第四百四十七話・久遠家の結婚式・その八
書籍版戦国時代に宇宙要塞でやって来ました。
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Side:望月出雲守
今頃、清洲は賑やかであろうな。那古野の城下も賑やかだ。
「八郎殿、さあ。一献」
「かたじけない」
外から聞こえる喧騒を肴に酒を飲むのも悪くない。
一昨日と昨夜はお披露目の宴に参加したが、今夜はやめておいた。織田家中の宴ならばいざ知らず、今夜は領外から賓客が来ておるのだ。嫁の父などおらぬほうがいいからな。
「ようやくだな」
「ああ」
娘を嫁に出すというのは寂しいものだな。娘を嫁に出すときは、今生の別れとなる場合もあるが、千代女は主家に嫁ぐのだ。これからも常の日課のように顔を合わせることになるだろう。それでも失うような錯覚を覚える。
娘にとって、これほど幸せな婚儀はほかではあるまいし、久遠家にとっても滝川家にとっても望月家にとっても最善であろうがな。
明日がいかがなるか判らぬ世だ。家柄や血縁に拘ったとて、弟のようにいつ誰に命を奪われるかわからんのだ。
ならば殿に嫁ぎ、自身の才覚と努力で生きたほうがよいであろう。
それにしても自業自得とはいえ、弟はいささか不憫であったな。わしのことを利用して六角家で成り上がるくらいの強かさがあれば……。
「松平宗家はいかに転ぶと思う?」
「さて、次郎三郎広忠本人は織田に従うのも厭わぬと思うが。懸念はあそこには一族を纏める力すらもうないことか。殿も大殿も松平宗家は取り込むおつもりのようだが、ほかの松平一族と国人衆はあまり興味がないようだからな」
八郎殿も娘を思ってか少ししんみりとしたのだろう。話を変えるように松平の話を口にした。
定石で言えば取り込む相手だ。ようやく今川から人質を引き離したのだからな。だが殿と大殿は、こちらから声を掛けることをあまり好まぬ。
臣従したいと頭を下げれば受け入れておるが、条件は意外に厳しい。吉良家などは対今川という側面から織田寄りの態度を示しておるが、三河で織田の領地が増える現状は面白うはなかろう。
まして足利所縁の家柄で、守護の斯波様よりも格上だと自負しておるほどだ。織田と今川の対立を煽って復権を狙うことも考えられる。本当に面倒な土地だ。
「殿は三河で木綿の畑を大きく増やすおつもりだ。あそこは以前から木綿が僅かにあったからな。それに木綿は銭にはなるが兵糧にはならん。それもあるのだろうが……」
「だが、他所にも広まるぞ?」
「構わんそうだ。木綿くらいは、さっさと日ノ本で作れるようにしたいそうだ。いつまでも明から買うのが嫌だと仰っておられた。それに西国では木綿の畑が増えておるとも聞く」
驚いたのは、殿が三河にも久遠家の技を早々に広めるおつもりであることだ。今川方にまで知られるかもしれんのに、それでもいいとは。
米や麦の収量も久遠家で新しい試みをしておる村では成果が上がっておる。殿は新しき米や麦も持ち込まれたからな。それは味もよく取れる米や麦も多い。それはさすがに三河には出さぬらしいが。
やはり殿は今川などの目先のことではなく、はるかその先を見ておられる。
「戦のない世を求めて戦をするか。難しきよな」
「左様だな」
織田家中でさえも、いずこまで気付いておるかわからぬが、織田はまさに天下に挑んでおるのだ。
誰もが飢えずに安寧を享受して生きられる。まさに一向衆の騙る極楽浄土のような世を創ろうとなされておる。
皮肉なことよな。仏の教えを武士が現のものにしようとしておるとは……。
Side:久遠一馬
「ほんと、後の世でなんと言われるやら」
朝だ。新しい朝がきた。希望の朝と唱えるラジオと体操は未だ無いが、お披露目の宴も終わり、エルたちは白無垢からの着替えをしている。
オレは一足先に着替えを終えて一息ついていた。
ただまあ、なんというか家庭を持つんだなと改めて感じる。本音を言えば、オレは家庭というものにあまり興味がなかった。
若い頃はそれなりに憧れもあったが、歳を重ねてひとりに慣れるとそれはそれで楽でよかった。
オレはギャラクシー・オブ・プラネットをするために生きていたからね。廃人と言えばそうだったのだろう。とはいえ仮想空間とリアルとの差が少なくなればなるほど、世の中でもその垣根はなくなっていたんだ。
元の世界の世の中は二十一世紀初頭と比較しても大きく変わっていた。
すでに仮想空間内での経済活動がリアルと連動していたし、家庭を持つのは大きな負担でしかないとの考えも当然のようにあった。
まあ仮想空間が危機的なまでの少子化の原因ともされて、一部の国や学者や業界には異常なまでに叩かれていたが。
それはいつの時代も変わらない。自分に都合が悪いことを否定するのは人類が続く限りなくならないだろう。
「みんな、お疲れ様」
最近はあまり思い出すこともなかった。この世界に来る前のことを思い出していたら、エルたちが着替えを終えて戻ってきた。
みんな嬉しそうな顔をしている。結婚式が嬉しかったのかな。虫型偵察機でこっそり撮影していたから、いつかいい思い出として見る日がくるのかもしれない。
「うふふ、次は子供ね~」
結婚式が終わったのでみんな賑やかだ。もともとお淑やかというよりは自由なみんなだから、いつもの調子に戻ったと言えるんだろうけど。
でもさ。メルティさんや。ここで次は子供だなんて言わないでほしい。
妙なプレッシャーが感じられる気がするのは気のせいだろうか? どこぞの宇宙世紀の世界のように、新しい人類に覚醒しそうなほど感じるんだが。
ちなみに避妊はすでに止めているので。あとは誰に子供が出来てもおかしくない。
計画的な妊娠も考えたが、自然に任せようというみんなの意向でそれはなくなった。
お清ちゃんと千代女さんのことは、今後は呼び捨てにすることを徹底しないといけない。昨日、間違って千代女殿と言ったら悲しそうな顔をされたんだ。
立場的に不満を言わないが、やはりあからさまに他人行儀なのは悲しいのだろう。おかげでエルにお説教をされたよ。
「そうだ。みんなに渡すものがあったんだ」
さて最後の仕上げだ。オレは漆塗りの高級そうな箱をみんなの前に出すと、エルを筆頭にみんなが驚いている。
「殿、それは……」
苦労したんだよ。エルにも知られないようにするのに。おかげでエルの滅多に見ないような驚いた顔を見られたよ。
年末に宇宙要塞からアンドロイドが地上に降りた隙に、宇宙要塞の留守役であるバイオロイドのヒルデに密かに連絡して用意してこっそり送ってもらったものだ。
尾張までは密かに反重力エンジンの飛行機で運び、そこからは津島の屋敷に滞在していた船乗りのバイオロイドを介して、忍び衆から望月さんと資清さんを通してオレの手元に届いたものだ。
当然、協力してもらった人たちにもサプライズであることを説明して緘口令を出している。みんな同意してくれた。笑いながらだったけどね。
「遥か西の国では、婚姻の証に指輪を贈るとの噂を聞いてね」
そう。みんなに結婚指輪を贈りたいと用意したんだよ。本当に苦労したよ。宇宙要塞の最上位の権限は当然オレにあるが、みんなに隠れて動くのがこんなに大変だとは思わなかったよ。
時代が時代なだけに、あまり凝ったデザインは出来なかった。材質は金、18金だ。信長さんたちにも欲しいと言われてもいいように考えたら、金が一番無難だったんだよね。
ひとりひとりに指輪をはめていく。みんな本当にびっくりして、喜んでくれたみたいだ。
これでようやく結婚式に関するすべてが終わったな。
◆◆◆◆◆◆◆◆
天文十九年、一月二十一日。久遠一馬の結婚式が清洲で行われた。
相手は久遠エルを筆頭にすでに妻となっていた百二十人と、新たに妻として迎えることになった滝川お清と望月千代女の二人を合わせた百二十二人である。
明確な記録として残る結婚式において、ひとりの花婿に対する花嫁の人数としては最多記録であり、これ以降も存在しない。
事の始まりは『久遠家記』によると、一馬が滝川家のお清と望月家の千代女を嫁にもらう際に猶父である信秀が、エルたちを含めた皆に日ノ本の流儀と久遠家奥方衆の故郷の流儀を合わせての婚礼をあげてやることにしたのが、この式になったとある。
当初は久遠家で内々に結婚式をあげるはずであったとされるが、信秀がそれを政治的に利用したという説が有力である。
もっとも信秀と久遠家の関係はまことの親子のようだと噂されたほど良好であったとの記録が随所に残っており、純粋な好意からの式だという説もある。
現代では前年に行われた嫡男、信長と斎藤家からの嫁、帰蝶との結婚式と比較して研究がおこなわれているが、特に披露宴二日目には西洋の流儀で行い、久遠エルたちが大いに感動したとある。
具体的には現在でもわかっていない部分も多い。当時の日本ではありえなかった西洋式のドレスでの披露宴だったようで、当時の織田家家臣が度肝を抜かれたとの逸話が幾つか存在している。
信長と帰蝶の結婚式で話題だったとされるケイキもあったようで、久遠家の力を示し織田家との一体化を図る目的があったと思われる。
なおこの時に一馬は妻たちに金の指輪を贈って結婚の証としたとされていて、ドレスや指輪は現在も久遠家に残されている。
これは長らく一般公開をしていなかったが、後年になると見たいとの声が多かったことから久遠家では展示会を日本圏各地で行なった。当時の久遠家の財力からして純金の指輪かと思われていたが、現代の18金と呼ばれる含有量で製造されていることが、公開に先駆けて行われた調査で明らかになり、当時の冶金技術を鑑みても妥当なものであった。
この展示会は度々おこなわれており、その総来場者は数億人にもなる。展示会が行われると結婚ブームとベビーブームが起こったことはあまりに有名である。
現在の日本圏でのウェディングドレスと結婚指輪は、この久遠家の展示会を見た者が真似たのが流行の始まりとなっている。














