泣き虫桃太郎の鬼退治
弁当を忘れた陽奈へ、預かったそれを届けるだけ。
ただそれだけだったはずなのに面倒な事になった、というのが率直な感想だ。
始業のチャイムに助けられた俺は、教室に戻る為にその場を後にした。
決して面倒だったから逃げ出した訳ではない。
号令には間に合わなかったが、体調が云々と適当な言い訳をして遅刻扱いにはされなかった。
名前詐欺衆が何か言いたげな顔で見ていたが無視した。
いや、山田は馬鹿にするようにニヤニヤと見てきた為、その顔に消しカスを指弾でぶつけてやった。
授業が終わり、山田が文句を言ってくるのを誤魔化す。
顔に蝿がとまっていたから追い払おうとした、と言ったら素直に信じてむしろ感謝された。
山田の将来が心配だ。
授業と授業の合間、限られた時間で読書でもしようと思っていたところで、スマホが震えるのを感じた。
取り出して画面をタップする。
陽奈からメッセージがきていた。
『さっきは何かごめんね!お弁当、届けてくれてありがとう!』
謝罪と感謝の文。
その後に猿が土下座しているスタンプが送られてきた。
何故に猿。
『気にするな。』
手早く短めに返す。
返信はすぐにきた。
『ねぇねぇ吾郎兄ぃ。よかったらなんだけど、お昼ご飯一緒に食べない?』
犬がもじもじ照れているスタンプと共に昼食のお誘いを受けた。
次は雉だろうか。
『構わないが、どこで食べるんだ?』
普段は名前詐欺衆と一緒に教室で食べている。
上級生の教室で食べるのは流石の陽奈も気不味いだろうし、俺が向こうに行くのはもっと嫌だった。
『中庭で食べよ!あったかくて気持ちいいって友達が言ってた!!』
桃がパカッと割れているスタンプ。
予想を斜め上にいったスタンプに逆に感心した。
『わかった。とりあえず昇降口を出たところで待ち合わせしよう。』
『おっけー!!楽しみにしてるね!!じゃあね!』
最後に鶏が卵を生んでいるスタンプが送られてきた。
………雉じゃねぇのかよ。
そして迎えた昼休み。
弁当を持って教室を後にする。
昇降口で外靴に履き替えて外へ出ると、団子を咥えてこちらに手を振る桃太郎がいた。
そして何故かその横には仁王立ちの鬼がいる。
いつから桃太郎と鬼は友達になったのだろうか。
鬼というには威圧感が足りない気もするが、犯罪者でも見るかのような目付きでこちらを睨んでいる。
「ぃやっほーう吾郎兄ぃ!!はっやく早くぅ!」
「はいはい……その団子、どうしたんだ?」
「貰った!!」
誰にだよ。
「そうか………んで、どういう事だ?」
小さな鬼に目を向ける。
「はぁ?あたしがいたら何かマズいことでもあるんですかぁ?」
正面切ってガンつけながてくる南風原。
「誰もそんな事は言っていないが?ただ聞いていなかったもんでな。」
「あ、ごめん吾郎兄ぃ!朱里ちゃんがどーしてもって言うから。」
「そうなのか?」
「先輩が陽奈に変なことしないように監視するんですぅ!」
「監視されるような事は何もないんだがな。」
少なくとも学校では。
「ふんっ!どーだか!」
「朱里ちゃん、何でそんなに吾郎兄ぃを嫌ってるのー?」
心底不思議そうに首を傾げる陽奈。
それについては同感だ。
俺が何かした覚えもない。
「陽奈、あんたはきっとこの男に騙されてるのよ!都会の男なんて皆ケダモノなんだからっ!!」
「吾郎兄ぃはケダモノなんかじゃないよ!……あ、でも吾郎兄ぃならケダモノさんになっても良いかも……デュフフ………」
否定するならちゃんとしなさい。
赤く染まった頬を両手で持って身体をくねらせる陽奈に心中でツッコむ。
「な、な、なっ………」
南風原は違った意味で顔を赤くし愕然とする。
「なぁ、もう行かないか?腹減ったんだが。」
「よーっし、いっくぞー!!」
両手を上げてスキップするように歩き出す陽奈。
折角の弁当がぐちゃぐちゃになるから落ち着きなさい。
「あっ、ま、待ちなさいよー!」
はっとした南風原が慌てて陽奈の背を追いかけた。
中庭には円形の花壇があり、それを囲むように複数のベンチが設置されていた。
既に数人の生徒がベンチに座って昼食を取ったりしている。
陽奈が適当なベンチの真ん中にどすんと座った。
南風原が陽奈の右側、俺は左側に座る。
四人は並んで座れるくらいの大きさである為、三人で弁当を食うくらいは大丈夫だ。
持ってきた弁当を開ける。
陽奈も同じようにしていた。
南風原はコンビニ袋からパンを取り出す。
「南風原….で良いんだよな。君は弁当じゃないのか?」
「気安く呼ばないでいただければ何でも良いです。……あたし、一人暮らしなので。」
「朱里ちゃんはいっつもコンビニでお昼ご飯買ってきてるんだよー。お料理苦手なんだって!」
「に、苦手じゃないわよ!ただあんまりやったことないだけ!」
ムッとして反論する南風原。
「そういう陽奈達は良いわよね。お母さんが作ってくれるんだから。…それに美味しそうだし。」
彼女は俺達の弁当を見ながら羨ましそうに言った。
陽奈の弁当は彩り豊かで女子らしいものだ。
栄養のバランスもしっかり考えられていて、陽乃さんらしい弁当だった。
俺のも一応考えてはいるが、自分で作る分、どうしても好みのものを入れてしまいがちになる。
「まぁね!お母さんの料理は美味しいの!」
ドヤ顔で胸を張っているが、別にお前が褒められている訳ではない。
ぼんやり聞きながらパクパク食べていると、南風原がこちらに話を振ってきた。
「先輩のお弁当も美味しそうですよね……良いなぁ。」
「ありがとう。」
「はぁ?何で先輩がお礼言うんですか?意味わかんないんですけど。」
俺が作ってるからな、と言おうとした。
陽奈もそんな感じの事を言おうとしたのだろう。
だが、次の南風原の言葉で俺達は何も言えなくなった。
「良いですよねーほんと。可愛い幼馴染とか美味しそうなお弁当作ってくれるお母さんとかいて。先輩ちょっと恵まれすぎじゃないですか?」
……何を言っているんだこいつは?
「どーせ大した苦労もせず甘やかされて育ってきたんでしょ?だからそんなぼんやりしてるのよ。」
そんなにぼんやりしているように見えるだろうか。
いつもならそんな事を考える場面だが、俺の頭は真っ白…とまではいかないが混乱していた。
「陽奈が可哀想だと思わないんですか?先輩みたいな人に騙されて、"特別な人"なんて刷り込まされて。」
南風原の苦言……妄言?は止まらない。
「陽奈は優しいし純粋だから、昔からいるだけの先輩を特別に思ってるんだろうけどさ。」
頼む。
頼むからもうやめてくれ。
じゃないと………
「付き合わされてる陽奈の身にもなって下さいよ。これ以上陽奈に甘えるはやめたらどうです?だいたい………」
面倒なことになる。
「……ってよ…」
ポツリ、と陽奈が言葉を漏らした。
陽奈は俯いており、肩を震わせて拳を握り締めている。
「都会の男ってのはこれだから………ん、何か言った、陽奈?」
陽奈の様子に気付いた南風原が垂れ流していた言葉を止める。
だが、もう遅い。
「……もう……もう黙ってって言ったの!!」
バッと顔を上げる。
鋭く南風原を睨みつけ、その顔は烈火の如く怒っていた。
「え、ちょ、陽奈?」
「朱里ちゃんが吾郎兄ぃのなにを知ってるの!?恵まれてる?甘やかされて?馬鹿にしないでよ!!吾郎兄ぃはずっと苦しんでた!悩んでた!!ずっとずっと頑張ってきたんだよ!!」
怒りに震え泣きそうになりながら南風原に詰め寄る。
「刷り込まされてるってなに!?吾郎兄ぃは陽奈にとって本当に特別なの!大切な人なの!!いつだって陽奈を助けてくれる、凄い人なんだよ!!何も知らない朱里ちゃんが、陽奈の気持ちまで踏みにじらないで!陽奈の想いを、勝手に語らないでよ!!
「ひ、陽奈?ちょっと………」
「何でそんなに吾郎兄ぃのこと悪く言うの!?吾郎兄ぃが朱里ちゃんに何かした!?陽奈には吾郎兄ぃが必要なの!吾郎兄ぃがいないと駄目なんだよ!!陽奈の……陽奈の吾郎兄ぃを、馬鹿にしないでよぉ!!」
ついには号泣し出した陽奈と慌ててつつも頭真っ白で何も言えない南風原。
陽奈の叫びを聞きながら平常心を取り戻した俺は、溜息を零しながら陽奈の頭に手を置いた。
「………陽奈。」
「っ…ぐすっ……ごろ…っ…うにぃ……うぅっ……ひなは………ひなはぁ……っ……」
涙が止まらず何を言っているのかもよくわからないが、陽奈の気持ちは強く伝わってきた。
「陽奈、大丈夫だ。わかってるから。俺は、大丈夫だから。」
泣きながら抱きついてくる陽奈を優しく包容し、震える背中を軽く叩いた。
「吾郎兄ぃ……ごべん…っ……ごめんなざいぃ……」
「何でお前が謝るんだよ……ほら、もう落ち着け、な?」
呆れたように笑いながら陽奈の肩を掴んで引き離す。
陽奈は顔を歪めて頷いていた。
涙はまだ止まらないが、ひとまず落ち着いたようだ。
俺は再度溜息をこぼし、南風原に顔を向ける。
「………南風原。」
「えっ……あ、え……?」
未だ混乱から回復しない南風原に話し始めた。
「南風原、君の誤解をいくつか解いておこう。」
「ご、誤解…?」
「あぁ……まずこの弁当だが、これは俺が作ったものだ。」
「え………そう、なんですか…」
「そうだ。俺も一人暮らしでな。弁当はいつも自分で作っている。」
「は、はぁ………」
ようやく落ち着いてきた様子だ。
だが、俺が何を言いたいのかはわかっていないようだ。
「あと、な。……俺に母親はいない。」
「………えっ?」
「母は一昨年亡くなったんだ。」
「………え、それ………そんなっ…!」
次第に状況を把握する南風原。
自分自身が言っていた言葉を思い返し、自らのしでかした事を理解したのだろう。
「ちなみに、父親は俺が幼い頃に既に亡くなっている。兄弟姉妹もいない。ついでに言うと、諸事情で親戚付き合いもなかったみたいだから、俺に家族といえる人は誰もいない。」
亜夜姉ぇや陽奈は限りなく家族に近い存在だが、"家族"ではない。
「普通の家族ってものを、俺はあまり経験した事がない。そんな俺に暖かく接してくれたのが、陽奈の家族達だった。俺も、少しでも恩を返すために陽奈の世話を焼くようになった。陽奈が俺に懐いているのは、そういう事情があったからだ。」
「そ、そんな……それじゃ、あたし………」
あえて何も言わず彼女を直視する。
一分程経っただろうか、陽奈の涙を拭って鼻を啜る音だけが聞こえていた。
やがて心の整理をつけた南風原が、俺を見る。
「……先輩……失礼なことを言って、すみませんでした。あたし、何も知らなくて……なのに、いっぱい先輩を馬鹿にするようなこと言って………甘えてたのはあたしの方なのに………」
深く頭を下げた南風原。
その姿がなんとなく陽奈と重なり、気付けば彼女の頭に手を伸ばしていた。
優しい感触に驚いた彼女が顔を上げる。
慌てて手を離し、代わりに口を開いた。
「南風原、君がどうしてそこまで俺を毛嫌いするのかはわからない。少なくとも俺には、君にそこまで嫌われるような事をした覚えはない。なのにあんな風に言われたら、こちらとしても良い感情は浮かばない………だが、俺は君が根っから悪い奴だとは思っていない。」
「……なん、で…?」
「君が陽奈と一緒にいるからだ。……陽奈は確かに純粋で単純な子だが、誰とでも仲良くする訳じゃない。ただ人の中にある善意を見抜くのが上手いだけだ。だがそれは、悪意を見抜くのが上手いという事でもある。」
善意と悪意は表裏一体。
陽奈はもともと警戒心が強く、甘えて良いと感じた人にしか決して甘えない。
ただ接した人の善意を鋭く読み取り、甘えるべきポイントを本能的に弁えているだけだ。
南風原が俺をあれほど毛嫌いして、こんな事になると予想できなかったのは、それが陽奈への感情では無かったからだ。
陽奈は心を読める訳ではない。
自分への感情に鋭いというだけなのだ。
「その陽奈が君を友達だと言った。こうして俺との昼飯に連れてくるくらいだから、それだけ信頼度も高いんだろう。でなければ君がいくら頼もうとも、ここに連れてきてはいない。」
陽奈は良くも悪くも素直な奴だ。
嫌な事は嫌ときっぱり言う子である。
「だから君は本来優しい子なんだろう……少なくとも陽奈に対しては。」
「だからこそ、先ほどの事を悔やむのなら教えてほしい。何故、君はそれほど俺を嫌っているんだ?」
「………先輩を、嫌っている訳では…ないです。」
「だが………」
「ただ…怖いんです………」
「……怖い?」
「と、都会の男の人が…。」
「それは……なぜ?」
南風原は胸に手を当てて深呼吸をした。
そして、意を決したような強い瞳で俺を見る。
「と、都会の男って…若い女性なら誰でも襲ってしまう下劣な野蛮人なんですよね!?」
「……………はぁ?」
いつもながら唐突な展開。
思いつくまま書いてるからね。
許してくだちい




