二度目の宜しくお願いします
「………という訳で、本日よりこのクラスの副担任をしていただく事になった桜坂先生だ。先生、一言挨拶をお願いします。」
俺が一年間在籍する事となった2-Bの担任である壮年の男性教師がそう言うと、それに返事をしつつ彼女は教卓に立ち、柔らかく微笑んだ。
「ご紹介に預かりました、桜坂春菜です!先生になって間もなく、わからない事ばかりですが、皆さんと仲良く一年間を過ごしたいと思っています。どうぞ宜しくお願いします!」
ペコリとお辞儀をし、再びスマイル。
学生達、特に男子一同は惚けたように彼女を見つめていた。
担任教師が拍手をすると、我に返ったものから慌てて拍手する。
歓迎の拍手に包まれた彼女は一層嬉しそうに笑った。
俺も皆に追従するように拍手を送るが、内心は混乱の極みにあった。
それでも表情が崩れないのは流石のポーカーフェイスだろう。
と混乱しつつ自画自賛をしていると、彼女がクラスを見回しているのに気付いて慌てて俯く。
今は髪のセットもしていない。
真正面から見られなければ気付かれないはずだ。
自分にそう言い聞かせつつ、今後の展開を思案する。
俺の髪は高校生にしてはやや長めだ。
特に前髪は少し下を向けば正面から目が見えないほどの長さを保っている。
セットした時は前髪を流して見えるようにしているのだが、学校では適当に整えるだけにしていた。
これは別に目立ちたくないとか周囲の視線が気になるとかではない。
毎日ちゃんとセットするのは面倒だというのと、プライベートとの区別を付けたいという微妙な理由であった。
あとは、どうせバイト先では整髪料を使えないというちゃんとした理由もあった。
ならば短くすれば良いのかというと、そういう訳にもいかない。
何故ならある程度の長さがあった方がセットの幅が広がり、年齢を上に見せる事ができるからだ。
出会い系で21歳という設定の俺は、実際以上に大人に見せる為に様々な努力をしていた。
閑話休題。
とにかく、こうして俯いていれば彼女も気付かないはずだ。
だがずっとこれでやり過ごせるはずもない。
これから一年間共に過ごすのだ。
隠し通せるものではない。
時間をかければ面倒になるかもしれない。
やはりここは正直に話して互いに隠すのが得策か。
意図しない形で発覚すれば周囲に何かしらを勘繰られる可能性がある。
余程運が悪くなければ大丈夫だろうが、些細な可能性も排除するべきだ。
覚悟を決めた俺はどうやって二人で話すか、どうやって話を進めるかを思案しつつ、昨日の朝の事を思い返していた。
ハルとデートしたその日、俺達はホテルで一夜を共にした。
ハルの身体は今まで見てきた女体の中でもトップクラスに美しかった。
顔に出さずともかなり興奮していた俺は、この一年で鍛えられた技を遺憾無く発揮した。
その結果、乱れに乱れたハルは意識を失い、俺の横ですやすやと眠っている。
俺も先程まで寝ていたのだが、目が覚めてからはハルの可愛らしい寝顔を眺めていた。
いつまでも眺めていられる気もするが、そういう訳にもいかない。
あと一時間ほどで退室しなければならない。
女性の準備には時間がかかるものだし、そろそろ起こさねばならないだろう。
穏やかに眠るハルを起こすのに不思議な罪悪感を覚えつつ、俺は彼女の細い肩を揺らした。
「ハルさん、そろそろ起きて下さい。」
うーん、と可愛く唸るハル。
何度か声掛けをしていると、うっすらと目を開いた。
「……ん、ここは……?」
寝ぼけ眼で室内を見回し、俺の顔に視点を定める。
「……ツバメ君?」
「はい、ツバメですよ。おはようございますハルさん。気分は大丈夫ですか?」
「おはよう。うん、大丈夫だよ。」
目を擦りながら体勢を起こすハル。
掛け布団が落ちて彼女の裸体が露わになる。
俺が思わず凝視していると、視線に気付いたハルが自分の体を見て、「ひゃっ!」と驚きつつ慌てて隠した。
「何で私!!………あ、そっか、昨日ツバメ君と………」
昨夜の事を思い出したのか、今度は顔を赤らめて恥ずかしそうに俯いた。
「思い出しましたか。」
「お、思い出しました……何というか、その……凄かった…です。」
オドオドと感想を述べるハル。
誰も感想など求めていないのだが、彼女も色々思い出して混乱しているようだ。
「何で敬語なんですか……ハルさんも、凄く綺麗でしたよ。それに可愛かったです。」
「も、もうまたそんな事言って!お姉さんを揶揄ったらいけないんだよ!」
笑いながら茶化すように軽口を飛ばすと、これまた可愛らしく反論をするハル。
朝からイチャつくのも悪くないが、残念ながら時間がない。
時計を見るよう促すと、時間を確認したハルは慌ててシャワーを浴びに行った。
手早くシャワーを浴びたハルが身支度を整え終える頃には制限時間は目の前となっていた。
忘れ物がないかを確認し、部屋を出る。
最後にハルを抱きしめてキスをすると、ハルも嬉しそうに返してくれた。
ホテルを出てハルが伸びをする。
俺は欠伸を噛み締めていた。
昨夜は遅くまで楽しんでいたので、体が睡眠を欲しているようだ。
帰ったら寝直すか、と考えつつハルを見る。
ハルも同じくこちらを見ていた。
「……それじゃ、帰りますか。」
「……うん、そうだね。」
歩き出す俺の腕に、ハルは自然とくっついてきた。
駅に向かって歩きつつ雑談を交わす。
「明日から仕事だー。緊張するなぁ……」
「明日から本格的な業務が始まるんでしたよね?」
「うん、そうだよー。ツバメ君も明日からまた講義が始まるんだよね?」
ハルは俺を大学三年生の21歳だと信じている。
本当は明日あるのは講義ではなく始業式なのだが、真実を教えるつもりもなかった。
「ええ、そうですね。また勉強頑張らないとです。」
「うんうん、偉い偉い。応援してるよー。」
頑張ってお姉さん感を出して頭を撫でてくるが、腕を組んだままなのであまりお姉さん感は出てなかった。
あと歩き辛い。
「ありがとうございます。ハルさんもお仕事頑張って下さいね。」
応援と共にナデナデも返す。
にへへーと笑うハル。
やはりお姉さん感はない。
「うん、ありがとう!……えっと、頑張る…からさ……」
もじもじと言葉を紡ぐ。
これはハルが何か懇願する時の予兆だ。
たった一日の付き合いだが何となくわかる。
俺はあえて何も言わず、ハルの言葉を待った。
「その、えっと……これからも、また会えたりしたら……嬉しいかなって……思ってみたり……」
「………ふむ。」
魅力的な提案だが、即答はできない。
継続的な関係も幾つか持っているが、その場合は俺が高校生である事を教えなければならない。
一日だけならどうとでもなるが、何度か会っていれば必ずボロが出るからだ。
俺が考え込んでいるのを拒絶と受け取ったのか、ハルが泣きそうな顔で口を開いた。
「あ、ご、ごめん!嫌なら良いの!ごめん、忘れて!」
「嫌なんて事ないですよ。ちょっと色々考えていただけです。」
慌てて弁明し、再度ハルの頭を撫でる。
「あ、そ、そうなんだー………良かったぁ……」
安心した様子でハルは笑った。
これ以上考えていてはまたハルを不安にさせてしまうかもしれない。
このまま二度と会わないというのは俺としても嫌だし、一先ずもう一度会う約束をする事にした。
その時までにどうするか考えておこう。
また会えると聞いて嬉しそうに笑うハル。
他にも会っている女性がいると伝えた時は少し微妙そうな顔をしたが、また会えるならとりあえずそれで良いと言ってくれた。
ちなみにハルはワクテカメールを退会するらしい。
俺という相手が見つかった以上、もう必要ないとのことだ。
複数の継続的関係を持ちつつ未だに続けている事を少し後ろめたく思ったが、そのお陰でこうしてハルと出会えたのだ、とポジティブに考える事にした。
電話番号やSNSのアカウントを交換し、いつでも連絡が取れるようにしておく。
家の最寄駅は同じだった為、一緒に降りて途中まで送った。
別れ際、もう一度キスをせがまれ、口付けを交わした。
「それじゃ、また会おうね。絶対だからね!」
「わかってますよ。次も楽しみにしています。」
「うん!……あ、あと連絡もちょうだいね!待ってるから!」
「了解しました。ハルさんもいつでも連絡して下さい。」
「オッケーだよ!」
名残惜しい気持ちを押し殺し、ブンブンと手を振るハルに苦笑しつつ軽く手を上げた。
次に会うのはいつかな、と考えながら踵を返し帰路につくのであった。
まさか翌日に会うとは。
しかもこんな形で。
回想しつつ考えを纏めていると、周囲が騒がしくなった。
どうやら考え込んでいる内にホームルームが終わったらしい。
担任教師が先に教室を出ると、コミュ力の高い連中がこぞって桜坂先生を囲んだ。
あーだこーだと質問をぶつけており、困った様子ではあるが先生も生徒に囲まれて嬉しそうだった。
しかしこれでは二人で話ができない。
バイトもあるので悠長に待っている時間はない。
溜息をこぼしながら俺は荷物をまとめ、人知れず廊下へ出た。
バッグを肩に提げて屋上へ向かう。
この学校では屋上が普通に開放されており、平日の昼などはここで昼食を取る者も多い。
しかし今日は始業式。
速やかに帰宅するか同級生と遊ぶか部活に行くか。
ほとんどの生徒はそれらの選択肢を取っており、屋上には誰もいなかった。
好都合だ。
頑丈なフェンスに背を預け、スマホを取り出す。
昨日登録したばかりの番号に電話をかけた。
数コールの後、彼女の声が聞こえた。
「も、もしもし、ツバメ君?」
突然の電話に驚いた様子が電話越しに伝わってくる。
「はい、いきなりすみません。」
「ううん、全然大丈夫だよ!生徒達に囲まれて大変だったから、むしろ助かっちゃったかも。」
にへへーと笑う声を聞き、やはり彼女で間違いないのだと、わかりきった事実を再確認した。
「突然で悪いんですが、その学校の屋上に行ってもらえませんか?」
「え、屋上に?」
「はい、なるべく早く……理由は、後程説明します。」
「………わかった。すぐ行くね。」
真剣な声音を聞いて何かを悟ったのか、すぐに了承してくれた。
「ありがとうございます……」
感謝を告げて通話を終了する。
そして深呼吸をして胸の鼓動を抑えつけようと試みる。
数分後、屋上の扉が開いた。
おそるおそるといった様子で屋上へ出た彼女は、俺しかいない屋上をキョロキョロと見渡す。
俺は意を決して話しかけた。
「桜坂先生、こんにちは。」
すると彼女は目を丸くしてこちらを見た。
話しかけられるとは思っていなかったのだろう。
「あ、えっと……こんにちは?君は……」
「2-Bの燕昇司です。先程まで教室にいました。」
「そ、そうなんだ!ごめんね気付かなくて!」
慌てた彼女は申し訳なさそうに頭を下げる。
「いえ、気にしないで下さい。俺はずっと下を向いていましたし、わからなくて当然ですから。」
「そ、そっか。そう言ってもらえると……ん?」
言葉の途中で彼女は訝しげに俺を覗き見る。
「えっと、燕昇司君……君、どこかで私と会った事あるかな?それに、どっかで聞いた声のような……」
ここだ。
「やだな先生、会ったことあるどころか、昨日の朝まで一緒だったじゃないですか。」
「昨日の……朝?」
首を傾げる桜坂先生。
考えるまでもなく気付くだろうが、それを待つつもりはなかった。
前髪をかき上げて顔を晒す。
彼女の大きな瞳が更に大きくなり、ひどく驚いたのが見て取れた。
その唖然とした顔が面白くて、俺は思わず笑いながら口を開いた。
「一日振りですね、桜坂先生………いや、ハルさん。」
事実を飲み込めず言葉を返せない桜坂先生、俺は髪をかき上げていた手を下ろすと、改めて彼女に自己紹介をした。
「"ツバメ"こと燕昇司吾郎です。宜しくお願いします。」
コメディ要素とか入れたいんですけど、どうやら僕は苦手みたいです……。
どうにか入れられないかな。




