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数年前の同級生くらい覚えておこうね

ぶんぶんと大袈裟に手を振りながら武道場へ向かう陽奈を見送り、俺は一人昇降口へ向かった。

校内シューズへ履き替えて教室へ。

扉を開けると、中には数人の生徒が各々の行動をしていた。

いつもより早く着いたせいか登校している生徒はまだ少なかった。




自分の机の方を見ると、名前詐欺衆の紅一点である田中さんが静かに読書をしていた。

近寄ってくる気配に気付き田中さんが顔を上げる。


「あ、燕昇司君。おはよう。」


「おはよう田中さん。随分早いんだな?」


「私、電車通学なんだけど…満員電車とか苦手だから、ちょっと早めに出るようにしてるの。」


電車通学ってのも大変だな。


「それで、いつも読書で時間潰してるのか。」


「うん、そんな感じかな。」


田中さんが読んでいる本の表紙を見る。


『焼き鳥はビールの後で』


「……それ面白いのか?」


「まぁまぁ…かな。ミステリーの新刊だったから買ってみたんだけど。」


「…ミステリーなのか。」


「ミステリーだよ?」


そういうば好きだと言っていたな。

題名からはミステリー要素を全く感じないが。




田中さんがパタンと本を閉じた。


「燕昇司君、ちょっとお話しない?」


「構わないが?」


着席しつつそう答える。


「燕昇司君は最近なにか読んでる?」


「武者小路実篤の『友情』だな。もう読み終わるが。」


あまり分厚いものでもない。


「有名どころだね。読んだ事なかったの?」


「白樺は敬遠してたんだ。でも知り合いに勧められてな。」


ちなみに知り合いとはマスターの事である。


「へぇ……面白い?」


「まぁまぁ…かな。」


何とも言えない、というのが正直なところか。



「…燕昇司君って、ミステリーは読まないのかな?」


「有名どころは幾つか読んだが、好んで読むという訳ではないな。」


「好きな作家とかはいないの?」


「ディクスン・カーやチェスタトンは好きだったかな。」


「トリッキーなのが好きなんだね。私はやっぱりクリスティだなー。」


「前にも言っていたな。」


「日本のミステリーは読まないの?」


「あまり読んだ事はないな。田中さんはこちらのも読むのか?」


「うん、結構面白いんだよ。勉強にもなるし。」


流石は作家の卵だな。


「田中さんはミステリー作家を目指してるんだったか。」


「まぁね!まだまだ未熟者だけど……」


苦笑して謙遜する田中さん。

その界隈では既に期待を寄せられているというのに、謙虚なことだ。



「燕昇司君さえ良かったら、今度私の読んでみてくれない?専門じゃない人の意見も聞きたいし。」


「俺で良ければ構わないぞ。何も言えないかもしれんが。」


「それはそれでオッケーだよ。」


指でOKを作って微笑む田中さん。

適当に駄弁りつつ以前読んだ本について話したりしていると、あっという間に時間が過ぎていった。






ホームルームが終わり、放課を告げるチャイムが鳴る。

いつもならすぐに帰宅するところだが、今日は委員会の今年度初の集まりがある。

俺は田中さんと共に図書委員会の会議が行われる会議室へと向かった。


ホームルームが終わってすぐに来た為か、多数の長机と椅子は空白がほとんどであった。

どこに座ろうかと見渡していると、田中さんが何かに気づいた様子で歩き出す。

ひとまず付いていくかと追い掛けると、田中さんが知り合いであろう女子生徒のところへ向かっていた。


「クロエちゃん!今年も図書委員になれたんだね!」


小柄の女子に話しかけながら手を握る。


「ハナちゃんも大丈夫だったんだね。良かったね!」


鈴が鳴るような綺麗で可愛らしい声だった。


「…田中さん、知り合いか?」


「あっ、ごめん燕昇司君!…友達のクロエちゃんだよ。去年は同じクラスで、同じ図書委員だったの!」


「なるほどな…。」


とりあえず挨拶をする為に女子生徒を見る。

陽奈よりも更に低い身長。

華奢な体付き。

艶やかな黒髪のミディアムボブ。

だが特に伸ばされた前髪が顔の上半分を覆っており、目元はチラチラとしか見えない。




彼女は何故か俺の顔を見てひどく驚いている様子だった。


「え、え、燕昇司…君?」


どもりながら震える声で俺の名を呼ぶ。


「俺を知っているのか?……すまん、どこかで会った事があったか?」


だとしたら悪いことをした。

若干焦りながら問いかける。

だがそれ以上に彼女は焦っており、まともに受け答えができていない。



「あれ、クロエちゃん、燕昇司君の知り合いだったりするの?」


田中さんが助け舟を出す。

ナイスだ名前詐欺。


「え、えっと、えっと……ち、中学が、その……い、一緒でし…た……。」


たどたどしく答える女子生徒。

何故かその瞳は潤んでおり、頬は赤く染まっている。

泣きそうになっているように見えるのだが、俺が何かしてしまったのだろうか。


………いや、明らかにやらかしているだろう。

中学の同級生だと?

非常に申し訳ないが全く覚えがない。

クラスメイトではなかったりするのだろうか?



「に、二年生の時に……同じクラス……でし…た。」


まじかよ。


「……ちょっと、燕昇司君…?」


呆れたような…いや、少し怒ったような声で圧をかけてくる田中さん。

言い訳もできない。

俺が無礼にもクラスメイトを忘れたのが明らかに悪いのだから。


「……本当に申し訳ない。大変な失礼をした。」



あの頃は周りを気にする余裕がなかった。

君だけじゃなくほとんどのクラスメイトなど顔も覚えていない。

そういうのは簡単だったが、何を言っても言い訳になると思った。

頭を下げて素直に謝る。


だが俺の謝罪に驚いた女子生徒はあわあわしながら手を振る。


「あ、あぁ頭を上げて下さいです!わ、ワタシ、二年生の途中で転入してきたんです!燕昇司君が覚えてなくても、仕方ないです!」


わたわたしながらフォローしようとしてくれる、優しい子だ。

そんな子を欠片も覚えていない事に罪悪感が溢れ出る。



「いや、本当にすまなかった。……良ければ、君の名前を教えてほしい。知っているようだが、俺は燕昇司吾郎だ。」


「わ、ワタシは北嘉多玄絵(きたかたクロエ)といいますです……」


「北嘉多さんだな。覚えた。もう忘れない。」


真剣な眼差しで北嘉多さんを見る。

ふぇっふぉっなどと変な声を上げながら、顔を真っ赤に染める。

今にも頭から湯気が出そうになっていた。



「んー、まぁクロエちゃんが良いなら私が関わる事じゃないけどさ。………それより、これは……ふーーーん?」


渋々ながらも納得してくれた田中さんであるが、次の瞬間には何かを悟った様子で、北嘉多さんを見てニヤニヤしながら何度も頷いていた。


「クロエちゃん、そういう事だったんだぁ!」


「は、ハナちゃん!?何を!?」


慌てる北嘉多さんの耳に田中さんが何かを囁く。

ボンッと効果音が聞こえそうなほど、北嘉多さんの顔が更に赤くなった。

アイスノンか何か借りてきた方が良いだろうか。

頭に血が昇り過ぎて倒れるぞ。


わちゃわちゃと仲良さげにじゃれる二人を見ながら、これからは人の名前はちゃんと覚えよう、と反省する俺であった。





会議はつつがなく終わった。

仕事の内容や予め決められていたローテーションを聞くくらいしかする事はなかった。

田中さんとクロエさんと三人で会議室を出る。

クロエさんは田中さんと同じく文芸部に所属しており、これから二人で部活へ行くらしい。


俺が彼女をクロエさんと呼ぶようになったのは田中さんの提案がきっかけである。

北嘉多という名字は呼びにくい為、名前で呼んだらどうかと言われた。

いきなり名前で呼ばれても嫌だろうと言うと、クロエさんが全力で首を振って否定したのであった。

すぐに自分が興奮しすぎていると気付いて顔を赤くして大人しくなったが、本人たっての希望ということもあり、名前で呼ぶ事になった。


ちなみに俺の方はそのまま燕昇司君呼びである。

田中さんは名前で呼び返せばフェアだと言ったが、クロエさんが恥ずかしがってすぐには無理だという結論に至った。


また、田中さんも名前で呼ぶかという話になったが、田中さんは花子という名前があまり好きでない為、そのまま呼ばれるくらいなら田中さんが良いという。

クロエさんのように愛称で呼ぶのなら構わないと言われたが、それは俺には難易度が高すぎた。



三人で話しながら歩いて行き、途中で別れた。

俺は階段を降りて昇降口へ向かい、二人は昇っていく。

気恥ずかしそうに別れを告げながら、胸の前で小さく手を振るクロエさんが小動物のようで可愛らしかった。

そのうち登場人物とか纏めてのせたいと思ってます。

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