第四百五十三話・今川家の憂鬱
書籍版・戦国時代に宇宙要塞でやって来ました。
よろしくお願いいたします。
side: 太原雪斎
三河で勝手なことをした山田景隆が切腹した。家中には反対する者や擁護する者がおったが、御屋形様の決意は固かった。
同情する者もおったほどじゃが、勝手に一向衆などと手を組もうとした罪は重い。なによりも奴が今川家の名でそれを行なったことで御屋形様は決意を固めた。
家臣が勝手に主の名で謀をするなど、認めたら今後の憂いとなる。
「相変わらず織田は小癪な真似をするのう」
「はっ。情けで人を従え国を広げる。更に本證寺の末路を経て、それはより一層価値があると周囲は思うたことでございましょう」
松平広忠が尾張で嫡男である竹千代と、離縁した妻と会ったと知らせが届いた。
御屋形様はその知らせに面白うなさげに、扇子を開いたり閉じたりしておられる。
謀で竹千代を奪っておきながら勝手なものじゃと思うが、今の信秀ならばそれが仏の慈悲と言われるのじゃ。
現に広忠の供として尾張に行った者は、竹千代は松平の跡取りに相応しい立派な男に育ちつつあると言うておるらしい。
切り捨てる松平が織田に傾くのは構わぬが、御屋形様はやはり今川家当主として信秀の評判が高まるのは面白うないようじゃ。
それにしても信秀は恐ろしいな。あれだけ本證寺と一向衆には厳しゅうしたにも拘らず、非難する声がほとんど聞かれぬ。
それどころか、本證寺は仏の逆鱗に触れた愚かな破戒僧どもだったと笑われておる始末じゃ。
「金色酒の値が幾分下がったが、共闘への礼か? 松平が尾張に行くのを許したことか?」
「恐らくは両方かと。織田も疑っておったのでしょう。本当に我が今川家に和睦する気があるのかと」
年が明けて久遠一馬の婚礼が行われた頃から、高うなっておった金色酒の値が幾分下がったのじゃ。
まだ以前ほど安うはないので他国に売って儲かるほどではないが、それでも突然の値上がりで怒っておった者たちの機嫌が和らいだところじゃ。
こちらからはなにも要求はしておらぬが、先の三河での戦や松平の扱いなどに対する返答とみて間違いない。
織田としても遠江までは取り返さねば斯波が納得せぬかもしれぬが、現状ではそこまで来る気はないということか。以前、尾張に行った公家たちも、斯波と織田の関係は良好であると言っておったしの。
このまま織田の勢いが続けば、美濃や西三河のように遠江も然したる抵抗もなく織田に降る者が現れよう。
時が織田の味方と思えば、無理に攻める必要はあらぬと思うておろう。現状はそれでうまくいっておるのだからな。
「歯痒いのう」
「まことに申し訳ございませぬ」
「よい。然れば、吉良には気を付けよ。今、一番戦を望んでおるのは奴らかもしれぬ」
御屋形様も最早、織田の力を軽んじることはなされぬ。このまま織田と和睦し同盟を組んででも今川家を残していかねばならぬことをご理解されておる。
公方ですら現状では逃げ延びるだけで精一杯なのじゃ。まだ何も失ってはおらぬ今川家は恵まれておるというもの。
じゃが気になるのは御屋形様のおっしゃる通り吉良よな。織田もあまり相手にはしておらぬが、邪魔といえば邪魔じゃ。
とはいえ現状では三河をこのままにして、甲斐に注視せねばならぬな。
織田と武田ならば織田のほうが信じるに値する。武田は信義信条なき故、なにをするかわからんからな。信濃で苦戦して織田や北条を焚き付けてこちらに攻めてこぬとも限らぬ。
やれやれ。なかなか気の休まる日は来ぬの。
side:久遠一馬
少しずつ春の足音が近付いてきている。
相変わらずやるべきことは多い。蟹江が使えるようになりウチの商いと船での輸送は多少は楽になった。
ただ、警備兵と職業兵の分業区別と職掌の制定化など、この時代の人にはあまり理解出来ていないようなこともある。
文民統制なんてあり得ない時代なだけに、仕方ないのかもしれない。
「頭が出てるぞ! もっと体勢を低くして頭を隠さないと死ぬよ!」
今日は清洲郊外の野外競技場に来ている。目の前ではジュリアとセレスが新しく集めた若い人を指導している。
相変わらずジュリアは厳しい言葉を飛ばしているね。
「さすがは『家老職を務めたお方』というところだね」
「ありがとうございます。されど久遠家の名があれば、この程度は楽に集まります」
そんなジュリアたちを補佐しているのは河尻さんだ。実は今日集めたのは、旧大和守家の家臣の中でも下級武士であり次男や三男だった者たちである。およそ三十数名だろうか。
きっかけは警備兵の専業化と新たな職業兵の創設だった。河尻さんはジュリアのみならずセレスのほうも補佐してくれていて助かっているが、職業兵を創設して正式に下士官を育てると知って、旧大和守家の下級武士たちの一部を使ってみてはと進言してくれたんだ。
長男なんかは信秀さんや信長さんが使うが、次男以降はウチで使ってもいいみたいだ。
気位が高かったりして面倒なのは困るが、河尻さんが使える人材を選んでくれた。資清さんも賛成していたし、次男以降は人により様々らしく下士官程度ならば問題ないだろうとなった。
望月さんが念のため選んでくれた人材を調べたようだが、家にも個人にも特に素行に問題のある人はいなかったらしい。
エルには歴史に名が残った者が誰もいないと、後でこっそりと教えてもらって笑ってしまったが。
職業兵に関してはウチで先行して試す必要がある。元々警備兵の創設を行なった経験があるからね。
彼らには給料としての禄は出すが土地は与えないという条件で雇うことにした。
職業兵の中で出世はするだろうが、現状の武士の身分から切り離し、元の世界準拠の武官の身分にするつもりだ。そもそも文官と武官に分ける意味すら理解していないからね。
武術のみならず座学でかなりの教育が必要だろう。将来的には士官学校や兵学校が必要かな。どこかのあまり重要じゃない城とかで代用出来ればいいんだけど。
そういえば、もうひとりの与力である佐治さんには、織田領内の水軍の取りまとめを頼んである。
そもそもこの時代は水軍の定義も曖昧だ。船を持っていれば近隣を通る船にたいして、ここはウチの海だから通行料を払えと勝手に徴収するのだ。
それを整理したい。通行料を徴収するのは織田家の水軍のみとして、水軍は海路の安全を保障する部隊とする。すぐにでも織田家の水軍以外は通行料の徴収を禁止としたいが、突然禁止にするとそれで生きていた人が生きていけなくなるからね。現状を調査しないことには何も着手できない。
いずれは水軍も職業兵として、漁民なんかときちんと分けていかないとさ。
職業兵の視察を終え、工業村に来ている。
ここを任せている益氏さんから各種報告を聞きつつ、職人たちの視察をしていく。
「へぇ。これが改良した大八車かぁ」
「はっ。いささか壊れやすいとの意見があり、肝になる所を鉄で補強してみました」
職人を束ねている清兵衛さんが自信ありげに見せてきたのは、鉄で補強された大八車だった。
鉄が貴重というのは尾張も同じだが、工業村の中だけは余っているんだよね。
多分トロッコとか馬車を教えたから、その際に教えた技術で改良したんだろう。史実では鉄で補強した大八車なんて、聞いたことないだけに面白いね。
「いいね。平素の仕事に使ってみて、評判がよかったら増やしてみようか」
「ありがとうございます」
ほかにも数点のものを見せてくれたが、とにかくこの調子で失敗してもいいから頑張ってほしい。
「殿、ここでお風呂に入って戻りましょうか」
「そうだね。せっかくここまで来たんだ。風呂に入ってから帰ろうか」
職人たちの視察が終わり工業村の代官屋敷で休憩することにしたが、ここでは高炉の廃熱を利用したお風呂に二十四時間入れる。
那古野の屋敷もお風呂は毎日沸かすけどね。ここに来たので軽く入って汗を流して帰ることにした。
この日のお供はエルと千代女さんがいるが、当然一緒に入るらしい。
この時代だとお風呂まで世話をする人がいたりするが、ウチではいないからね。それでもオレはひとりでお風呂に入ったことはないかもしれない。
恥じらいつつ着物を脱ぎ浴室に行くふたりの姿に、ついつい見入ってしまう。
ちょっと長風呂になるかも。














