第八百五十九話・三河の視察
Side:久遠一馬
岡崎の視察に行こうと三河にやってきた。安祥城でちょうど今川から送り返された謀叛人たちの詮議があると聞いたので同席したが、落ち着いて話も出来なかった。
恨まれているのは理解しているが、なんというか死を覚悟したら怖いものなしなんだね。彼らの一族郎党は織田の沙汰を待っている状態だ。そんな彼らが一族郎党を心配もせずに言いたい放題をするとは。
本当に往生際が悪い。松平広忠さんからはすぐに謝罪があった。元家臣が申し訳ないと言われたが、謀叛人だからね。気にする必要はない。
とはいえせっかくなので軽く話をして、岡崎の案内を頼んでおいた。
「このあたりはやはり川が厄介ですな」
「問題は矢作川か」
謀叛人の一族郎党の処罰は信広さんと清洲にお任せだ。謀叛の詮議もここ安祥城で進んでいる。広忠さんとの話を終えると、三河に滞在している望月さんから報告を受ける。
西三河でも河川の改修はすでにしている。以前は矢作川の西側でしかしていなかった堤防工事だが、吉良家など東側の国人が臣従をしたあとには東側でも始めているんだ。
「そうだね。川の流れを変えたほうがいいよ。列島改造計画だ!」
ただ、今回のお供である春が、地図を見ながらそう口にした。メルティたちがみんな忙しいことと、春、夏、秋、冬の四人が松平広忠さんの暗殺阻止の時に西三河を視察したらしいので、彼女たちが今回はお供だ。
「あの辺りは花崗岩だから砂利が採れる」
西三河の発展のためには矢作川の安定が必要不可欠になる。春が言うように、史実の江戸初期の河川の改修を基に改修計画を立てるべきか。技能型の秋は、あの辺りの地質から砂利が採れることを確認したようだ。
モグモグと団子を食べながらちょっとドヤ顔で報告をしてくれた。
どうも元の世界でも採れるようだが、実際に調査は必要だからね。砂利はコンクリートの材料として尾張でも河川の改修などで使っている。三河に売れるものがあると開発が進むね。
「衛生状態と食糧事情は悲しいほど悪いよ! よく一揆が起きなかったと思うもん」
医療型の冬は松平領の現状に危機感を抱いているらしい。一揆はなぁ。一向衆が大人しいから出来なかったのかも。
食糧がなければ奪う。奪えないと飢える。それがこの時代だ。松平だと奪える相手いないしね。飢える人たちがいたらしい。
「出雲守殿。賦役はどうなっているの?」
「はっ、あちこちでやっておりますな。とはいえ人手が足りずに進まぬところも多うございます」
「とりあえず賦役に人を回して働かせるしかないか」
新領地はいつも大変だが、最近は楽になった部分もある。一言で言えば働かせて食べさせてしまえば、領民はそこまで反発しないので本当に楽だ。国人や土豪や寺社は別だが。
実は秋の収穫がまだなので、この時期も地味に飢えているところがあるだろう。
「腕がなりますわ」
ちなみに戦闘型の夏は、工業村で生産された同田貫を磨いて笑みをこぼしている。どうも刀剣を集めるのが好きらしい。高い刀も買ったようで、あとで請求が来てメルティが驚いていたっけ。
西三河は未だ不安定で、謀叛人の一族で逃げだした者たちの追跡は今も続いているからね。護衛も相応にいる。オレも命を狙われる立場と身分になってしまったこともあるが。
「明日には岡崎に行って視察だ。出雲守殿もそのままオレたちと同行して尾張に戻ることになったよ。このままだといつまでも戻れなくなりそうだし。三郎五郎様の許可はもらったから」
「はっ、ありがとうございます。正直、ホッと致しますな」
それと謀叛の後始末と松平領の接収などで働いていた望月さんは、一緒に連れて帰ることにした。有能だからかあれこれと働いているが、派兵した尾張と美濃の兵は望月さん以外、みんな帰っているんだ。
信広さんには悪いが、望月さんがいないとウチも大変なんだよね。
望月さんもよろこんでくれた。謀叛人の討伐で武功も上げたし、名前も売れた。正直、三河での仕事は大変だったんだろう。ウチは織田家でも異質な存在だから。周りの扱いもまた、腫れ物を扱うようになっていると報告が上がっていた。
「金色砲が思った以上だったんだろうね」
「はっ、信じられぬというのが大勢かと。一戦交えて退く。それすら許されませんでしたので」
本当に三河の国人衆の教育なんとかしないとダメかも。きちんと分国法を教えて、統治に関する疑問とかも解決していかないと変われないだろうな。
こういうの地味に大変なんだよねぇ。
Side:松平広忠
久遠殿が岡崎に来るとは。あちこち出歩くのを好む御仁だと伺ってはおったが。急遽岡崎に人を走らせ、休息場所や泊まる場所も支度させる。
愚か者どものせいでお怒りかと思うたが、気にもしておらなんだ。『残った一族郎党が困るのに』と言われたことにわしの家臣が驚いておったくらいだ。
金色砲であれほど苛烈に攻めた御仁とは思えぬお方。とはいえ尾張では飢えぬように最初に差配されたのが久遠殿だと知られておる。従う者には違うということか。
「城はそこまで堅固にしなくてもいいかな。西三河で籠城なんてまずしないし。今までと同じくらいで土塀でも造れば十分かも」
翌日、岡崎城は焼け跡の片づけをしておる最中だった。久遠殿はそんな焼け跡を見て歩き、働く者らに労いの声を掛けておられた。
再建は織田がするという。そのまま岡崎が召し上げられるのかと思われたが、所領は減るが岡崎は残されるらしい。ただし今後、領内は織田の法に従わねばならん。賦役も織田のやり方に従い行われ、税として民を動員するのも禁じられた。
「食べ物が高いね。望月殿、尾張から米と雑穀を運ぶように手配して」
「はっ、直ちに」
驚いたのは町の商家にまで出向き、品物の値をひとつひとつ確かめておられたことだ。
岡崎城の蔵にあった兵糧や銭が奪われたことで岡崎では米の値が上がっておる。直に秋の収穫もあるが、如何程の収穫があるかなどわからぬ。商家の中には米を抱えて値が上がるのを待っておるところすらあるというのに。
商家に命じればよいものを、久遠殿は命じる気がないらしい。
「お待ちくだされ、米や雑穀ならば我らの城から先に出しまする。そのほうが手間はかからぬかと存じます」
「貴方は大久保殿でしたね。そうですね。お願いします。こういうのは早いほうがいい。出した分はこちらに報告をしてください。私が補填いたしますので」
「はっ!」
わしも家臣らも久遠殿のことを見ておるばかりであったが、なんとそこで久遠殿に進言をしたのは大久保新八郎だった。
皆が驚き如何にしていいかわからぬ中、新八郎だけは動いておった。このままではいかん。わしはすぐに家臣らに米や雑穀を出すように命じた。
「お恐れながら、商家に命じては?」
「ここは松平殿の領地ですし、私が直接商家に命じるのもね。それにいい機会です。誰がこちらに率先して従い動くか。見極めましょう。目端の利く者がすぐに松平殿のところに参りますよ。率先して従う者にはとりあえずは寛大にお願いします」
このままではいかんと思うたのだろう。ひとりの家臣が商家に命じることを進言するも、久遠殿はやんわりとそれを退けた。
ああ、我らばかりではない。商人も試しておられるのか。
「松平殿はこのまま私と共に尾張に参りましょう。織田のやり方を学んでいただきます。尾張や美濃を見聞するのもいいですよ。他国を知ることは必ずや松平殿の役に立ちます」
「はっ、畏まりました」
決して上から命じることがない久遠殿であるが、恐ろしいとさえ思う。更にそうしておる間にも、願証寺の者が参って領内の寺を織田に従うことで纏めたと報告をしておった。
信じられん。あの一向宗の寺がこの僅かな間で纏まったとは。本證寺がなくなったあとも連中はわしに従うこともなく、寺領に手を出そうとする家臣と小競り合いをしておったというのに。
とはいえ松平の家は残った。今はそれを喜ばざるをえぬ。














