第七百九十五話・春の清洲城
Side:久遠一馬
「なるほど。夏ですか」
先日、近衛稙家さんから手紙が届いたが、ウチの子供の祝いだけではなかった。大内義隆さんの法要の話もあった。
なんと言っても官位だけなら将軍である義輝さんよりも上の人だ。稙家さん自身も法要に参列するために尾張に来るつもりらしい。
既に京の都でも義隆さんと犠牲になった二条尹房さんの葬儀をしたらしいが、なんといっても首があるのは尾張だ。また出家して隆光と名乗っている冷泉さんもいる。
あと義隆さんの遺言。これも京の都で知られている。陶は駄目だ。次の世は尾張からだという遺言。その影響力は強いと言わざるを得ない。
「公卿も大勢来るようだ。花火が見たいらしい」
信秀さんいわく夏になった原因は花火のようだ。公家の皆さんが花火を見たいとは。手紙にはもう少しオブラートに包んで書いてあったようで、義隆さんの最後の願いである花火が見たかったという遺言を叶える意味もあるのだとか。
すでに六角家に使者を出していて道中の相談をするらしい。公家の皆さんもそれなりに考えているのだろうが、迎える方は楽じゃない。
「亡き御屋形様もお喜びになられるでしょう」
予想以上に大きな法要になりそうだが、隆光さんも喜んでいる。公家の文化を好み、雅な物が好きだったのだとか。公家の皆さんが集まって花火を見て法要をしてくれれば、確かに面目も立つし喜んでいるのかもしれない。
「花火はお任せください」
「公卿がこれほど参るなど、前代未聞のこと。困ったものよ。わしは公卿との付き合いなどほとんど知らぬというのに」
守護の義統さんはあまりの事態に少し戸惑う素振りを見せながら笑っている。困ったというように確かに困ってもいるように見える。
「それに関しましては、すでに京に手配しております。山科卿に礼儀作法を教えていただく人を先に寄越してほしいと頼みまする」
斯波家当主だ。義統さんも相応の礼儀作法を心得ているし、公家との付き合い方も知っているだろう。とはいえ実際に習っただけで、京の都に滞在していた頃も最低限の挨拶や付き合い以外はしないままだったからなぁ。
まあ問題は義統さんよりオレを含めた他の人たちだろう。オレも睡眠学習で本当に最低限の知識はあるが、実際に細かい礼儀作法とかはよく知らない。信秀さんも正直、そんなに知らないと困っていたからね。
事前に習う必要がある。ただ、この件はあまり心配していない。季節の贈り物を続けているんだ。そう面倒なことにはならないだろうし、事前に習うことで乗り切れるだろう。
信秀さんと義統さんとの話も終わったので那古野に帰ろうかと思っていると、清洲城の西洋風庭園でリリーとプリシアが、孤児院の子供たちと共に庭園の整備をしている姿が見えた。
プリシアはラテン系の容姿にオレンジ色の髪を後ろで束ねている技能型アンドロイドで、普段は島の果樹園で働いていることにしているひとりだ。当然ながらオレの妻であり、定期的に尾張に来ているのだが、西洋風庭園の整備を手伝っているみたいだ。
この時代、武士の城において景観を意識することはあまり多くない。茶の湯などを嗜む者が茶室を整備したりすることはあるが、生きることが優先であり城は軍事施設になるので当然と言えば当然だが。
清洲城には和風庭園と西洋風庭園があり、それぞれ整備をして四季の景色を彩っているが、西洋風庭園はウチの関係者しか整備出来ずウチでやっている。主にリリーが担当していることだ。
「リリーもプリシアもみんなも、ご苦労様」
「あー、殿様だ!」
この後は特に予定もないので少し手伝おうと思い声を掛けると、孤児院の子供たちに囲まれてしまった。
率先して働くし、みんないい子だ。昨年の夏場などは暑い最中も庭園の草むしりなど頑張ってくれている。
「みんな、駄目よ。殿のお着物が汚れちゃうわ」
「いいって、いいって。みんな頑張ってるね」
清洲城ではオレも基本的には肩衣と袴で正装している。特に今日は義統さんとも目通りしていたからね。リリーはそんな着物が汚れるからと子供たちを制しているが、オレは子供たちに歩み寄り同じ目線で褒めてあげる。
リリーの指導を受けている彼らは、ここを整備している立派な仕事をしているんだ。こんな時にはきちんと褒めてやりたい。
「あれって、菜の花だよね?」
子供たちの話を聞き、しばし楽しいひと時を過ごすが、ふと気になったのは西洋風庭園のはずが菜の花の畑があったことか。
「綺麗な花を咲かせるから評判がいいのよ。土田御前様のリクエストになるわ」
「そうか。こういうのも面白いね」
なんでだと思ったらプリシアが教えてくれた。和風庭園は花というよりは松や広葉樹などの木々などを中心に庭全体の景観で楽しむが、西洋風庭園は四季の花を植えてそれを楽しむことにしている。
菜の花自体は、清洲の町の火除け地兼公園にした場所などで昨年も植えていたんだよね。花を愛でるという習慣を織田家の人々や尾張の人々も知ったことで、土田御前さんからリクエストがあったのか。
「ひまわりも植えるわ。夏には綺麗な花を咲かせてくれるはずよ」
桜の木もそろそろ蕾が膨らんでいる。尾張では今年も観桜会という名称のお花見をすることでみんな準備に余念がない。そんな桜が終われば菜の花が咲く。その後は紫陽花もあるか。夏にはひまわりが咲くのか。
ひまわりは昨年の夏にウチの庭で試しに育てて上手くいっている。今年は菜の花と同じく公園で育ててみる予定だったんだよね。
まてよ。ということは花火大会の頃はひまわりの花が咲いているのかな? 京の都の公家の皆さんがひまわりを見てどう反応するのか楽しみでもあるな。
「もっといろんな植物を試してみるべきね。あまり効率ばかり考えないほうがいいわ。島に戻ったら適当に見繕っておくわ」
自ら植えた植物が育つのを楽しみな様子のプリシアの楽しげな笑顔にしばし見入っていると、少し現状について意見を口にした。
現状の尾張だと食料の生産が最優先でどうしても効率が求められる。それは花にも言えることで、菜の花やひまわりのような種が利用出来るものが優先されるんだよね。
「屋敷の庭と牧場でやっているだけだと足りないか?」
「足りないわね。植物を研究していく人材も育てたいもの」
研究者か。確かにすぐに実になり成果が出ない分野だね。でも、いつも言っていることだが多様化は必要なことだ。それに植物の研究は将来の財産になることは間違いない。
植物園でも考えるべきかな。子供たちに多くのモノに触れてもらえば、その中にきっと植物が好きな子も出てくるはずだ。
この世界では西洋というお手本がない可能性が高い。日本はすべて自分たちで考え先に進まなければならないだろう。
文化面では多様性を重んじていたけどね。今のうちにもっと広げるべきか。
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久遠プリシア
戦国武将である久遠一馬の妻のひとり。出身は不明ながら現存する絵画から推測すると、東洋系か大和大陸系の出身と思われる。植物に通じている女性だったようで、彼女が遺した植物関連の書物は多い。
また、久遠家が世界各地から集めた植物とその種子の大半は、彼女や両親によって研究保存されたものと伝わる。すでに原産地においても絶滅して途絶えたものもあり、久遠家が唯一伝える植物の種子なども中には存在する。
なお、久遠家が日本に伝えた植物は彼女とその両親などが研究したものだったようで、現代では植物学の生みの親とも言われている。
二日連続更新!
足の状態についていくつか感想にあったのでお答えしますが、サポーターをしていると歩けますが痺れや痛みがあり未だに回復途中ですかね。
私としては書籍版のお買い上げをお願いしたこともあります。
こんな時こそ更新するべきかなと思い、可能な限り更新したいと思います。
ただ、毎日更新は難しいかなw














