第七百三十五話・不破さん相談を受ける
Side:不破光治
日々、秋の景色に変わる領内を見て回る。
早い所では稲刈りが始まり、領内の村はどこも賑やかだと聞く。今年は関ヶ原の賦役もあって、どこの村も余裕があるようで家臣たちの表情も明るい。
その関ヶ原の賦役は今も続いておる。西美濃の各地から人が集まっておるからな。尾張から運ばれておる物資は今も変わらず多い。
「不破殿、ここにおられたか」
しばし物思いに耽っていると、同じ不破郡漆原城の岩手弾正信久殿がわしを探しに参ったらしい。
「岩手殿か。いかがした?」
「少し相談事がありましてな」
あまり優れぬ顔色に用件を悟る。分家の竹中のことであろう。何度か相談を受けておるからな。
話すならばと場所を変えて、ここより近い関ヶ原城に行く。関ヶ原城には織田家の代官と兵もおるが、半数ほどはわしの家臣と兵だ。裏切るということをあまり疑っておらぬらしい。
もっとも裏切る必要などない待遇を受けておるので当然だが。
「御察しでございましょうが、竹中のことでございます」
「清洲の殿は、竹中に岩手殿は連座させぬと仰せだ」
竹中は安藤と親しく現在の西美濃で浮いておる。斎藤家が織田家に臣従して、西美濃の者も大半が織田家に臣従した。そんな西美濃において織田家を認めておらぬと受け取ってもおかしくないのが安藤と竹中だ。
岩手殿は織田家による竹中征伐がいずれあるとみて、その際に連座で処罰されるのではと困っておったので少しばかり根回しをしてやった。
織田家の方針が国人や土豪から土地を召し上げることは、すでに知られておるからな。もっともそこばかり見て語るべきではないが。戦の際の責務も軽い。また商人の扱う品とて高くならぬようにと差配されておる。
従う者には役目を与えて暮らしが楽になるのも確かだ。ただし竹中のような従わぬ者には厳しい。
「それを聞き安心致しました。ただ少し懸念が……」
「なにがあった?」
「竹中の村が、いくつかこちらに従いたいと言うて参りました」
向こうの村とすれば当然か。されど、これはまた厄介なことを。岩手殿はすでに織田に臣従していて竹中の本家だ。村とすれば穏便に孤立する現状を変えたかったのであろうが。
暮らしていくのも大変なのは知っておる。織田家では岩手殿と竹中の領境に関所を新たに築いて税を取っておるからな。織田家の方針と賦役に加わるために領内の関所がどんどん減っておるが、織田家では従わぬ者との領境には逆に関所を増やしておる。
あそこも代官は尾張から来ておるが、関所の兵は岩手殿の者たちだ。税はすべて尾張に持っていかれるが、関所を置く費用として別途俸禄が払われておると聞く。それが不満な者もおろうが、少なくとも岩手殿は従っておる。
とはいえ困ったのは竹中の者たちであろう。織田領内に入れば関所はないが、入る時に払う税は今までと比べるとかなり高い。
米や産物を商人に売ることで銭にして、それで暮らしに必要な塩などを買うが値の桁が違うからな。
織田領では、久遠殿が暮らしに困らぬようにと考えてものを売るように商人たちを従えておるのだ。特に久遠家では酒と甘味などは、ほとんど儲けもなく売っておると評判だ。
当然竹中のところには本来の値で売る。関所は竹中も設けておるからな。入る頃には民が買えるのは僅かばかりの塩くらいであろうな。
「すぐに清洲にお伺いを立てたほうがよいな。大人しく竹中が退けばいいが……。わしも文を書いて送っておこう」
あそこはまずい。前守護様が健在だったころ、織田と斯波の面目を潰しかねんことをしたこと、西美濃で知らぬ者がおるまい。
よりにもよって織田家の猶子となった久遠殿に、守護様に頭を下げて詫びを入れろと言い放ったことは許されることではない。
久遠殿は争いを好まぬ故にその時は内々で済ませたらしいが、同時に織田家を軽んじたことで竹中は西美濃でも一際孤立してしまった。
さっさと謝罪してしまえばよかったものを、それをせぬ竹中には誰も関わりたくないのだ。
ウルザ殿とヒルザ殿にも口利きを頼む書状を送るか。わしは久遠殿とはそれほど親しいわけではないが、おふたりとは浅井との戦の際に随分と話した。この件では助けになってくれよう。
Side:久遠一馬
エルと一緒に火鉢で松茸を焼いている。いい香りがしてきて、チリチリと焼けるのを見ていると幸せな気持ちになる。
もっともこの時代では庶民の味であり、これも先日、柴田勝家さんからもらったものだ。
「美濃が騒がしいようだな」
一緒に松茸を食べているのはお市ちゃんとお姉さんと、岩竜丸君と守役の牧さんだ。学校帰りにウチに寄ったみたい。
お市ちゃんのお姉さんはお縁さん。史実の犬山殿だと思う。年明けには佐治さんに嫁ぐことになっている。お縁さんはお市ちゃんと一緒に清洲城に帰るのでよくウチに来る。
ちょうどおやつにと一緒に松茸を食べていたんだけど、岩竜丸君が唐突に美濃のことを口にした。学校にまで噂が広がっているのか。
最近は西美濃の子供も増えたからなぁ。学校の寮も人が多くなって賑やかになっているらしい。
「若武衛様のお耳にまで入るとは。とはいえ大きな騒ぎにはなりませんよ。竹中は正式な謝罪がなくば臣従すら叶いませんけどね」
「そなたがそこを気にするとは思わなかったな」
「いや、私はどっちでもいいんですよ。ただあの件は守護様の裁定にも泥を塗った形なので、私の一存で許すとは言えませんね」
すっかり竹中とウチの因縁が広まってしまった。信秀さんも以前には義龍さんに教えていたし、竹中もそのことで不満を口にしていたと言うからね。広まって当然なんだが。
太田さんの奥さんのお藤さんの一件や桑名に堺の件もあって、世間的にオレは好き嫌いが激しいとされているが、岩竜丸君はそれが事実じゃないこと知っているからね。
好き嫌いはあるが、よほどじゃないとそれを仕事には持ち込んでない。無論、優遇とかはしないし、関わることもなるべくしないが。
ただ周りは忖度する。竹中さんのこともそんな感じだね。
「西国の大内は謀叛で自刃して、甲斐の武田も危ういと聞く。世はまだまだ荒れておるというのに、ここにおると実感がわかぬな」
尾張は平和だ。岩竜丸君は学校や城でいろいろ聞いているから知っているが、領民の中には世の中が荒れている実感がない人も出てきているのかもしれない。
岩竜丸君に実感がわかないと言われると少しまずいのではと思ってしまう。
「それは困りましたねぇ。その辺りを考える必要もあるのかな?」
「難しいところですね。紙芝居とかわら版は増やしたほうがいいのかもしれませんが……」
平和になると人心も安定する。いいことなんだけど、世の中の流れは知っていてほしい。エルにどうしようかと相談するも微妙な反応だ。
あまり不安を煽ると、せっかく安定し始めている領内の発展の邪魔になりかねない。とはいえ備えとか心構えは必要なんだよねぇ。
ただ、尾張に限って言えば、戦場になる可能性が今後もあまりない。経済的な理由からも尾張の混乱は困る。
「かずま、こげそうだよ」
「ああ、そうですね」
しばし考え込んでいたら、じっと焼ける松茸を見ていたお市ちゃんに指摘された。お市ちゃんは世の中を理解するのはまだ早いか。松茸の焼け具合のほうが重要らしい。














