第六百八話・報復とお花見
Side:浅井久政
「はぁ」
怒る気も失せるとはこのことだ。勝手に先走りして美濃の今須宿を奇襲したかと思えば、返り討ちにあって逃げ帰ってくるとは。
織田の報復がくるな。国境の城を守らねば、浅井家は崩壊する。
「助佐、関ケ原にはいかほどの兵がおるのだ?」
「田仕事の時期に入って減ったようでございますが、それでも数千はおるかと……」
内々に呼んだ片桐直貞と相談する。愚か者どもの処分と織田への対処が必要なのだ。あのような連中でも家中では相応の人望がある。よく考えねば、こちらの寝首を掻かれるやもしれん。
「戦となれば万の兵が来てもおかしくないか」
「殿、織田との争いはもうお止めになったほうが……」
「わかっておる。だがこのまま退けば誰もわしに付いてこなくなるぞ?」
織田の力は予想以上だ。堅田の商人までもがこの件では関わりを避けておる。それに六角と朝倉の動きがおかしい。これを機会にいずれかが小谷城に攻めてきてもおかしくない。敵は織田だけではないのだ。
過去には朝倉宗滴に、ここ小谷城を攻め落とされておる。近頃の朝倉は当家を六角の家臣としてではなく、独立した勢力として扱ってくれる故に家中は勘違いしておるがな。
朝倉は京の都への街道を六角に押さえられたくないだけで、当家のことなどいかようでもよいのだ。
「なにより、わしを裏切ったあの女だけは許せん」
それとあの妹だ。女の分際で勝手に織田に降り、わしの面目を潰したあの妹だけは許すことなど出来ぬ。大人しくわしに従っておればよかったものを。
彼奴がのうのうと尾張で暮らすなど出来ぬようにしてくれるわ!
「殿、今須宿では多数の鉄砲があったとのこと。織田は本気ですぞ」
「……織田といずれは和睦をする。だが、その前に一戦交えねばなるまい。あの愚か者どもを先陣に回す」
「まさか、織田に奴らを始末させるおつもりで?」
「よい策であろう。わしが腹を切れと言うて従うか?」
ふん。織田が強いからなんだというのだ。近江はこちらに地の利がある。それに織田が近江にまで攻め込めば六角もいつまでも静観も出来まい。織田を近江に引き込み、六角も朝倉も巻き込んでやるわ。
先祖代々この地を生きる我らの意地と戦いを見せてやる。
Side:久遠一馬
「凄い賑わいだね」
今日はお花見だ。今日から三日間、織田家主催のお花見が清洲で行われる。
エルたちと尾張に滞在しているアンドロイドのみんなで清洲にやってきたが、清洲の町はいつにも増して賑わっている。
町の中には出店があちこちにあり、笛や太鼓で盛り上がる人たちが大勢見える。
「うふふ、今年は各地に知らせたのよ。お花見のこと」
嬉しそうなのはメルティだ。紙芝居を作ってお花見をするよと、領内各地にて告知したらしい。
夏の花火、秋の武芸大会、冬の凧揚げ。そして春のお花見。四季に合わせてイベントをしてみんなで盛り上がっている成果は出ている。
清洲や近隣の那古野などではすっかり恒例となりつつあり、領内各地から来る見物客を数日前から寺社が積極的に受け入れて泊めているんだ。
ここのところ寺社は織田家に利権を召し上げられる事態が続いているが、良心的な所には相応の銭で支援している。少なくとも彼らの暮らしが成り立たないようなことにはならないように配慮しているし、祭り期間の宿泊など積極的に役割も与えている。
中には宿泊者に説法を聞かせるところもあるし、寺社の手伝いをさせる代わりにタダで泊めているところもあったりと、それぞれの寺社で考えているんだ。
彼らは彼らなりに織田の治世で生きていこうと頑張っている。
「エル、関ケ原の件は上手くいった?」
「はい。問題なく物資と人員を送りました」
「さて、浅井の皆さんはどんな反応をするかね」
それとちょっとした思い付きで、関ケ原でも今日から織田家主催のお花見をする予定だ。報復はどうするんだとか、浅井がまた奇襲を仕掛けてくるのではと物騒な話が多かったからね。
いっそ関ケ原でもお花見をすればいいと進言したら、信秀さんが笑って許可をくれた。
浅井では織田の報復が来るぞと警戒して一部では兵糧を集めたり兵を集めている。それが織田では前線で祭りをするんだから、さぞ驚くだろう。
どうなるか楽しみだね。
Side:織田信清
「近江から来た商人の唖然とした顔が面白うございますな」
関ケ原は賑やかだった。この日は賦役も休みで祭りをすることになったのだ。清洲の観桜会に合わせてとのことらしいが、織田による浅井への報復を期待して集まった近江の商人たちが唖然としておる姿に不破殿が面白そうに笑っておる。
もともと祭りの時は賦役が休みとなったが、まさかこの前線で同じく祭りをするとは誰が考えたのだ?
「皆さまもどうぞ。今日は飲んで騒いで楽しんでください」
「美味しいですよ。さあ、遠慮しないで」
もっとも驚いておるのは領民も同じだ。報復があると思い、皆がその気になっておるのに祭りだと言うのだからな。
ウルザ殿とヒルザ殿に至っては、そんな領民を相手に鍋を自ら作り振舞っておる。特に大将という立場のウルザ殿がそのようなことをしてよいのかとも思うが、賦役は順調なことと浅井の奇襲を阻止したことで諸将の信頼も深まった。
なにより氏家殿、不破殿、稲葉殿が素直に従っておることで誰も文句が言えん。
「では某も手伝いいたそう」
「ありがとうございます。そちらをお願い致しますね」
諸将は酒を飲み盛り上がっておったが、なんと氏家殿がウルザ殿の下にゆくと手伝い始めてしまったではないか。
ほかの諸将は驚きの表情を浮かべるが、尾張では三郎様が同じく久遠家の者たちと屋台をやることもある。それを知っておったのであろうな。
それに釣られるように何人もが我も我もと手伝いを買って出ると、さすがにウルザ殿も苦笑いを浮かべておる。
とはいえ大殿の信も厚く、差配を任されておるのはウルザ殿たちだ。稲葉殿に続き武功を上げる機会がほしいのだろう。
「これは浅井の面目が潰れますなぁ」
「やはりそう思われるか? 不破殿」
「然り。浅井は織田を恐れて守りを固めておるのでしょう。商人が多く来ておるのも、戦になると思い、兵糧などが売れると思うたはず。それが織田では賊如きは相手にせず祭りをしておるのですからな。怯える浅井と相手にせぬ織田。この影響は大きい」
わしはそんな周囲を見ながら少し静かに酒を飲んでおったが、機嫌がよい不破殿が面白そうにことの影響を教えてくれた。
おそらく久遠家の手配だろう。美濃などの商人たちが屋台をだして祭りを盛り上げておる。それに引き替え戦を当てにして参った近江の商人たちは祭りで売るものがなく、仕方なく米を炊いて握り飯を売る者がおるくらいだ。
細かく見ておると確かに、この影響がいかがなるか楽しみになる。
「これだから織田と敵対などできぬのだ。織田は戦をせずとも事を成せるのだ」
同じく静かに飲んでおった稲葉殿がぽつりとつぶやくように本音らしきことを漏らした。
「見事な差配をした稲葉殿でもそう思われるか?」
「策を実行するのと考えるのでは訳が違う。山城守殿がなにゆえ織田に降ったか。ここに来てよくわかった」
稲葉殿は先の奇襲を防いだことで、ここでの立場が一段と上がった。とはいえ本人は謙虚で予定になかった賦役の者たちを戦に使ったことを詫びたほどだ。
無論。私利私欲からの行動ではなく、誰も問題としなかったが。
人々の顔は明るい。浅井など何度来ても返り討ちにしてくれると息巻く者もおる。
こんな我らを相手に戦わねばならん浅井に同情したくなるわ。もっとも油断は出来ん。六角や朝倉が援軍を出せば戦況は一気に変わる。
桜の花を見ながら英気を養い、次の戦に備えねばならんな。
片桐直貞。史実の片桐且元の父親。それ以上情報なし。














