第七百三十九話・第四回武芸大会
Side:織田信秀
わしと守護様が会場に入ると、会場におる者らが一斉に沸いた。まるで戦に勝ったあとの勝鬨のようだ。
ああ、この光景が恐ろしくもあり、頼もしくもある。民が持つ力がよくわかる。一向衆が恐れられておるわけだ。
今年は越前の朝倉と駿河の今川も招いた。無論、相模の北条、近江の六角も招いたが、先の二家とは意味が違う。駿河からは、まさか太原雪斎と朝比奈泰能が来るとは思わなんだがな。屈辱と受け取った者もおるようだ。数人の供の者が粗探しをするような顔をしておるわ。
堂々としておるのが朝比奈泰能か。油断出来ぬ相手と見える。今年で四年目だ。そろそろ真似る者がおってもおかしくないが、そう容易くはない。
民の動員や国人を参集する数に、招待して近隣から参る者。いずれをとってもこれ以上にやるのは難しきこと。伊勢の願証寺や神宮も参ったのは、六角や北畠には脅威と見えよう。
少なくない銭がかかるが、これが戦だと思えば安いほどだ。負けぬ戦か。一馬たちの考えることは奥が深い。
顔色が悪いのは北と東美濃の者らか。東美濃の遠山は昨年には同盟などと言っておったが、山城守が臣従を申し出たことで吹き飛んでしまった。
あそこは遠山七頭が未だに臣従とそれを嫌う者で揉めておる。ああ、松平宗家もそれは同じか。こちらはすでに一族をまとめる力もないが、中で家臣たちが臣従と独自にやっていくことで揉めておる。
安藤は来なかったな。安藤一族からは、臣従をしたいとの申し出が血縁を頼ってあちこちから来ておる。とはいえ当主である守就が未だに臣従を拒んでおるのだ。
いかにしても己の力を落としたくないうえに、氏家や稲葉や不破の下に付くのが嫌と見える。
織田のやり方と合わぬ男なのであろうな。わしとしては嫌いな男ではない。戦もそれなりに上手く、頭も悪くないのだ。とはいえ織田としては必要かと言われるとそうでもない。
さて、いかがなるのやら。
Side:足利義藤
「これは……」
言葉が出ぬとはこのことか。見渡す限りの人、人、人。これだけ動員する力が足利家にはない。与一郎も言葉が出ぬようで戸惑うておるわ。
戦ではない。余興とも言える披露目の場だ。されど、このようなことをするとは考えたこともない。
「あっ、塚原様! あっちに屋台を出しています。よろしければ来てください!」
「そうじゃの。あとで寄らせてもらおうかの」
師は何処に行っても歓迎される。民の子らから武士にいたるまで様々だ。あちこちにと誘われる姿は見ておっても誇りに思う。
公方などと呼ばれながら、民ばかりか守護にまで見放された将軍などと大違いだ。
「そういえば今巴の方と会われたのも、武芸大会だったと伺いましたが……」
「ああ、偶然じゃったな。乱暴狼藉を働く者を止めた時に偶然出逢うた」
ふと与一郎が、師に久遠家の者たちと会うた頃のことを訊ねておった。北畠家にはそれより以前から足を運んでおったようだが、今巴とは旅の途中で立ち寄った時に偶然だったと聞いた。
「見ただけで身震いする相手は久々じゃった。まして相手が女の身となれば初めてであったな」
少し懐かしそうに語る師が羨ましく思えた。かつて会った者を懐かしむなど、オレにはわからぬことだ。型通りの挨拶をしにくる者はおった。されど、皆、父上や管領と話して決めてしまい、オレには己の考えを口にすることすら出来なかったのだ。
「養父や父を思い出した。若かりし頃、励んでも励んでも勝てなかった頃をな。まさかこの歳でそのようなことを得るとは思わなんだ。あれから三年か。早いの。尾張は三年で見違えるように変わっておる」
そうだ。この顔だ。嬉しそうに光明に会うたと口にしたこの師の顔が、オレをここまで導いたのだ。
野垂れ死んでもいい。そう思えた。足利の家は弟でも継げばいい。所詮、誰が継いでも同じだと思うたのだったな。
「師よ。世は変わると思いまするか?」
ふとそんな師に問うてみたくなった。尾張の行く末をいかに見ておるのか。
「さて、わしは一介の武芸者。それ以上はわからぬよ。されど、この国が存亡の機だと聞けば駆け付けるかもしれん」
兄弟子たちが少し驚いた顔をした。師は今までにも諸国を旅しておったが、深入りしてこなかったと聞く。それ故にであろうが。
「ふふふ。弟子が師の下に駆け付けることは当然であろう? わしは久遠流の弟子じゃからの」
師に気付いて駆けつけてきた童に優しく声を掛けつつ、師は笑い話のように本音を語った。
然り。人の上に立つ者は、誰もが守り支えたいと思う者でなくばならんのだ。
かつては足利もそうであったのであろうな。
「菊丸様! あのね。みんなで屋台をやっているの。美味しいよ」
ふと気づけば一馬が養っておる孤児たちが周りを囲んでおった。師や兄弟子たちが皆と話す中、ひとりの童がオレにも声を掛けてきた。先日、学校にて師と共に武芸を教えた時に、オレが手ほどきをした童だ。
「そうか。あとで師と共に寄らせてもらおう」
「はい!」
これほど裏表もなく慕われたことは初めてだ。無論、師の弟子としてであろうが。
いっそこのまま清洲で道場でも開いて生涯を終えるのも悪くないと思える。吉岡の真似事でもするか?
ああ、明日を悩めるというのは、これほど幸せなことなのだな。
Side:久遠一馬
武芸大会が始まった。オレは今年も運営本陣にて運営責任者をしている。初年度では一緒だった信長さんは、すっかり信秀さんの跡取りとして招待客の相手をしているけどね。ご愁傷様です。後で愚痴の一つも聞いてあげよう。
ただ今回は義龍さんがここにいる。去年はお客さんだった斎藤家も今年は家臣になった。道三さんは信秀さんと一緒に見物するが、若い義龍さんは働いて学びたいというのでここにいる。
「このように進めておったとは……」
「さほど難しいことはしていませんよ。まあ皆が慣れてきていますので年々楽になっていますね」
運営もそれほど難しいことはない。もっともこの手のノウハウのないこの時代の人には驚きらしいが。予め決めておいたスケジュールをこなしていくだけ。不慮の事態もあるのでスケジュールには余裕をもたせることと、指揮命令系統をはっきりさせることでそこまで大きな混乱は起きない体制にしている。
尾張は祭りとかイベント多いからね。みんなこの手のことに慣れていることもある。刀を抜くなとかきちんと命じてそれを周知徹底させると、そこまで好き勝手する人は多くない。酒癖の悪い人とか、楽しすぎて羽目を外す人は相応にいるけど。あとは、今年から時計塔のおかげで遅刻者の難癖も封じ易くなるはずだし。
「あれも久遠殿の考えだとか?」
「ああ、そうですね。大会に協力した者たちを皆に知らせるのですよ。商人とて名を売る機会はほしいのでね」
会場ではちょうどスポンサーとなった商人の宣伝が行われていた。競技と競技の合間に観客席に向かって資金を提供したりした人を知らせる。
元の世界だと珍しくもない光景だけど、この時代だと驚きらしいね。義龍さんも不思議そうに見ている。
広報活動や周知徹底ということに、この時代は重きをおかない。武士なんて立て札で命じて終わりで、あとは勝手に流れる噂に任せるのみ。だから流言とか効果があるんだろうけどね。
「うわ!」
競技が再開すると、今年もここにいるお市ちゃんが嬉しそうに声を上げた。一応兄弟や姉妹の席はあるんだけどね。競技自体が、ここ以外でも津島と熱田でもやっているので、みんな揃って見るということではないみたい。
みんな屋台とか見て歩くしね。
お市ちゃんも改めて見ると大きくなってきたね。子供の成長は早いよ。
与一郎・細川藤孝。
塚原様・塚原卜伝。














