第九百九十六話・はっきりしない関家
Side:冬
「甘く見られたものね」
領境からの報告に春が不機嫌そうな顔をしているよ。賊の被害が止まらない。悪事と思っていないから、あからさまな敵意・悪意はないと思うけど。境界域の治安なんて管理していない時代だもんね。ある程度は仕方ない。
でもね。関家からの返事があまりに無礼だと、織田家関係者の間で騒ぎになっているの。
『自分たちは賊など知らない。困ってもいない。賊がいると言うならお前たちが悪いのだろう』という半ば喧嘩腰の文を持った使者がきた。しかも使者の身分も低く、完全に舐められている。
神戸家の本家。とはいえそこまで親しいという話もないわ。神戸が織田に臣従したのが気に入らない。そんな本音があるって言うけど。
こちらの使者を神戸家が出したことも気に入らなかったのかな?
「領境の賊は減っておりませぬ。こちらも討伐しておるのでございますが、賊はこちらの姿を見ると関家の所領に逃げてしまいまする」
関家との境界警備を任されている警備兵の武士が、苦々しげに報告をしている。頑張っているんだよ。警備兵も臨時に動員したみんなも警備犬のみんなも。でも越境しての討伐はなかなか難しいの。
領境が曖昧だから多少は追えるけど、関家側の村の田んぼまで行くと追えない。
被害は領境付近の領民がいない村。三河の教訓から、賦役に動員した村はなるべくみんなで移動させているの。賦役に参加出来ないお年寄りと妊婦さんや幼子だけの村は無防備過ぎて危ないからね。
「大殿の許しが降りたわ。領境を固めるわよ。人の往来も怪しい者は通さないでいいわ」
「はっ」
関家、一応北畠家に臣従している。でも北畠家の宰相さんも言うことを聞かないと困っていた相手。関家の所領には東海道もあるけど、最近は使う人も少ないから封鎖してしまうことにしたみたい。
これに合わせて司令は、関家との取り引きを止めるように領内の商人に命じた。もう完全に敵扱いね。
近隣には長野領の安濃津の商人もいるけど、彼らも関家との商いはしないと思う。長野家に義理はあっても関家に義理はないもの。
「冬、ここは任せた。私も領境に行くわ。舐めた態度を取ったらどうなるか教えてあげるわ」
「了解~、任せて」
すでに夏は賊の討伐に領境に行っているけど、春も兵の増員と一緒に向かうみたい。秋は賦役の差配で忙しいんだよね。私が神戸家のお城で差配するのかぁ。
医療型だしケティと違って指揮とかあまりしたことないんだけど。まあ、なんとかなるかな。
Side:北畠具教
関め。所領が離れていることをいいことに勝手ばかりする。所詮その程度の臣従ということか。
「気に入らぬのであろう。北伊勢も神戸も己の知らぬところで勝手に動くことが。あそこも古くから己でやっていっておるからな」
父上は端から関など信じておられん。斯波と織田のことは信じても関は物の数に入れるなと言うておられたほど。長野との戦も関を抜きで支度を進めておるほどだ。
「いかがするべきか」
「織田にくれてやればよかろう。鈴鹿関は欲しいであろうからな。その代わりに長野が籠城したら兵を出してもらえ。中伊勢と南伊勢を強固とすれば釣りがくるわ。それにこちらから兵を挙げると恨まれる」
曲がりなりにも臣従しておる故に始末に負えぬと悩んでおると、父上はあっさりと切り捨ててしまえと言うではないか。さすがにそれには驚きを禁じ得ん。
「驚いていかがする。そなたが始めたことであろう。織田の国の治め方が広まれば、大領や飛び地など重荷、不要となるのだ。あれは内輪で揉めぬ限り勝てぬ。残念なことに当分それもあるまい」
関を切り捨てるか。
確かに織田の力とやり方を見せるために尾張に連れて参ろうとしても、体調が優れぬと家臣を寄越して終わった。ならば北畠家中と誼を深めるのかと見ておれば、それもしておらぬ。長野との戦には来るつもりのようで支度をしておるらしいが、籠城でなくば合流は難しかろう。勝手に奪いたいのが本音と見ゆる。
「父上……」
「安易に城を出るそなたには随分と悩まされたが、こうしてみるとそれが良き結果に繋がった。世の中とは面白きものだ。少なくとも長野や関と組んで織田と争うよりは遥かによかろう」
己で継いだ所領を己で治めていく。当たり前のことだ。長野も関も取り立てておかしなことをしておるわけではない。むしろ異様なのは斯波と織田だ。
力なくば夢も語れぬ世なのだ。強く、賢くあらねばなるまいな。父上も面白うないところもあろうが、折り合いを付けられたか。北伊勢での織田の動きを見せつけられて、理解せねばならん立場となったということかもしれんがな。
関は、いかが考えておるのであろうな。
Side:久遠一馬
「おかしな話だね。北畠と長野の戦なのに。長野は和睦を模索していて、関の動きにみんな怒っている」
信秀さんと具教さんが関の動きに怒っている。具教さんは関に対して織田と揉め事を起こすなと厳命したらしいが、関はこちらの窓口である神戸相手に強気だ。信秀さんは領境で揉めたら攻め入ってもいいとすら言っている。
北畠と揉めることになるかもしれないが、そっちと話を付けたほうがいいと判断したらしい。
「面白くないのよ。殿か織田一族が交渉すればもう少し話を聞いてくれると思うわ」
大武丸と希美の絵を描いているメルティが関盛信の心情を推測するが、血縁がある神戸家を無視して交渉するというのはこちらとしてはあり得ない。
三河だってそうだ。松平宗家や吉良家や水野家が、縁ある家の窓口となって交渉をしている。頭ごなしに織田が出ていけばいいという問題ではない。
「北畠家に臣従した立場を上手く使うつもりのようでございますな。臣従した者が勝手をするなどよくあること。それを治めてこそ主であると考えておるのかと」
資清さんは武士とはそんなものだと達観したような顔をしている。実際歴史を見てもそうなんだよね。同じ家に臣従した者同士で争うなんてよくあることだ。特にこの時代の守護大名は、国人の連合体のトップというだけで絶対的な力がないからね。
「こりゃ、面白いね。北畠は関を切るつもりだよ」
ふと具教さんから今さっき届いた文を読んでいたジュリアが面白そうに笑った。
あー、領境の賊の問題を信秀さんから具教さんに文を送った結果か。問題を起こしたら攻めてもいいと書いてある。多分、信秀さんにも同じ返事が届いているはずだ。
ただ、長野が籠城した場合は援軍を頼むかもしれないとも書いてあるけど。やはり籠城攻略戦は北畠だけでは手に余るか。
「損切りか。宰相様も悩んだんだろうね」
長野さえ降せば関も領地続きとなる。鈴鹿関を擁する関の領地は北畠だってほしいはずだ。
ただし長野と関の領地を安定させて戦力化するには北畠だと相当な時間が掛かる。治安も悪いし、長野領にある安濃津は過去の津波と近年のウチの商いから取り残されている影響で廃れているんだよね。
織田だと資金と人員を投入して一気に開発が出来るが、そのノウハウも当然ながら北畠家にはない。見よう見まねでやると失敗しそうなんだよね。
関は気付いているのか? 長野ではなく自分のところが存亡の機だということに?
気付いてないだろうなぁ。あそこの動きは典型的なこの時代の武士そのものだ。幾分引きこもり気味に思えるけど。














