第七百十七話・大寧寺の変
Side:冷泉隆豊
「なんだと……」
「はっ、すでに挙兵して厳島と桜尾城に向けて進軍しております」
翌夜明けを間近に迫った頃、斯波の船へ戦を仕掛けた件について仔細を調べに出した者たちが、慌ててわしの屋敷に駆けこんで参った。
陶隆房の挙兵。すでに秋穂は逃げ出そうとする人で溢れておるという。最早一刻の猶予もならん。相当根回しは済んでおるはずだ。
「ほう、五郎は立ったか」
「御屋形様、すぐに戦のお支度を……」
「ならん。今日は大友の使者が参るのだ」
「御屋形様! 杉殿も内藤殿もこの件を知らせに参らぬのですぞ! 最早お味方になる者は……」
さすがにこのままでは済まぬと思い、早朝にも拘わらず御屋形様に目通りを願い報告したが、御屋形様は驚きも戸惑いもなく淡々とされておられる。
やはり、御屋形様は……。
「五郎左衛門。そなたには苦労ばかり掛けるな」
「御屋形様、このまま湊に行き、斯波殿の船で遠くへお逃げください」
御屋形様にはもう大内家を治める気力がないのだ。世を儚み、過去を懐かしみ、ただ生きるだけの日々。陶にはそれがわからんのだ。
このままでは殺されてしまいかねん。今なら間に合うはずだ。
「なにを言う。そのようなこと考えたこともないわ」
「されど……」
「今日がいかがなって、明日がいかがなるかなど誰にもわからんことだ。よいのだ。このままでな」
最早、わしには如何ともしようがないのか。ならば最期までお供するしかあるまい。
陶め。理解しておらぬのであろうな。国を治めるということが如何に難しきことかを。
口惜しい。あのような男に大内家が乗っ取られてしまうのが、口惜しい。
Side:久遠一馬
陶隆房が謀叛を起こした。史実より数日早い謀叛になる。
謀叛の報せから遅れること半日、襲撃から丸一日過ぎた翌日には大内義隆と陶隆房からそれぞれに義統さんの問責状の返答が来た。
陶隆房からは自分は知らない、守護である大内義隆に問えという返事で、大内義隆からは家臣が迷惑をかけて済まないという謝罪だ。
主犯であろう陶隆房がとぼけて、無関係であろう大内義隆が謝る。まあ今の大内家を象徴する感じだね。
大内義隆からは、明ではウチの紅茶が一部で流れたようで、銭をいくら積んでも欲する者がいるようだとの情報も書かれていた。
同時に義隆からは官位を得たことへの祝いの言葉もあるが、陶隆房からはない。義隆は恐らく近衛稙家さんに聞いたんだろう。先日貰った官位の話を周防の人が知るはずがないからね。
「さすがは大内家当主と言ったところか」
信秀さんも義隆の返答にこれは見事と感心している。面目ばっかり気にしている武士が多い中であっさり謝罪して、さらにこちらの利になる話を知らせてきた。
「エルよ。それはよい品なのか?」
「恐らくは宋代の青磁でしょう。大内家所縁の品という添え状もあります。詫びの品としてはこれ以上ないものかもしれません」
しかもお詫びの品が凄い。義統さんや信長さんに義輝さんは義隆が寄越したお詫びの品に注目している。鑑定しているのはエルだ。宋の時代の青磁。元の世界であった大内家の家宝である大内筒と同様の品だろう。
オレが知る大内筒とは形が少し違うが。史実で失われた一品か?
ウチでも宋時代の青磁と白磁は少数扱っているが、いくらでも値が付きそうなもので一般に売ってなく、ごく一部を頼まれたら譲るくらいだ。陶磁器自体は扱うが桁が違うからね。
「捕らえた者を解き放ち帰るか」
みんなで相談するが、どう考えても、ここが退き際だった。最終的には信秀さんが決断した。使者はまだ湊にいるので、捕らえた捕虜の解放と硝子の盃と金色酒を返礼品として持たせて帰す。義隆のもとに届くかは怪しいけどね。
村上水軍? 正式な返事がまだ来ないよ。多分本拠地まで知らせにいっているんだろう。ただ現地の人は申し訳ないと謝罪していたが。
「やっと帰れるなぁ」
ウチの船はいろいろ改造しているので船上の生活もそれほど悪くないが、それでもそろそろ陸に上がりたいところもある。
ウチのメンバーではジュリアとか石舟斎さんとか河尻さんもそんな感じ。護衛として来ている若い衆とか、卜伝さんとお弟子さんたちと甲板で鍛錬をよくしているからね。
窮屈とまでは言わないが陸に上がり落ち着きたいところが本音だろう。
「旦那様、出航準備終わったよ」
もともといつでも逃げられる準備はしていた。出航もすぐに可能となり、リーファの報告を信秀さんと義統さんに報告して出航となる。
秋穂の湊では船で周防から逃げようとする人が大勢見える。戦国時代の人は戦慣れしているとはいえ、大内家は勝ち組だったからね。周防なんかだと大きな戦はしばらく経験してないので、逃げ出せる人は逃げだしてもおかしくないのだろう。
「じゃあ、出航だ」
秋穂に着いた時に真っ先に知らせに来た忍び衆のふたりは、このまま一旦尾張まで連れて帰ることにした。
影の衆の人たちは、ほかにも潜入している人や現地の協力者を逃がすために残るらしい。無理をしないで自分の命を守るように命じておいた。みんな生きて帰ってきてほしい。
さらば周防。さらば大内義隆。
上陸もしてないし、会ってもいないけど。
さあ、帰ろう。みんなの待っている尾張へ。
Side:シンディ
熱田にも秋が訪れましたわ。木々が色づき武芸大会へ参加する者は鍛錬に余念がない。
この日は蟹江にてメルティ、リンメイ、ミレイ、エミールと打ち合わせをしていますわ。東の武田と今川の動きと、それに関わる関東や三河の影響の分析など。
まあ、それほど重要なことはありませんが、こうして共にお茶を飲むのも私たちの日常。
「長引きそうね」
「当然といえば当然ネ。決め手がどちらにもない」
忍び衆の報告とオーバーテクノロジーの調査結果を合わせて検討する。メルティとリンメイは武田と今川の戦が予想通りに膠着して長引きそうな現状にホッとしている。
織田家は今が大切な時期。このままズルズルと戦で戦線が広がるのは得策ではないものね。
現状では双方ともに全力で戦が出来ないわ。今川は関東や東三河に最低限の押さえは置いてあるし、武田も信濃や関東の押さえを置いてある。
「戦略物資の横流しがね」
「厳罰にしてもきりがないワケ」
無論、問題はある。ミレイとエミールは蟹江にて流通と商いの管理もしているが、第三国を幾つか経由した密輸が多発していることに頭を悩ませていますわ。
数は多くはないものの、戦略物資が大湊や美濃から第三国を経由して武田や今川に流れているのよ。こちらとしては売るなと警告をして、一度破った者は取り引き停止にしてもきりがない。
商人ならともかく間に武士や寺社が入るとこちらの警告なんて無視してしまう。
流れているのは主に鉄。硝石や武具は領内からの輸出自体が厳格化されているのであまり影響がないけど、鉄はそこまで規制を厳しくしていないからでしょうね。
それに同じ伊勢でも宇治山田などはこちらの要請を受け入れつつ、陰で横流しをされるのを承知で売っている商人も少なからずいますわ。
この時代としては当然のことなのでしょうけど。
「対価はいずれ払っていただければいいですわ」
彼らは理解していないのでしょうね。いずれ織田が大きくなって直接かかわるようになった時に、自分たちの行いが大きく影響するなんて。
ただ朗報もあります。尾張の商人や大湊の商人は努力してこちらの価値観に合わせてくれている。
努力している者には寛大に、そうでないものにはいずれ対価をたっぷりと払わせてやりますわ。














