第五百十九話・評定の合間に
Side:久遠一馬
南蛮人と堺の一件が一段落したことで評定は休憩となった。
評定の参加者については、美濃から大垣城を任されている織田信辰さんに加えて氏家直元さんと不破光治さんが参加しているし、三河からは信広さんが来ている。
暇だし評定が再開する前に少し状況を整理して考えておこうか。
美濃の織田領は大垣を中心に広がっているが、まだら模様のように飛び飛びになっている。これは美濃三人衆である安藤守就さんと稲葉一鉄さんが臣従していないためだ。
同じ美濃三人衆である氏家さんと、美濃四人衆と呼ばれる時は含まれる不破さんは織田に臣従したが、独立意識が強いらしい前述のふたりが臣従してないからね。追従して臣従していない人もそれなりに多い。
最悪、斎藤家と同じタイミングでの臣従で大丈夫だろうという見方は意外に多い。織田は敵対した者も許しているしね。
三河の織田領は矢作川を越えたが、こちらもまだら模様のようになっている。臣従する人と臣従しない人がいて西三河を制するほどではない。
こちらは松平宗家が現在も表向きは今川に臣従していることが原因だろう。三河では昨年に本證寺の蜂起で織田と今川が停戦して以降、棚上げにした国境線の話し合いは行われていない。
織田としては西三河で今川の圧力が減ったことで、今のところは国境線の話し合いをする理由がない。というか話し合いなんかしたら停戦が破綻になる可能性すらある。
そんなことは今川も理解している。どうやら今川は本気で甲斐を狙っているらしいからね。あとは大義名分があれば動くだろう。織田との争いを望んでないのは向こうだ。
松平宗家とはとりあえず大湊と尾張の商人を通した商いで交流をしている。ウチは織田一族になるので表に出てないが、松平領も以前よりは楽になっただろう。
米や雑穀に塩などの物資は東三河よりは安価で流通させている。織田と今川は石山本願寺からお金貰ったけど、松平宗家は今川の家臣扱いで貰えてないからね。
まあ本證寺系の寺への借財をかなりの国人や土豪がどさくさに紛れて、寺ごと貸付台帳を焼いて帳消しにしたり、一揆を起こす為の銭は渡さないなどの難癖で踏み倒しにしたようで、一部の寺が困っているようだが、そこまでは関与しない。松平宗家の内政問題だ。
本證寺系の寺は本当に大人しくなった。本證寺の蜂起に協力した寺は潰したので、数もだいぶ減ったしね。その後には改宗と守護使不入などの特権の放棄と引き換えに織田家へ臣従した寺もあるし、残りは願証寺がまとめたからね。
本證寺の暴挙は今も紙芝居で織田領では広く知らせている。だいぶ肩身の狭い思いをしているというのが実情だろう。
肝心の織田家に関しては盤石に見えるだろうが、内情はそうでもない。広がる領地を治めるのに四苦八苦していると表現したほうが適切かもしれない。
まあこの時代の統治方法で済ませれば、もう少し楽なんだろうが。改革をしているからね。評定衆たちは統治の認識がだいぶ変わっただろう。
武力で従えと脅すのではなく、領民と向き合う形での統治なんだ。臣従の意味も織田家と他家ではまったく違う。領地安堵と既存の権利を認めるなら美濃はとっくに見せかけの統一で傘下に収めて、併合しているのかもしれない。
この時代のみんなも無知でも愚かでもない。さっきの大橋さんと千秋さんもそうだが、ウチのやり方が繁栄につながるのは理解している。
正直、忙しくて謀叛とか考えている余裕がないのが一族と評定衆の現状だろう。本来ならば一番疑いを持たれて当然であるウチに関して信秀さんが疑ってないからね。
オレの性格を理解していることと、開き直っている部分もある。
工業村・農業試験村・山の村は順調だ。成果で言えば工業村が一番だが、農業試験村の改革も地味に評価されている。山の村は椎茸栽培をまだ秘密にしているので、炭焼きをしているくらいしか評定衆も知らないが。
美濃大垣と三河安祥に建設予定の公民館兼診療所は賦役で建設が始まった。ただ織田家直轄領の公民館兼診療所はまだ手つかずだ。こちらは単純に大工不足と賦役の順番待ちだ。
焼き物村のほうは夏場の農閑期の賦役で整地作業が始まったらしいけどね。ああ、品野城に関しては公民館に流用する案が出ている。
伊勢守家の信安さんが焼き物村の一件で併せて管理しているが、現状では城代を置くほどの場所でもない。尾張と三河の境界としては重要なんだけど、現状では三河安祥があるからね。後方の安全な城だしね。
今年の新しい取り組みでは正条植えと塩水選別などの農業改革の第一弾が、織田家直轄領と希望した家臣の領地の一部で実地試験が始まった。ちょっと冷夏気味で全体の稲の生育がよくないが、大きな問題は起きていない。
あと今年から始めた三河における綿花の栽培だが、こちらは育て方の徹底ができなかったために少し生育にばらつきがある。
ただ農業の環境や基礎知識が元の世界と違うこの時代では想定の範囲内だ。
経験を積むのは必要だし、初年度としては悪くないだろう。
評定が再開されたところで議題にあがったのは、林秀貞さんの謹慎の解除だった。信長さんは相変わらずなんとも言えない様子だ。嫌いなんだろう。仕方ないね。でも嫌いな相手なりに付き合う必要がある。
「よろしいのですか? 林殿はあの件でなにもしておりませなんだ。されど弟の謀叛が成っておれば、当然のようにそちらに付いたと思われますが?」
「悪いお人ではないが、己の考えから外れると嫌うという了見の狭いところもあったからな。新しいやり方についていけるかどうか」
あれ。意外に重臣の反応が渋い。特に弾正忠家古参の人ほど、悩んでいる様子が見える。弟の林通具の謀叛の時には、死罪にならないことにホッとした人がそれなりにいたと思ったんだけど。
「林家はすでに新次郎殿が継いでおる。実力がものをいう警備兵で評判がいいそうではないか。わざわざ呼び戻す必要があるかどうか」
現在、林家は林秀貞さんの娘婿である林通政さんが継いでいる。この人は関東に行った時に同行して活躍したことで林家の家督相続が許された人になる。
文官タイプではないが、義叔父のせいで風当たりの強い中で地道に頑張っている人だ。現在は自ら志願して警備兵になっている。セレスの話では優秀らしく、すでに一般兵を監督する立場にいるということだ。
あれだね。口煩い古参が戻ってくるのが嫌な人が意外に多いってことか。
「呼んで存念を聞いてみればいいではないか」
ここで意外なことに口を挟んだのは普段の評定ではほぼ無言の信長さんだった。
林秀貞さんに関しては別に評定衆に戻すわけじゃないんだけどね。信秀さんの下の文官として使うだけなのだが、側近衆と言うべきなんだろうか。ただ意外に影響力があるからね。封建制の側近は。
正直この件は信秀さんの一存で決めれば誰も文句は言えないんだけどね。幅広い議題をみんなで考えるという意味で評定にかけたんだ。
「若様はよろしいので? 林殿は若様が思い通りにならなかったことが、不満だったようですぞ。謀叛のわけもそれがありまする」
「好むか好まぬかで言えばオレも好まぬ。とはいえ親父の負担を軽くするために親父が使うなら問題あるまい。今更あの男がなにを言うても誰も人は付いていかぬであろう」
重臣のひとりが信長さんに思い切って切り込んで聞いたことに、少し驚くと同時にホッとする。ようやく信長さんも議論に加わってくれたね。
どうも過去にうつけと言われていたことがネックになっていて、いまひとつ重臣との関係がよくなかったんだよね。
きちんと話さないと今後のためにもよくない。多分重臣のほうもそう思って声をかけたんだろう。
ちょっとずつみんなよくなっているね。
織田信辰。美濃大垣城を任されている人。
信広さん。織田信広。信長の兄。三河安祥城を任されている人。
林秀貞。信長さんの元筆頭家老。弟の通具がひとりで謀反を起こしても止めなかった人。














