第九百六十八話・記念日と勅使
side:エル
婚礼の宴の賑やかな声がします。みんな本当に楽しそうですね。大武丸と希美も心なしか楽しげに笑っているように眠っています。
私も先ほどまでは参加していましたが、大武丸と希美のこともあり一足先に部屋に戻ってきました。
今回の滝川家と望月家の婚礼、滝川望月両家以外の家臣たちも思いの外喜んでいます。御家の安泰。それがなによりの喜びだからでしょうか。血縁とはその一族同士のみではない。周りのみんなが望み求めるものだと再認識しました。
八郎殿や出雲守殿の人望もあるのでしょうが。
みんな、それぞれに次の世を考え始めています。乱世の終わり。尾張にいるとそれを朧気ながらもあり得ると思うのでしょう。
司令の元の世界。あの時代は高度に文明が進み、人もまたこの時代とは違う価値観で生きていました。でも思うのです。柔軟性という意味ではこの時代も負けてはいない。むしろ優れていると思えることもあることを。
今回の婚礼もまたそのひとつでしょう。私たちの価値観とこの時代の価値観。それをみんなで考えて合わせた婚礼なのです。そう思うと親近感もあり嬉しくなりますね。
「あら……」
ふと机の上に文があることに気付きました。いつの間にあったのでしょう?
「フフフ……」
何事かと思えば司令からの手紙でした。結婚式から三年、私たちはその前から結婚していましたが、結婚記念日ということですか。これは本当に驚きました。
これまでの感謝と、これからも共に生きていくことへの想い。いろいろ書かれていますね。ラブレターというところでしょうか。思えば司令から紙の手紙をもらうこと自体が初めてです。
ギャラクシー・オブ・プラネットでは電子メールが普通でしたので、紙自体を使うことがありませんでしたから。
一緒に置いてあるのはコンパクトサイズの鏡です。漆塗りの枠と蓋がついた高級感のあるもの。
そういえば公家や寺社から鏡が欲しいという要望があちこちからあって、手鏡サイズとコンパクトサイズの鏡を大量に取り寄せていましたね。まさか私たちの分も用意させていたとは。
職人たちも大変だったでしょう。お礼を言わねばなりませんね。
「あ~う~」
ランプの淡い灯りの中で鏡に映る自分を見ていると、少し不思議な気持ちになります。まるで別世界でも見ているような。
そんな私を見たからというわけではないのでしょうが、いつの間にか目を覚ましていた希美が楽しげに声をあげました。
「あなたの御父上から頂いた鏡よ」
ふと希美に鏡を見せてあげると、希美はキャッキャッと楽しげに騒ぎ始めました。
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
希美は楽しげなのですが、眠っていた大武丸が起きると泣いてしまいました。そろそろお乳の時間ですからね。
大武丸を抱きあげてお乳を飲ませます。この瞬間が一番母となったのだと実感する時かもしれません。
たくさんお乳を飲んで元気に育ってくださいね。私も司令もそれが一番の望みです。
Side:久遠一馬
三日間の婚礼の儀も無事に終わった。初日の二十一日には結婚記念日としてサプライズでみんなに贈り物をした。喜んでくれたようでなによりだ。
一年掛かりで頼んで準備したものなんだ。職人頭の清兵衛さんには改めてお礼と褒美をあげよう。
贈り物はコンパクトの鏡だ。この時代にはないものだからね。結婚指輪は宇宙要塞製にしたが、結婚記念日にはこの時代で作れるものを贈りたいと考えたんだよ。バイオロイドにも手伝ってもらい、尾張にいないみんなにも同じ日に届くようにした。
あれからエルたちの機嫌が特にいいのでサプライズは成功したんだろう。これからも感謝を忘れずに生きていきたい。
婚礼に関しては思った以上に大きなものになったなという印象だ。贈り物だけでも相当な数が届いたようだ。
返礼は滝川家と望月家でするが、基本はウチの品物を返礼で返すことになる。親戚価格で融通してあげた。
「学校と病院とやらは凄いの」
婚礼も終わったこの日、ウチには勅使の広橋国光さんが来ている。政秀さんの話では学校や病院の話を詳しく聞きたいとのこと。
「恐れ入ります」
この人も身分が違うんだよね。直言していいとはいうけど。殿上人だし。
「吾も本来は学問博士である身。都があの有様で教え導くことも出来ぬ。まさか尾張であれほど教え導いておるとは思わなかったわ」
割と最近知ったが、この人、朝廷の学問所の講師をする家柄らしい。現在では有名無実化して機能していないらしいけど。かつては朝廷の学問所の他にも、有力な公家なんかは私設の学問所を開いて氏族に教えることをしていたはず。
まあ、思うところがあるんだろうね。
それにしても広橋さん、お話好きらしいね。いろいろ朝廷の昔話とか家に伝わることを教えてくれる。結構ためになる話があって興味深い。
「図書寮の一件、そなたの献策だと耳にした。何故、図書寮だったのだ?」
「日ノ本の外では国が亡ぶことは珍しくはないのです。西にある大陸。今は明国ですが幾度も国は滅びては新しい国が建国されています。また東の海の果てにある大陸では、白い肌をした南蛮人が古くからその土地に存在した国を滅ぼしかけています。国が滅んでは、その国の伝承や知識が失われています」
そこまで話したところで広橋さんが息を呑んだのがわかる。
「日ノ本は乱世です。公家の方々に祖先の習慣であった牛乳を飲むという習慣が失われていると聞きました。また書物など幾つかは戦乱で失われていると思います。日ノ本もこのままでは伝承や習慣、知識をすべてではないでしょうが、失ってしまうと考えました。歴史はその国の財産です。次の世代に伝えねばならぬことと思います。これを防ぐためにも、知識を次の世代に伝えるためにも、有用な書物を後世に残すため図書寮を再建したいと考えました」
まあ自分からもいろいろ話すが質問も多い人だね。学校の体制や病院のやり方などいろいろと聞いてくる。ただ図書寮の話になった時に少し顔色が変わった。悪い意味ではない。驚きというか信じられないという感じか。
歴史とは財産だ。朝廷と天皇家の歴史は未来に残さなくてはならない。公家ならそんなこと理解していると思うけど。氏素性も怪しいオレが理解することが珍しいのか?
「……近衛殿下がそなたを認める訳じゃの。図書寮を再建するのに書物も集めておるのであろう。とはいえ、あれもなかなか大変であろう?」
「はい、写本で構いませんが、出来れば楷書体でしっかりしたものが欲しいのですが……。手に入るのは質のあまりよくないものばかりで」
「ふむ、吾も手を貸そう。役目で諸国を歩く」
顔色が変わった広橋さんは、少し思案したのちに驚くことを提案してくれた。
「ありがとうございます。謝礼は十分にお渡し出来るかと思います」
「ここだけの話、本来の役目がなく、暇を持て余して野山を歩き暮らしておる公家も数多おるのだ。とはいえ皆、学問を疎かにしてはおらん。蔵や寺社には古き書物がある。謝礼を出す故に写本してほしいと頼めば、そうそう嫌な顔はせぬよ。そなたがまことに古きを残したいというならば公家を使うことを覚えよ」
同行している公家の人が驚いた顔が見えた。『公家を使え』その言葉があまりにも驚きだったんだろう。
「私如きがそのようなことなど……」
「いささか言葉が乱暴じゃったの。じゃが武衛殿から頼めば嫌とは言わぬ。学問を理解し古きを次の世に伝えたいと思う者は公家には多い。そなたが味方に付けるはそのような者らだ。覚えておけ」
公家という人たちは本当に油断も隙もない。広橋さん、オレを試したね? 驚きと否定したことで面白そうに笑った。
オレを見極めつつ、アドバイスもくれる。ほんと心臓に悪いよ。














