父の過失と憤怒の鬼娘
ほんのちょっとのファンタジー要素?
「都会の男が……野蛮人?」
どんな偏見だよ。
「どこの情報だよそれ……」
「だ、だってパパがそう言ってたもん!都会の男は万年発情期で常に女性を狙ってて近付くだけで孕ませようとしてくる下半身でものを考える猿以下の野蛮人だって!!」
どんな教育施してんだよパパさん。
「南風原の父親は都会の男に恨みでもあるのか……?というか、そもそも南風原はどこの出身なんだ?」
「沖縄…です。」
「あぁ……」
言われてみればそんな顔立ちをしているな。
あくまでもイメージだが。
「その割には肌は白いんだな。」
「そういう体質なんですよ。あとこっちに来る前にかなり気を遣って調整しましたし。」
「色白が良かったのか?」
「だって都会では肌が白い方がモテるって聞いて………ってそんなのはどうでも良いんですよ!!」
「お、おう。すまん。」
確かに話がそれてしまった。
素直に謝る。
「それで、父親に"都会の男は怖い"と教えられたから、俺にあんな態度を取っていたわけか?」
「まぁ……そんな感じです。陽奈は可愛いし純粋だから……都会の男に騙されてるんじゃないかって…不安になって………」
「なるほどな……あそこまで露骨に嫌われた理由としては些か弱い気もするが…?」
「そ、それは………」
ほんのり頬を赤らめて言いにくそうにしている。
陽奈の方をチラチラと見ていた。
涙も乾いてきた陽奈がその視線に首を傾げる。
「ひ、陽奈が………あんなに人に懐いてるのとか、見たことなかったし……あたしの知らない人だったし…なんか……嫌だったから……」
ふむ。
「……つまり、南風原は嫉妬していたのか?」
「なっ!?」
慌ててあうあう状態になる南風原。
こいつ、結構わかりやすい奴だな。
「南風原は、陽奈が知らない男に…しかも歳上の男に抱きついたり頭撫でてもらったりしてるのを見て…自分の知らない陽奈を見たようで嫉妬した訳だな?」
「な、なんでそんなはっきり言うのよ!?」
「違うのか?」
「ちっ、ちが!!………くは…ないけど……」
「だってよ、陽奈。」
「ほえ?」
南風原のカミングアウトに呆けてしまっている陽奈の頭に手を置き、対応を促す。
「南風原は陽奈の事が好きで好きでしょうがないそうだ。それこそ、危険な都会の男と仲良くしているのを見て、あれだけ心配する程にはな。」
心配というレベルを遥かに超えていたし、南風原の言葉や態度は決して良いものではなかったが、俺にはもうそれを責める気持ちはなくなっていた。
「朱里ちゃんが…陽奈を……?」
「ひ、陽奈……あたし…その………」
口をパクパクさせる南風原。
しかし次の瞬間、陽奈が彼女に抱き付いていた。
「うわっ!ひ、陽奈!?」
「朱里ちゃん、ごめんね!!」
「…えっ?」
「陽奈、いっぱい怒っちゃった……だから、ごめんね?」
「そ、そんな!陽奈は悪くないわよ!あたしが……酷いこと言ったんだし……」
「うん!さっきの朱里ちゃんは酷かった!嫌いになりそうだった!!」
陽奈の言葉に南風原が愕然とする。
顔が真っ青になって今にも倒れそうだった。
「でも、もう嫌いじゃない!朱里ちゃんはちゃんと吾郎兄ぃに謝ってくれたから!だから陽奈も謝るの!ごめんなさい!!」
「あっ………陽奈、ごめんなさい。ごめんなさい!!」
二人して涙目になりながらの謝罪合戦が終わったのは、それから数分後の事であった。
「……ひとまず、仲直りって事で良いんだな?」
「うん!陽奈、またまた朱里ちゃんと仲良しさんになったよ!!」
太陽のように笑う陽奈。
その手は南風原の手ときつく結ばれている。
「そ、そうね……ま、まぁその…先輩にも感謝しておきます…。」
まぁ、二人の仲直りに俺が手を貸した…と言えなくもない。
「それで話を戻すが、なぜ父親は南風原にそんな嘘を教え込んだんだ?」
「……嘘?」
「都会の男は皆ケダモノだって教えられたんだろ?」
「そうですけど……?」
「そんな訳ないだろ。」
「え?」
「都会の男全員がそんな性犯罪者みたいな奴らだったら、日本という国が成り立たんだろ。少し考えればわかるはずだぞ?」
「そ、それは………えっと……あれ?」
「……陽奈、南風原は頭が弱い子なのか?」
「えー、朱里ちゃんは頭良いよー?」
何かおかしい。
こんな誰にでもわかるような嘘に普通ひっかかるか?
「南風原、よーく思い出せ。父親からどんな風に教えられたんだ?」
「え、えっと……だから都会の男は野蛮で…下劣で…変態で…怖くて……あれ、でも確か…『そんなはずない』って…あたしそう………あれ?」
南風原が顔を歪めて頭を押さえる。
「おい、大丈夫か?」
「しゅ、朱里ちゃん大丈夫!?」
「あ、あたし……パパの言うこと、信じなくて、それで……それで…………あ……」
呆然とした顔で虚空を見つめる。
「お、おい南風原、どうした?」
「あ、ぁ……あ………」
「どうしたの朱里ちゃん!?」
「あ、あ、あぁ……あぁぁぁぁぁぁあんのクソオヤジィィィィッッッ!!!」
「うぉっ!」
「ひゃぁっ!!」
急に立ち上がって叫び出した南風原に驚いてしまう。
陽奈は俺の腕に抱きついてきていた。
「あ、あの野郎…実の娘になんてことっ!!」
「お、おーい南風原……?」
恐る恐る声をかける。
バッと振り向いて鋭い眼光で俺を見た。
なんだろう、普通に怖い。
やはり南風原は鬼だったのだ。
頼むぞ桃太郎、怯えて掴まってないでどうにかしてくれ。
しかし桃太郎は怯えるばかりで見てもいない。
俺の肩に顔をつけてブルブル震えていた。
この役立たずのアホめ!!
どうしようかと脳をフル回転させていると、身体がこちらへ向き直った南風原が、深々と礼をした。
「先輩!ほんっとーーーにごめんなさい!!」
「……え?」
「騙されていたのは……刷り込まれていたのは……あたしの方でした!ごめんなさい!!」
深く頭を下げたまま微動だにしない。
俺はひとまず状況を把握しようとする。
「は、南風原、とりあえず頭を上げてくれ。説明してくれんと、正直何がどうなっているのかわからん。」
「そ、そうですよね、すみません。………ちょっと長くなるかもですけど、良いですか?」
「あぁ、まだ昼休みが終わるまで時間あるし、大丈夫だ。ほら、陽奈。」
抱きついたままの陽奈を離す。
「それでは、えっと………まず、あたしがこっちに来ようとした理由からお話しします。」
「あぁ…中学までは沖縄だったんだよな?」
「そうです。あたしは向こうで水泳を習っていて、中学では全国大会にも出場する事ができました。それで、高校は水泳の強いところへ通って、本格的にプロを目指したいって考えたんです。」
「プロか……それにしても、東京にまで来る必要はなかったんじゃないか?」
水泳の強い高校ならもっと近場でもあっただろうに。
「はい、クソオヤジ……パパからもそう言われました。でも、あたしはどうしてもここが良かったんです。」
最初のは聞かなかった事にしよう。
「どうして?」
「それは……憧れの人が、この高校の卒業生なんです。今でもこの近くの大学に通っている方で……あたしも、高校卒業後はそこにいきたくて……。」
「その人を目指してこの高校の水泳部に入ったってわけか。」
「はい、そうなんです。でも、パパはずっと反対していて……パパは、ちょっと………かなり過保護な親でしたから。」
「可愛い娘を遠く離れた都会にやるのが心配だったんだろうな。………もしかして、それで?」
「……はい。パパはあたしの意志を変える為に、東京が怖いところだっていうのを刷り込もうとしていました。」
「南風原はそれを信じたのか?いや、でもだとしたら東京に来るのがおかしいか……」
「あたしも信じていませんでした。パパがあたしに出て行ってほしくないって思ってるのもわかってたし、『仕方ないパパだな』って思ってて………でも、ある日……」
「何かがあったんだな?南風原がそんな簡単な嘘を信じる何かが。」
「………はい。それは………」
「……それは?」
「…………さ、催眠術……です。」
「………は?」
恥ずかしそうに告げる南風原。
俺はもちろん意味がわからなかった。
「………それで、どっかの本で催眠術をかじった父親に意気揚々と催眠術をかけられ、見事にヘンテコな常識を刷り込まれてしまった……と?」
「………はい。」
なんだそれ。
「なんだそれ。」
「あ、あたしだって意味わかんないですよっ!!何か気付いたら当たり前になってて……それでもこっちに来るまでは半信半疑くらいだったんですよ。」
「そうなのか?」
「じゃないと、たぶんこっちに来てません。」
「まぁそれもそうか。…こっちに来るまではっていうのは?」
「その……実はあたし、こっちに来てすぐ、変な男の人達に絡まれた事があって……。」
悲しそうに俯く南風原。
「よくわからない街中で、道に迷って……親切な人が声をかけてくれたと思ったら、裏道の方に連れ込まれて………」
なるほど。
その事件が契機になり、半ばまで刷り込まれていた誤った知識が、常識として定着してしまったのか。
「それは………大丈夫だったのか?」
聞かない方が良いかとも思ったが、もしまずいようならそもそもここまで話しはしないだろうと考えた。
「はい、その時は、通りかかった人が助けてくれて……」
ほほう、親切な人もいたもんだな。
「男の人だったんですけど……違和感に気付いて逃げようとして、それで捕まったあたしを助けてくれたんです。あっという間に変な人達を倒してしまって………」
「その男とは話したのか?」
「……いえ、その人は綺麗な女の人と一緒にいたんですけど、あたしを助けた後すぐに二人で走って行っちゃって………」
「朱里ちゃん…そんな事があったなんて………」
陽奈が驚きと悲しみの目で南風原を見ている。
「でも、たぶんその男性が助けてくれたから、こうして高校に通って、陽奈にも会えたんだと思います。じゃなかったら、今頃あの人たちに………それか、もし助かっても沖縄に帰ってたかもしれないです。」
胸に手を当て、うっすらと頬を染めている。
「あの人に会えたから……都会にだってこういう男性もいるって……心のどこかで思っていたのかもしれません。」
「……そうか。良かったな。」
「朱里ちゃん、もしかしてその人に惚れちゃったんじゃ……?」
陽奈がハッとした顔でそう言った。
『閃いた!』とでも言いそうな顔だ。
「なっ、ち、違うわよ!そんな簡単に好きになんて………でも、もう一度会えたらなって…思う。」
「何か手がかりとかないのか?」
「その人が立ち去る時に落としていったものがあるんです。………お守り代わりに持ち歩いてるんですけど。」
そういうと、首から提げていた紐を手繰る。
制服の中、胸元からそれは出てきた。
「………鍵?」
「鍵……だね。」
俺と陽奈は二人して首を傾げた。
「そう、鍵です。これが、あの日あたしを助けてくれた人の落とし物です。」
「へぇ……キーケースとかじゃなくて鍵だけ落とすってのも今時珍しいような………んん?」
顔を寄せて見ていた陽奈が訝しげな声を上げた。
「どうした陽奈?」
「なんかこの鍵、見たことあるような気が……」
「ほ、ほんと!?」
南風原が猫のような俊敏さで陽奈に詰め寄る。
「うーん……確かにどっかで見たこと……それも何度も見たことあるよーな…?」
「ほう………ん?」
そう言われると俺も見たことあるような気がする………細かな傷、錆など………これもしかして………
「なぁ陽奈、これって………」
「ねぇ吾郎兄ぃ、これってさ………」
二人顔を見合わせる。
「俺の家の鍵じゃないか?」
「吾郎兄ぃの家の鍵だよね?」
見事に息の合った声。
「…………ふぇ?」
俺達の言葉を聞いた南風原は数秒ほど固まった。
その日の夜、俺は部活終わりの陽奈と南風原を家へ連れて行った。
というか陽奈はモロ帰り道だし、南風原もこちら方面との事で、寄り道気分で確認しようという事になったのだ。
果たして、その鍵は見事に俺の家の扉を開けてくれた。
これで鍵の落とし主、つまり南風原を助けた男とやらが俺である事が判明した。
そういえば三月の末に鍵を無くしていたのを思い出した。
鍵を無くしたその日、諸事情あって急いでいたところに変な奴らが変な事をしていたから、思わず殴り飛ばしてしまったような記憶がある。
陽奈が俺の家で飯を食いたいと言ったのでついでに南風原も招待した。
夜飯は時間もなかったので適当に作った炒飯と野菜炒めくらいであったが、陽奈はうまいうまいと馬鹿みたいに喜んでくれた。
ちなみに南風原はずっと顔を赤くして俯いていた。
チラチラと俺の顔を盗み見ていたが普通にバレバレである。
偶然とはいえ助けてくれた相手が意外と身近にいて、なおかつ昼に色々と騒いでしまった為、どうして良いかわからず戸惑っているのだろう。
恥ずかしがりながらも、俺の作った飯はちゃんと完食してくれた。
小さな声で美味しかったですと感想を言ってくれたのが可愛くて、人の印象ってのは変わるもんだなと思った。
「そう言えば、南風原はその憧れている人とやらには会った事あるのか?この辺の大学なんだろ?」
「一度だけ練習を見学させていただいた事があります。とっても綺麗ですっごい早くて……やっぱり江夏さんは凄い人です!」
「………江夏さん?」
「あ、はい。あたしの憧れの人で………スポーツ業界では今や有名人なんですよ!!先輩、知ってますか?」
「い、いや……知らないな。」
「そうですか……あぁ、一度で良いから一緒に練習してみたい……それか一緒にご飯を………」
「……まぁ、いつかできたら良いな。」




