第八百十二話・夏の海を見ながら
Side:久遠一馬
公家衆の皆さん、そろそろ観音寺城を出た頃だろう。今川と朝倉からの一行はすでに領内に入ったと知らせが届いている。
他にも甲斐の武田家からは武田信繁と、信濃の守護、小笠原長時。飛騨の国司、姉小路高綱がそれぞれ東美濃、北美濃に入ったようだ。武田と小笠原はガチで敵対している真っ最中だ。下手にかち合うとその場で殺し合いになってもおかしくない。
飛騨といえば史実で姉小路高綱を滅ぼした三木家も同行しているとのこと。こちらはまだ殺し合うまではいってないらしいが、前途多難だなと思う。
東美濃では遠山家が案内しているはずだ。なるべく道中は武田と小笠原が会わないようにする必要もあるからね。
畿内の三好家と石山本願寺の一行も、それぞれ別ではあるがすでに大和を抜け、南近江から東海道にて北伊勢に入ったようだ。伊勢の北畠家と伊勢神宮の神官、願証寺などはまだ出発していない。こちらは近いからね。船ならあっという間だ。伊勢を始め各地の商人たちも湊屋さんに顔つなぎを頼んできたそうだ。流石に抜け目ないね。
招待していないところではあるが、北条家からは氏康さんの弟の氏尭さんがギリギリのタイミングで到着することになっている。目的はあくまでも花火見物にすることで話が通っている。
三河の松平広忠さんが清洲に到着した。謀叛未遂の実行犯と、背後で関与していた連中の調査は岡崎城でしているらしいが、広忠さん自身は信秀さんに目通りして臣従を正式に申し出て許されている。
岡崎城には急遽、織田信友さんが入った。松平宗家の家臣には広忠さん暗殺に賛同または黙認した人が結構多いらしく、下手をすると詮議を邪魔するために暗殺未遂の実行犯が殺される危険があるんだ。
信友さんは信広さんの与力として安祥城で三河統治に加わっている。元守護代であり現在は織田因幡守家当主として織田一族という立場がある。年齢もそれなりで守護代としての実務経験もあるので適任だろう。
表向き暗殺未遂はなかったことにするので、臣従による調整で岡崎城に入ったことにしたらしいけど。織田家では検地や人口調査をするので文官がすぐに現地に入るのは珍しくない。事実、東美濃の各家にも派遣しているからね。
「ほう、久遠家の遊びとは……」
今日は海水浴に来ている。忙しいんだけどね。お市ちゃんだけじゃない。子供たちも楽しみにしているんだ。
メンバーは義統さんとその家族、信秀さんと奥方と子供たち、学校の学徒たち、それとウチの人間だ。オレの奥さんに孤児院の子供、あとは家臣の子供たちも連れてきている。
義統さんは昨年に続いての参加だ。結構気に入ったらしい。
そして今回初参加なのは、山科言継さん。清洲城に滞在して礼儀作法とか教えてくれているので、当然海水浴のことも耳に入る。どうするのかなと思っていたが、自分も行くと付いてきた。
久遠家の遊び。その一言が興味を引いたのだろう。潮湯治なら知っているのだろうしね。鷹狩りのようにウチでは海で遊ぶ。そう考えると面白そうに聞こえるから不思議だ。
「狭い島で生まれ育った故に、皆で海にて遊ぶのが楽しみだったのでございます」
水着やふんどし、中には海パンを履いて海に駆けていく人たちを見つめながら山科さんは興味深げに声を掛けてきた。
ちなみに海パンを履いているのは信長さんと近習の皆さんだ。元はオレがひとりで履いていたが、信長さんも欲しいと言われたのであげたものになる。
「極楽のような島と噂を聞いたの」
「大げさでございますよ」
山科さんの興味はウチの本領にあるようだ。元の世界では小笠原諸島、今の尾張では久遠島とか久遠諸島と呼ばれている。苛酷な船旅の先にあるのは極楽のような島だった。かつて島に連れていった織田家の人たちがそう噂しているんだそうな。
信光さんとかお市ちゃんからは、また行きたいと今でもよく言われる。信光さんに至ってはウチの船乗りとなればいいのではとお酒を飲んで笑っていたほどだ。当然ながら信秀さんに駄目だと言われていたが。
「海の向こうの明や南蛮はそれほど栄えておるのかの?」
「どうでしょう。確かに明は日ノ本がいくつも入るほどの領土を持つ大国ですし、日ノ本より進んだ知恵や技がありますが。都から離れるとそこまで栄えているところばかりではないようでございます」
尾張には日ノ本の外を感じるものが多数ある。山科さんは今まで遥か海の果てにあると思えた日ノ本の外が身近に感じたんだろう。宣教師の危険性を知らせたこともあり、期待と警戒をしている感じか。
「明以外にもあのような船を造れる国があるとすると油断ならぬの」
ただ山科さんの興味と警戒は、むしろ南蛮、元の世界の言い方をすると欧州にあるようだ。
古より大陸に倣い、格上だと承知している国よりは得体の知れない国のほうが興味もあり危機感もあるのかもしれない。
「一馬殿の家の者らは皆、よう働き、よう笑うの」
しばし無言となり風と波の音、そして楽しげな人々の声に耳を傾けていると、山科さんが再び口を開いた。
男女が入り混じって海で泳ぎ、木刀や竹刀で手合わせをしている者たちもいる。浜辺では子供たちがフライングディスクで遊んだり砂で城を作ったりしている。
そんな光景はこの時代にはないものだ。少なくとも尾張以外では。この光景をどう判断するかは見た人に任せるしかないが、否定するのではなく肯定して見ていることに山科さんの凄さを感じる。
「適度に日の光に当たるのは体にいいこと。屋敷に籠ってばかりでは駄目」
「ほう、薬師よ。それはまことか?」
「本当。一刻ほどでいい。日に当たることで病にも強くなると私たちは考える」
山科さんの言葉に答えたのは意外なことにケティだった。尾張ではすでに知られていることでもある。義統さんの奥方とか土田御前を筆頭に清洲城の女衆も、城内の庭にて朝夕の散歩をしている。
その件だけではないが、食事内容の改善や白粉の無毒化などいろいろ変えたことで女衆の体調はいいと評判だ。
「それは良きことを聞いた。主上もあまり外にお出になることはないのじゃ。お身体のことを考えるとお知らせしたいほどじゃの」
そう言えば山科さんが教えてくれたが、京の都で斯波家、織田家、ウチの評判が一気に上がったそうだ。
原因はウナギのかば焼き。タレが足りなくなるほどの大人気らしく、餅屋の中村さんには急遽タレを追加で送ってあげた。
奪うことも荒らすこともなく、秘伝の技と美味しい料理を伝えたことが大きなショックだったらしい。今までどんだけ荒らされたんだろうか。
「夏場は朝夕の涼しい頃に、無理のないように日の光の下で歩くとよい」
「高価な薬がなくてもよいというのは面白いの。まずは吾の家で試してみようかの」
山科さんは自身で薬の処方もするほどの人だ。こういう話は食いつきがいい。特別変わったことをしろと言っているわけではないこともポイントだろう。
「山科卿、それはよいが、田舎者があまり騒がれるのは少々畏れ多いこと、よしなにお願い致す」
「武衛殿、わかっておる。近衛公とも話して、久遠家の者には手を出さぬようにと内々に話はしておるところ。一馬殿は藤原氏所縁の織田一族であるが、日ノ本の外に所領もある。ほかの武家とは違うからの」
盛り上がる山科さんとケティの話に、少し苦笑いをした義統さんがたまらず口を挟んだ。
すでに有名になっていることや京の都で評判が上がったことで、本当にケティを寄越せとか言われそうだからなぁ。
ただ意外なことに山科さんがすでに動いてくれていたことを語ると、義統さんや信秀さんがホッとする一方で、お供の近習や重臣が驚いているのが見える。
そう言えば織田一族って、藤原氏を称していたんだったね。実際には違うことは百も承知なんだろうが、藤原氏として認めて近衛さんが動いたことは大きな意味を持つ。
藤原氏の今の氏長者は二条家だったはずだが、近衛家は五摂家の一家だからなぁ。
知らないところでもいろいろ動いている。さすがは公家だね。生き残るための動きは凄いよ。
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