第九百九十四話・伊豆諸島調査団
Side:久遠一馬
北畠と長野が本格的に戦支度を始めた。兵糧と武具を集めて、領内の村々に兵を出させる。こうして書くと簡単に思えるが、領民や商人も馬鹿ではない。勝ち目があるかなど慎重に考えて動く。
「長野では、領内に残る一揆勢を許す代わりに動員するつもりのようでございます」
望月さんの報告に思わず顔をしかめてしまった。
「背に腹は代えられないということね。悪い策じゃないわ」
長野領には北伊勢から逃れた一揆勢と、長野領で一揆を起こした者たちが今も結構な数で潜伏している。食べ物なんてないが、周囲の織田領や北畠領に行けば捕らえられるので行き場がない故に、残る者たちだ。
そんな飢えている一揆勢を許す代わりに動員か。メルティが仕方ないと言いたげな顔で悪い策じゃないというが、確かにそうだろう。
一揆勢は飢え死よりはマシと考えるしかない。
「北伊勢からは追加の派兵要請が来ていたんだよなぁ」
北伊勢、とりわけ関と長野と国境を接する地域では、彼らの領地からの賊の流入が問題になっている。一応、賊を寄越すなと要請はしているが、あまり効果はない。関は賊など知らんと突っぱねているし、長野は返事は悪くないが実行が伴ってない。
尾張と美濃からの派兵と現地での徴兵で、おおよそ二千名ほどを追加で該当地域に送ることが数日前の評定で決まった。
賊も様々だ。もともと治安の悪い地域であり、近江や畿内から流れてきて東海道の旅人を襲っている者たちもいれば、地元の村人が食うに困って賊になっている場合もある。当然一揆勢の生き残りもそうだ。
誰も武士が兵を挙げて討伐に来るようなところにはいないし、山中などに隠れていることが多い。地元の村人は堂々と村に住んで賊など知らないと言うだろうしね。
織田領では積極的に賊狩りをしているが、それは寺領だろうが討伐に入れる警備兵だからこそ出来ることでもある。細々と独立した領地がある他国では賊狩りをするのも大変なんだ。
長野はそれを戦力とする気か。まあそうでもしないと戦にもならないほどの力の差が長野と北畠にはある。具教さんどうする気かな? これ甘く見ると意外に痛い目を見そうだけど。
そうそう、志摩水軍。臣従をしようとする国人が他にも出始めた。勝手に争っても助けないと北畠家が突き放した影響だろう。
水軍の領地はすべて召し上げだ。九鬼家にも現状を調査する文官が送られたが、当面は九鬼さんを代官として現状維持になるだろう。北伊勢の検地もあって手が回らない。
それに織田水軍では戦に備えて海から長野を押さえる準備をしている。水軍放棄の条件が海の守りを織田が担うということだからね。当然長野の水軍衆はこちらで相手をしなくてはならない。
九鬼さんはそれに参加することになるようで張り切っているようだ。戦にはならないと思うが、新参者になるのだから武功が欲しいんだろう。
他の志摩水軍の動きが早いのもそれが理由のひとつにあると思われる。伊勢近海で戦があるとすればこれが最後かもしれない。それに参加出来ないのは困るということだろう。
「春から血生臭いね」
「致し方ありませぬな。長野や関はいずれにしても飢えておりますれば」
せっかく草木が芽吹く春だというのに、血生臭い戦とか勘弁してほしい。とはいえ望月さんが言う通り、飢えているんだよね。長野とか関の領地では。
一部の領民は例によってこちらに逃げてきているが、一揆の残党もあって判別が難しい。一応一揆の残党という証拠がないと受け入れているけど。
春の麦の収穫にはまだ早い。長野は食いたければ奪えと言って戦をするしかないんだろう。
困ったもんだ。
Side:太田牛一
わしは今、御家の南蛮船にて海の上におる。織田と久遠家中の者らによる伊豆諸島視察の役目のために伊豆諸島へ向かっておるのだ。
船にはもう慣れた。関東や本領にも行ったからな。とはいえ海が荒れ狂う日は未だに恐ろしくもあるが。
「今日は暖かいな」
「これは勘十郎様。船酔いはいかがでございますか?」
「だいぶようなった」
織田家からは勘十郎様がこの視察に同行されておられる。清洲の大殿の命だと聞く。昨日は海が荒れて船酔いに苦しまれておったが、今日は顔色もようなられたようでよかった。
「見えたぞ! 神津島だ!!」
しばし共に風に吹かれておると見張りの者の声に皆が喜んだ。伊豆諸島神津島、御家の拠点としておる島だ。
あまり大きな島ではないと聞き及ぶが、はてさて如何な島なのやら。
「代官の三雲新左衛門尉でございます」
島は久遠家本領と違いのどかな島であった。代官は昨年臣従した三雲殿か。因縁ある相手故、島流しにされたのだと言われておるが、真面目に働いておる様子。
船からの荷降しは湊もなければ接岸出来るところもない。小舟での荷降し故に手間がかかるな。
勘十郎様や織田家の者らは久しぶりの上陸に喜ばれておられる。御家の船は乗り心地も悪うないが、それでも海は恐ろしいというのが慣れぬ者の本音。
姫様が今でも船は楽しいと言う故に誰も恐ろしいと口には出せぬがな。
「なんというか、鄙びた地だな」
「ここは昨年までは北条領でございました。されど船が来たのはよくて年に数度。来ぬ時はまったく来なかったと聞き及んでおります。そういう地でございますれば」
織田家の文官衆も幾人かおるが、あまりに鄙びた地ゆえに、わざわざ来る必要があったのかと言いたげだ。三雲殿はそれを否定せず、あるがままに報告しておる。流罪の島。まさにその通りの島だったのだろう。
「当家にとってこの島は要所になるのでございます。まずは測量から致しましょう」
そんな織田家の者らの顔が少し申し訳なさげになったのは雪乃様が現れたからか。ここまでは御家の船と織田家の南蛮船で来たが、御家の船はリーファ様と雪乃様の船だからな。
「測量か。地図を一から作るということだったか」
「ええ、当家の地図は本土の地図とは違います。より正確なものでございます。この機会に皆様にお教えいたしましょう。ここは間者もおらぬ島。ちょうどようございます」
尾張にあまりおられぬ雪乃様は、その白い肌と物静かなお人柄故に織田家の者らはいかに接してよいか若干戸惑うておるな。わしは慣れておるので特に気にならぬが。
それはさておき、島の正確な位置と、地図を作る。それと人の数と島々の生業などを調べて報告するのが我らの役目。
この島が本領のように栄えるようにしなくてならぬとのこと。さっそく仕事に取り掛かるか。














