第九百七十八話・お市ちゃん、頑張る
Side:伊豆大島の島民
「うわぁ。父ちゃん、米だよ」
「ああ、米だな」
大島のお山が火を噴き、あれよあれよという間に伊勢という国に連れてこられた。領主様が北条様のご家中から久遠様という黒い船のお方に代わったと聞いたが、おらにはよくわからなかった。
初めて米を食ったのは久遠様に助けられて島を出てからだった。噂では聞いたことがある。おらの親父が昔、ほんのわずかだけ頂いて食べたと自慢していたからな。
「美味しいね。おいらこんな美味しいものがあるなんて初めて知ったよ」
おらの子らが出された米の飯を美味そうに食う姿は嬉しくもあり、大丈夫なのかと不安になるところもある。島に戻れば米の飯なんて食えねえ。島には田んぼがねえんだ。
ここは荒れてはいるが、田んぼが見渡す限りある。伊勢の奴らは、なんでこんないい土地を荒らしたままにしておったんだろうな。
「童、美味いか? こっちの梅干しも酸っぱいが一緒に食うと美味いぞ~。今日は久遠様のお子の百日祝いだ。感謝して食えよ」
「はい!」
賦役を差配している馴染みの武士がコメの飯を食えるわけを教えてくれた。領主様の子の百日祝いで米が食えるのか。久遠様ってお人はすげえんだな。
「酒もあるし、甘い汁粉もある。夕飯を楽しみにしておけ」
「いいのでしょうか。おらたちなんかがもらって。まだ税も納めてねえのに……」
祝いの日とはいえこれほどの馳走を食わせてくれるなんて信じられねえ。なにかの間違いじゃないかと案じてしまう。
「あはは、お前らは運がいいだけだ。ちゃんと殿の許しを得て配っているんだ。その分、明日からは働けよ」
武士は語る。武士も生まれは農家で、島ほどでないにしても食うのでやっとの身分だったと。織田の若殿様の命により久遠様にお仕えしたら、いつの間にかこんな身分になってしまったと笑っておられる。
久遠様は真面目に働く者は決して飢えさせない。信じられないような言葉を武士は心底信じているようだった。
「あっ、紙芝居だ!!」
笛と太鼓の音が聞こえたと思ったら、飯を食い終わった子らが音のするほうへ走っていった。
紙芝居。紙に絵を描いたものを見せながら、いろんなお話を聞かせてくれるやつだ。これも島にはなかったなぁ。
「さあさあ、今日は織田の大殿様が仏の名を騙る服部友貞を退治した話だよ!」
老若男女問わず紙芝居に集まった。銭を払わなくても見せてくれるんで、みんな喜んで集まる。
この前は本證寺って悪い坊様たちを退治した話だった。今日は仏様の名を騙る奴を退治した話だ。
尾張の織田様って凄いお人なんだろうな。おらたちは本当に運が良かったのかもしれねえ。明日からも頑張って働こう。せめて働いて恩をお返ししないと申し訳が立たねえ。
Side:久遠一馬
百日祝いも無事に終わった。まだまだ春は遠い。
三河の野分の被災地は予定よりも早く復興が進んでいると報告が届いた。要因は三河領民の士気が高いことらしい。北伊勢の領民を春まで三河の賦役で使っているが、彼らがあまりにやる気がある三河の領民を見て驚いているそうだ。
一緒に行方不明者の捜索をしたり、復興のために働いたことが理由にあるんだとか。あまり無理はさせるなと指示を出しているが、どうなるかな。
頑張ってくれるのはいいが、無理をして疲弊してはなんにもならない。現在の矢作川は元の世界でいう矢作古川となる。一部では元の世界での矢作川となる場所に新川を作るための縄張りを始めている。
野分の復興がひと息吐き次第、そちらの賦役も始めるつもりだ。
まあ河川の工事は尾張でもあちこちでしているし、知多半島に用水路を引く計画もすでに一部では工事が始まっている。知多半島の用水路は、現時点では史実の愛知用水のような本格的なものではない。
そちらも計画はあるが、尾張には湿田や大小様々な河川が入り乱れる木曽三川など、まだまだ工事しなくてはならないところがある。現状の計画では平地に用水路を掘り、蓋をして水を流すという簡素な計画だ。
まあそれでも大工事になるんだが。知多半島は河川もなく荒れ地が多いが、芋類の生産が進んでいてその価値は上がりつつある。
将来を考えるときっと役に立つものになるはずだ。
「かずま殿ー、お茶にしましょう!」
「大福ですか。美味しそうですね」
朝から書類に目を通していると、お市ちゃんがお茶と大福を持ってきてくれた。お市ちゃん。最近オレのことを一馬殿と呼ぶ。礼儀作法を学んでいるからだろう。オレとしてはお転婆なくらいがいいと思うが、身分があるからな。
数えで七歳になる。ちょっとおませな女の子という感じか。
それにしてもお市ちゃん、なにかを期待したような顔をしている。一緒にいる乳母さんも少しこちらの反応を待っている感じだ。
とりあえずお茶を飲む。紅茶だ。風味もよく美味しい。とはいえこれが気になるのではないらしい。
大福を手に持つと明らかに緊張した表情になった。ははーん。これか。お市ちゃんが作ったんだろう。
エルのような女性になりたい。前に言っていたが、どうも本気のようで暇さえあればエルにいろいろと教わっている。大福の作り方でも教わったんだろうな。
「うん。美味しいね。姫様と冬殿も一緒にいかがですか?」
大福を一口頬ばると、控え目な甘さが餅と小豆の味を引き立てていた。ちょっと形が崩れかかっているのはご愛嬌というところだろう。見なかったことにしてあげる。
「はい!」
良かった、正解らしい。美味しいと褒めるとお市ちゃんの顔がパッと華やかになり、隣で資清さんが密かにホッとしているのをオレは見た。資清さんがホッとしたのはどういう意味だろう?
オレが気付かないかと不安だったのか? そこまで朴念仁ではないよ。
「あら、美味しそうですね」
「はい! 私が作りました」
ホッとしたところにエルが姿を見せた。お市ちゃんはオレに褒められて自信がついたんだろう。堂々とエルに大福を振る舞っていた。
「味はいいですね。もう少し成形の練習をしましょうか。今度また一緒に作りましょうね」
「包むのがむずかしいの」
「ふふふ、みんな何度も作りながら覚えるんですよ」
エルは厳しいな。ちょっと形が不揃いなことを指摘している。ただお市ちゃんはそんなエルの指摘に落ち込むことなくさらにやる気を見せている。
歳のわりに頑張ったと思うよ。あまり甘やかしてもいけないんだろうし、オレは余計なことを言わないが。
エルとお市ちゃんだと、若い保母さんと保育園児のようにも見える。でも実際にエルに聞くと歳の割に聡明で本当によく勉強をしているんだとか。
将来が楽しみだとエルも言っていたくらいだからね。
何処に嫁ぐことになるのかわからないが、きっと役に立つだろう。














