第七百十三話・義隆と隆房
Side:二条尹房
大内卿の館は聊か寂しく感じるほど静かであるな。公家衆がおらなくなったせいとは思いたくはないが。
吾は大内卿とふたりだけで酒を酌み交わす。思えばこういう機会は今までなかった。
「よろしかったので?」
「都は落ち着くまい。すぐに荒れる。それは大内卿もご存知であろう?」
しばしの沈黙の後に大内卿はぽつりと呟くように問うてきた。近衛の懸念もわかる。吾を騙す気などないこともな。だがあの男は朝廷と大樹のことを基に考える。
本音は足利家をなんとか盛り立てて天下を治めたいのであろう。そのようなこと、最早叶わぬと知りながらもな。
だがな。細川がどう動こうと三好が許されようとも都は変わらぬ。そういう世なのだ。
「それにの。貧しき暮らしは嫌じゃ」
無論のこと、大内家への義理もある。長らく都を空けて主上に申し訳ない気持ちもある。ただなにが決め手かと言えば、貧しき暮らしは嫌だということが大きかろう。
足利も細川も信じるに値せぬ。官位が上だと頭を下げることはあっても、朝廷や公家の御領地や荘園を奪い好き勝手にする足利など信じることが出来ぬ。
「杉と内藤は敵にはなるまい。それに、あれはあれで良きところもある」
謀叛の噂など大内卿も承知なのだ。逃げの一手しか出来ぬ足利と一緒にされとうないわ。ただ気になるのは、大内卿が陶を未だに信じておることか。巷では憎んでおると評判だというのに。
政と雅なものを見る目は確かなれど、戦はさっぱりであることが残念よの。
吾もよくわからぬ。まことに杉と内藤は陶に加担せぬのか? 近衛の文ではほぼ味方はおらんなどと大げさなことが書いておったが。
「申し上げます。近衛殿下の乗る川舟が陶の放ったと思わしき賊に襲撃を受けました」
「いかがなった?」
「はっ、秋穂に三好の迎えが参ったようで、乗っておった僧兵により撃退されて公家衆は無事に秋穂に入った模様。そのまま逃げるように船で出ていったようでございます」
「そうか。それは良かった」
まことに公家を狙うたのか? 脅しか? それとも本気か? あの男、越えてはならぬ一線を越えることを厭わぬというのか?
大内卿は良かったと口にしつつも、案じることもなく涼しい顔をしておる。まるで逃げる公家など不要だとでも言いたげな様子で。代わりはいくらでもいる。まさかそのように思うていまいな?
わしは判断を誤ったか? いかんな、近衛のせいで疑心暗鬼になってしまうわ。三好が大樹と和睦しても謀叛人であることに変わりはないのだ。信用など出来るか。
「明日は茶会でもするか」
陶の謀叛のことも公家が襲われたことも動じぬ大内卿の真意はいずこにあるのだ? 武士たる者が軽々しく動じぬ姿は頼もしくもあるが、いささか気味が悪いところもある。
己の命すら涼しい顔で捨ててしまいそうに見えるわ。気のせいだと思いたいが……。
Side:陶隆房
「愚か者が……」
宮川と深野め。腹を切ってまで、わしのやることを止めようとするか。愚か者と怒鳴ってやりたいが、すでにおらぬ。双方ともに子が跡を継ぐことを認めてやった。
わしは決して私利私欲のためだけで動いておるのではない。これは大内家家臣の総意なのだ。代々仕えたわしらよりも相良などを重用して国を乱した、御屋形様に対する大内家の総意なのだ。
「殿、仕損じたようでございます」
良くない日には良くない報せが続く。公家を始末させるために送った者らが仕損じたとは。宮川が漏らしたかもしれぬというので、秋穂の前で始末させようとしたのだがな。
「なにがあった?」
「はっ、三好水軍が秋穂に到着してしまいました。連中は本願寺の僧兵を乗せておったようで、少数でございますが僧兵が上陸して迎えに出た際に賊として討たれました。更に公家を乗せて既に湊を離れたようでございます」
ちっ、小賢しいことを。だが本願寺に手を出すのはまずいか。
「追えるか?」
「難しゅうございまする。本願寺と公家が乗っておりますれば。また村上にも話を通しておるはず。なにより南蛮船が未だ動いておりませぬ。下手に動けばどうなるかわかりませぬ故……」
如何なるつもりだ? 何故、勅使を乗せて参った船がまだおるのだ。まさか近衛がまだおるのか?
おのれ、このままおめおめと逃げられるしかないのか!?
「黒い南蛮船を得た者、または沈めた者には望みのままの褒美を与えると秋穂付近の者に伝えよ。ただし近衛は生かして丁重にお迎えしろとな」
「はっ」
すでに出ていった三好の船には今から命じても追い付けまい。だが残った南蛮船なら話は別。殿のつもりか? それとも風待ちで動けぬのか? いずれにせよ、好き勝手されたまま逃げられてはわしの沽券に関わる。
宇賀島の水軍なら確実に勝てるやもしれぬが、ちと遠い。褒美を出せば嫌がらせにはなろう。駄目でも正式な書状がない以上、わしは知らぬ存ぜぬこと。
斯波だか織田だか知らぬが、大内家の周防で好き勝手出来ると思うなよ。
Side:久遠一馬
西の空がオレンジ色に染まっている。甲板ではバイオロイドとロボット兵の船乗りが大砲の整備をしていて、織田家の皆さんが鉄砲や弩や弓の支度をしている。
キャラベル船も久遠船でも同じだろう。三好水軍はトンボ帰りして既にいない。村上水軍とは話が付いているようだし、勅使の稙家さんがいるんだ。大丈夫だろう。
「殿か……」
「戦らしい戦にはなりませんよ。多分」
少し険しい顔つきで、一緒にみんなの様子を眺めていた信長さんがぽつりと呟いた。みんな殿だと思っているらしい。でも違うんだよね。念のため戦の支度はするが。
村上水軍が本腰を入れて出てくると負けるかもしれないが、三好水軍の安宅さんの話ではウチの船を含めて勅使の船として交渉したらしい。従って村上水軍は動かないだろう。
さすがは三好長慶といったところだ。おかげで随分と状況が良くなった。
「陶とやらが大人しく見逃すまい。聞いた限りだとな。このままではやられたままになるからな」
ちょっと面白くなさげなのは、先ほどの公家の迎えの部隊に入れてもらえなかった義輝さんだ。自ら志願した時は義統さんや信秀さんもびっくりしていたが、彼と卜伝さんたちはあくまでもお客さんだ。
それに前線に出たことなんかない義輝さんを出せるわけがなかった。
「この船は小早には不利では?」
南蛮船の弱点に気付いたのは藤孝さんだ。さすがは史実でも名の残る武士だけのことはある。
「問題ありませんよ。幸いなことに武器は余るほどある」
確かに船だけで見れば不利だ。とはいえ火矢程度で沈む船じゃない。それに武器の質と量は勝っているんだ。
小規模の水軍やら武士が船で接近しても的になるだけ。
「リーファ、雪乃。指揮は任せた」
「あいよ」
「お任せください」
指揮はオレに任せられた。義統さんは戦を知らないというし、信秀さんからも撤退を含めて船は任せたと言われた。エルに任せてもいいが、この時代の海戦はふたりが一番経験を積んでいる。
義輝さん、弓は使えるらしく今度こそと参加する気だけど。困るんだよなぁ。将軍様だから、どちらかと言えばリーファに指揮を学んだほうがいいのに。
まあ村上水軍が敵に回らない以上は、こちらに嫌がらせをするだけの水上戦力が陶にあるかも怪しいし、念のための準備でしかないんだけどね。














