人に接客してもらった方が良いだろう。
「ま、まぁ!!そうですのそうですのそうなんですのね!!」
そうですのがゲシュタルト崩壊しそうだ。
しないが。
それにしてもこの状況どうするか。
これ以上先輩を褒めるのも冗長に過ぎる。
話を変えるか。
むしろそろそろ帰りたい。
そんな事を願っていたところに、裏口の方からガチャっと扉が開く音がした。
ただいまーという元気な子どもの声。
亜夜姉ぇと輝夜であろう。
「………どなたですの?」
セーラ先輩が音と声に気付いて首を傾げる。
そういえば先輩はまだ亜夜姉ぇと輝夜と面識がないはずだ。
前回先輩が出勤した日も二人はこちらへ来なかったので、おそらく初対面となるだろう。
「この家の人間ですよ。マスター達の娘さんとお孫さんです。」
先輩の疑問に答えつつ二人を出迎える為に廊下へ向かった。
キッチンを出たタイミングで曲がり角からちびっ子輝夜が現れた。
輝夜は俺の顔を見るなり目を輝かせてダッシュしてくる。
「パパー!!」
毎度お馴染みの弾丸アタックをいつものように柔らかく受け止める。
「パパー!パパー!ただいまー!!」
グリグリと頭を押し付ける輝夜。
サラサラの黒髪をやや乱暴に撫でる。
キャーッと可愛らしく悲鳴を上げた。
声とは裏腹に嬉しそうに笑っている。
「おかえり輝夜。幼稚園はどうだった?」
「たのしかった!おえかきしたの!」
「お、そうか。何を描いたんだ?」
「パパとママ!!」
そう言うと輝夜は小さな肩がけのバッグから丸めた画用紙を取り出した。
A4サイズの画用紙に黒のキノコと赤のキノコが描いてある。
ちなみにキノコの足の部分は黒の方が青、赤の方は茶色に塗られている。
「………パパとママ?」
「パパとママ!!」
らしい。
「お、おぉ……芸術が爆発してるな…」
「ばくはつ?」
「とっても上手だって事だ。」
「ほんと!?」
「あぁ、俺にはこんなのは描けそうにない。」
子どもの発想は凄いものがあるな。
「かぐや、パパよりすごいの!?」
「凄い凄い、流石は輝夜だ。」
脇を両手で持って高い高いをする。
楽しそうにキャッキャと笑っていた。
「……ぱ、パパ………?」
声に反応して後ろを振り向く。
セーラ先輩が顔を青くして愕然としていた。
片手で開いた口を隠す先輩は驚き方までお嬢様である。
「あ、セーラ先輩……この子がマスター達のお孫さんです。輝夜、セーラお姉さんだ、ご挨拶して。」
輝夜を降しつつ促す。
「かぐやです!5歳です!」
ニパッと笑った輝夜がペコリと頭を下げる。
人怖じしない子だ。
将来は社交的な子になってくれるだろう。
「え、ええと……このお店でお手伝いをしております、セーラと申しますわ……」
戸惑いつつも反射的に挨拶を返す先輩。
そして聞こえてくるもう一つの足音。
「……お、ゴロー………と、誰だ?」
野生の亜夜姉ぇが現れた。
セーラ先輩を見てキョトンとしている。
「あ、ママ!あのね、パパにほめられたの!!」
輝夜が画用紙をパッと広げる。
「あぁそれな。……やっぱまじで爆発してんな。」
おい言い方。
俺も人のことは言えないが。
「ばくはつ!パパも言ってた!」
「そうか………」
亜夜姉ぇが何とも言えない目で俺を見る。
俺は誤魔化すように咳をした。
「あー……亜夜姉ぇ、こちらは新しく入ったバイトのセーラ先輩だ。俺の学校の先輩でもある。」
話をそらす為に紹介をする。
「あぁ、そういえばそんな事言ってたな。この娘がそうか。」
亜夜姉ぇが納得した表情で頷いた。
「先輩、この人はマスター達の娘さんでホールスタッフの亜夜姉ぇです…………先輩?」
亜夜姉ぇの紹介をしながら先輩を見ると、惚けた顔で俺と亜夜姉ぇを交互に見ていた。
「ぱ、パパ?ママ?幼稚園児の子ども?………ど、どういうことですの?そういうことですの?」
「……あの、先輩?」
「おいゴロー。この娘、何か勘違いしてるぞ。」
「勘違いって……あぁ、そうか。」
先輩がショート寸前になっている理由を把握した。
「先輩、輝夜は俺の娘ではありませんよ。」
「………え?」
「亜夜姉ぇは輝夜の実の母親ですが、俺は違います。昔から一緒にいるから、パパって呼ばれてるだけです。」
キョトンとしている輝夜の頭を撫でつつ苦笑する。
「で、でも…なら本当のお父様は……あっ…失礼致しましたわ。」
微妙な空気を察した先輩が頭を下げる。
混乱してても察しの良い先輩だ。
とりあえず現状を把握したらしい。
「先日からこちらでアルバイトをさせていただいております、東大路青藍と申しますわ。セーラとお呼び下さいませ。」
まともになった先輩が優雅に一礼。
亜夜姉ぇがバイトではなく社員、しかもマスター達の子どもという事で最初から名前呼びを求めたのだろう。
「月城亜夜だ。ホールスタッフならまた仕事で一緒になる事もあるだろう。これから宜しくな。」
「はい!宜しくお願い致しますわ!」
「ますわ!」
互いに礼をし合う二人を真似て輝夜がペコリと頭を下げた。
その様子を見て思わず笑う三人。
輝夜は不思議そうに首を捻ったが、大人達が笑ったのが嬉しいのか、楽しそうにキャッキャとはしゃぐのであった。
閉店作業を全て終え、先輩と二人で帰る準備をした。
外靴に履き替えた俺達をマスター達四人が見送る。
「それじゃ二人とも、今日もありがとうね。お疲れ様。」
「気をつけて帰るのよ。また宜しくね。」
マスターと女将さんが朗らかに微笑み手を振る。
「次の勤務はアタシと一緒だな。期待してるよ、セーラ嬢。」
「パパ!お姉ちゃん!バイバーイ!!」
ニヒルに笑いながら先輩を独特な呼び名で呼ぶ亜夜姉ぇと元気に挨拶をする輝夜。
「お疲れ様でした。またお願いします。」
「本日もありがとうございましたわ!」
俺と先輩は二人して頭を下げた。
踵を返して帰路につく。
「おい、ゴロー。」
いざ帰らんとしたところで亜夜姉ぇからストップがかかった。
何か忘れ物か、と後ろを振り向く。
「どうしたの?」
「アタシは別に、お前が輝夜の父親になっても良いんだよ。」
ニヤッと笑って捨て台詞を残し、亜夜姉ぇは輝夜を連れて奥へと戻っていった。
マスターと女将さんはニコニコと笑っている。
「ゴロー君、私達は歓迎するよ。」
「ゴローちゃん、いつでも引っ越してきて良いのよ。」
それだけ言うとマスターが裏口を優しく閉めた。
俺と先輩の間を冷たい風が吹き抜けた。
沈黙が場を支配する。
「………さて、帰りましょうか。」
「ちょっとお待ちなさい。」
亜夜姉ぇ……面倒な置き土産を残しやがって。
「オーホッホッホ!……こんな感じかしら?」
「良いんじゃないですか?(適当)」
「巻き髪にした方が宜しいのでしょうか?」
「それはやめて下さい。」




