第五百七十話・年末のひととき
Side:久遠一馬
朝廷から官位の件の返答で使者が来た。斯波義統さんには現在の左兵衛佐のひとつ上の官位である右兵衛督。信秀さんには予定通り内匠頭を貰えるそうだ。
斯波家は家柄もよくすでに官位があるからね。結構いい官位らしい、気を使ってくれたんだなと思う。
ちなみに今回の使者は勅使じゃない。本来の武家伝奏は朝廷から幕府にというのが基本なので、今回は唯の『伝奏』になる。
もちろん幕府が弱体化しているので、直接に勅使を送ることも、幕府を通すことも、そして今回の様に朝廷が召喚とも言える使者を送ることもあるようだ。官位の受領もこの時代だと必ずしも上洛して京の都で官位を受領しているわけではないようだが、今回は上洛を望まれているようだ。
この件もあって、この冬の朝廷への献上品は恒例となっている季節ごとの贈り物をより多くした。正式な官位のお礼ではないが、朝廷が求めているものは明らかだからね。
ただ、ほかの大名家にはちょっと申し訳ない気も。織田と比べられたら大変だろう。まあウチもそこまで考えるほど余裕がないんだけど。
六角家からは斎藤家のお嫁さん『近江の方』の件について、仲介をしてくれるという返事をもらった。もしかすれば浅井家の一部が暴発するかもしれないが、その時は六角家が仲介するという口約束もある。当てにはしないが。
朝廷への献上品の上積みとは別に、伝奏の使者に持たせて帰す返礼品は義統さんや信秀さんと話し合い、硝子の鏡と盃などを送る。あれまだ一般には販売してないから貴重なものだしね。
「しかしまあ、アクティブに動いているね」
「世界各地の情勢と今後を予測したうえでの判断です」
学校や病院の大掃除や牧場の大掃除も終わった。ウチでは今年の仕事も終わり、新年を迎える支度をしているが、海外の報告に思わず「いいのか?」とため息が出てしまう。
モンゴルとの交易の開始。それと明の一部の高官への贈り物を開始した報告が届いた。
シベリア・オーストラリア・ウラジオストクに加えて、台湾とフィリピンにも入植しているから今更の感じもあるが。というか何処の帝国だと突っ込まれても仕方ない行動範囲だ。
人払いをしてエルと相談するが、この件は必要に迫られてというところらしい。この年、モンゴルの勢力が北京に朝貢と互市の開催を求めて北京を包囲する一件が起きた。俗にいう庚戌の変だ。
ウラジオストクに入植しちゃったしね。そのままモンゴルと接触して交易をすることにしたらしい。明とも独自のルートで交渉の窓口をつくることになるようだ。
「ウチ、織田家の家臣なんだけど?」
「明に対しては嘘は言いません。無論、聞かれないことも言いませんが」
常套句『どこそこの方から来ました』を使うらしい。朝貢は出来ないが、交渉窓口くらいは必要なのは確かだけどさ。史実において明と日本の貿易は南蛮人に上手く間に入られている。
南蛮貿易といいつつ、貿易品は明や東南アジアの品なんだよね。大半は。それの利益を頂ければいいんだけど。どうなるかな。
「殿にも、若様にもそれらしいことは言ったけどさ」
海外での活動に関しては、信秀さんと信長さんは興味は持つが口は挟まない。わからないとはっきりふたりは言うからね。ただし、以前に少し説明はしている。織田家家臣ということを隠して交易もしていると。
どこからか噂が流れて問い合わせが来ても、上手く誤魔化してくれるそうだ。身分が面倒なのはオレよりも理解しているから助かっている。次の段階は義統さんルートの対処かな?
「日ノ本の外は、このまま天下統一をしたら織田家としての外交や交易に使えます。問題ありませんよ。この時代は先にやった者の勝ちなのです」
エルもこの時代を理解して、良くも悪くも戦略を変えつつあるね。個人的にはもっと大人しくしているつもりだったのに。
「それにしても人気だね。エルのマフラー」
「これは、そんなつもりはなかったのですが……」
ちなみにエルはマフラーを編みながら話をしている。今は岩竜丸君のマフラーを編んでいるところだ。
オレたちも使っているが、信長さんとかお市ちゃんたち兄弟や姉妹がエルのマフラーを使っているせいで、あれはなんだ? どこで買えるんだという問い合わせがウチに来る。
先日には信行君が、岩竜丸君がマフラーを欲しがっていると教えてくれたんだ。寄越せと命じないだけ成長したんだろう。守役の牧さんを経由して贈るからと伝えると喜んでいると返事が来た。
毛糸は羊毛が日本にはないから高級品なんだ。マフラーが地味にステイタスと化している。
「そういえばお清ちゃんは?」
「ええ、上達しましたよ。今ではマフラーなら問題なく編めます」
ほかの家中の皆さんには宇宙要塞で作った手編み風マフラーを贈っている。ただお清ちゃんが器用なようで編み物を覚えたらしい。
ウチの家臣のみんなには、お清ちゃんが編んだマフラーをプレゼントしている。これも評判がいいんだよね。
お清ちゃんは看護師に向いているようで、ケティとパメラの助手をしていることが多い。千代女さんは文官仕事に向いているらしい。
エルが仕事を教えていて覚えもいいんだとか。人を使うのも上手いし功を焦ったり無理をしないので助かっているみたい。
Side:織田信長
「それにしても、織田ではこのような治め方をするとは思いませんでしたな」
そろそろ昼かという頃、斎藤新九郎殿が疲れたのか肩を回して一息ついておった。
未だ正式な臣従はしておらぬが、義父殿の意向で織田の統治を学べと言われたようで、清洲に滞在してオレと一緒に仕事をしておる。
奥方の近江殿の微妙な立場もあるのであろうが。現状では清洲におるのが一番いいからな。
「織田とて始めたばかりだ。山城守殿はなればこそ臣従を急いだのだろう。早いほうがいいのは、やればわかることだ。さすがに一国を差配しておったお方は違う」
オレと新九郎殿と共に仕事をしておる犬山城の与次郎叔父上が、そんな新九郎殿に少し苦笑いを浮かべながら実情を語った。
もとは久遠家でやっておったことだ。本領には多くの記録があり、あれが久遠家の大きな力となっておる。とはいえ、かずやエルがおらずともうまくゆくようになったのは、叔父上のおかげなのだが。
しかし義父殿が臣従を急いだ理由を叔父上は理解しておったか。エルが清洲の文官をまとめるのに叔父上を推挙したというのもわかるな。
「叔父上も済まぬな。年の瀬だというのに」
かずのところは昨日で仕事が終わっておるが、清洲は今日までかかる。叔父上などほとんど己の城に帰らず清洲に詰めておったからな。さすがに申し訳なくなる。
「案ずるでない。犬山の周囲に敵になりそうな者もおらぬしな。それに三郎や新九郎殿のような若い者たちが育っておる。この先は楽になるはずだ」
文官の働きで国を治めるなど軟弱だと笑う者もおろう。とはいえ戦を起こさず、謀叛などを起こさせぬためには必要なことだからな。
「わしは父上のようになれん。なればこそ、わしに出来ることを確とやる必要があると思うておりまする」
「新九郎殿、余計なお世話かとも思うが、あまりお父上のことを意識せぬほうがいい。そなたはまだ若いのだ。そなたが今の山城守殿と同じくらいの歳になれば、きっとよき武士となろう。兄上や山城守殿と若くしてやり合えるほうがおかしい」
「かずたちのようにか?」
ふと漏らした新九郎殿の本音に、叔父上は真面目に話しておったのだが、叔父上が思わず余計な一言を言うとオレも合いの手を入れて笑ってしまい、それに釣られるように叔父上と新九郎殿も笑いだした。
親父と義父殿のような者はそうおるまい。確かにそれと対等以上に渡り合えるかずたちがおかしいのだ。
新九郎殿も決して愚かではない。偉大な父を持つ気持ちをオレも少しは理解出来る。
「久遠家は別格だからな。一馬殿は教育が違うと言っておったな。わしも学校で学びたいと思ったほどだ。兄上に駄目だと言われたがな」
「それは困る。叔父上がおらねば、清洲の仕事が終わらなくなるわ」
「くっははは」
少しおどけたように学校で学びたいという叔父上をオレが止めると、新九郎殿が噴き出すように笑っておった。
そういえばいつからであろうか。こうして皆で笑えるようになったのは。
より良き明日のために、オレもかずたちに負けておられん。
お清ちゃん。滝川資清さんの娘。
斎藤新九郎。義龍さん。
与次郎叔父上。織田信康さん。














