第四十一話・村の再建
side・久遠一馬
「さすがとしか言いようがありませんね」
「どういう意味だ?」
「村一つ残し恩情を示したことで、得られるものは多いと思います。家中の殿や若様に不満を抱く者や、他家の間者は林様のもとに集まるでしょう。必然的に敵の動きを探りやすくなります。それをどうするかは林様次第ですが」
那古野の屋敷に戻り、エルたちに今日の評定と林家のことを話していると、エルは信秀さんの判断を絶賛していた。
というか、そこまで考えた処分だったの? 怖いね。
オレはもちろんだけど、信長さんでさえも気付いてなかったみたい。
「美作守の謀叛を親父は上手く利用したか」
「ここで腹を切らせても、村一つしか手に入りません。家中や他国の者の情報を得るのに必要な銭を勘案すれば、どちらが得かは明らかです」
「結果として得たものは多いね」
林家が昨日までの地位を取り戻すことはないだろう。手柄を立てる機会さえ与えられないと思う。
沖村とは林家の本来の所領のようで、一介の土豪に格下げだ。戦上手ならまだ再起の目はあったんだろうけど、オレの知る限り林秀貞さんは文官のようなタイプ。しかも旧来の頭の固い文官じゃ、今後は使えないだろうね。
「首に価値はないか?」
「そこまでは申しません。ですがいくら見せしめにしても、謀叛人は無くならぬでしょう。人の欲とはそういうものです。どんな名君だろうと現在の世の中では、謀叛人は出るものだとお考えください」
信長さんもやはり武士なんだね。今回の決着に少し不満げだったけど、エルが損得勘定で話すと納得しつつも驚いてる。
見せしめも効果はあるんだろうけど、失敗より成功を求めて動いちゃう人って珍しくないからね。
特に謀叛を起こしても罰する国も法もない状況だと、無くならないだろうね。
「叔父上。いかがした?」
「帰り掛けに城に寄ったら、ここだと聞いてな。久々に来たら随分賑わっておるではないか」
話は林家から焼かれた村に移ろうとしていたけど、そこに予期せぬ来客がウチに来ちゃった。
さっきの評定で一番よくしゃべっていたお酒好きな人だ。実は信秀さんの弟の織田信光さんだったんだよね。
「親父が賦役で銭を出してるからな」
「ほう。ならばワシの領民も使ってくれぬか?」
「そういう話は親父にしてくれ」
ちょい悪親父みたいな信光さん。史実だと親族がそっぽを向いた信長さんに味方した人だけど、歴史からはよく分からない人なんだよね。
死因が暗殺されて謎であることで、犯人説には信長さんの名前もあったはず。根拠はないみたいだけどね。
「まあ、そんな話はいい。実は頼みがあってな。南蛮船に乗せてくれ。一度乗ってみたいのだ」
「どうなんだ? かず」
「乗せるくらいでしたら構わないですよ。献上しろと言われたら困りますが。皆様で沖釣りにでも行きますか?」
何しに来たのかと思えば。船に乗りたいのか。平成の人間なら、ロケットにでも乗りたいと言うようなものかな?
「おお! 本当か!?」
「ええ。ただ海ですからね。多少の危険はありますが」
「構わん!」
乗せるくらいならいいだろう。信光さんは味方にしとかないと。あまり内政に長けたタイプじゃないだろうけど、史実だと信長さんの数少ない味方だしね。
「この辺り湿田が多いですね」
「駄目なのか?」
「はい。あんまり。秋の麦も植えられません」
信光さんがご機嫌で帰ったんで、オレと信長さんはエルや多数の護衛を連れて林通具の元領地に来ていた。
早いとこ村の再建案を固めて、村人に提示しないと不安だろうしね。それに来年の春には米作りをさせたいので、ゆっくりもしてられない。
「埋め立てて乾田にした方がいいかな?」
「そうですね。二毛作ができれば、それだけで生活が豊かになります。ある程度でも区画整理をした方が、いいでしょう。二毛作を前提にすれば、受け入れていただけると思います」
単純に村を再建するだけなら、家を建て直せばいいだけなんだけど。この村での農業のネックは、パズルのようなバラバラの形をした湿田だろう。
この時代の田んぼには大まかに分けて二つの種類がある。
一つは乾田という未来でお馴染みの、水を入れたり抜いたりできる田んぼだ。こちらは秋には田んぼを乾かして、麦を植えられるから二毛作ができる田んぼだ。
もう一つは湿田という、湿地をそのまま利用した田んぼになる。こちらは湿地だから田んぼから水を抜けないので、二毛作は当然できない。
機械化した農業の未来では、湿田なんて田舎でも見ることはまずない。
「区画整理とは何だ?」
「田畑を一定の大きさと形に揃えることです。馬や牛で田畑を耕すためには湿田を乾田にすることと、田畑の整理が理想ですね。ただ田んぼの持ち主の方たちの、理解を得なくてはなりませんが」
ただし区画整理しようって言っても、誰も素直に賛成しないからね。水が近い場所とか村から近い場所がいいとか、揉めるのが目に見えてる。
湿田の埋め立てを一緒にやって、二毛作で生活が豊かになることを前提に、区画整理と水路整備をしたいね。
検地して大きさを調べて、村の人と相談しながら同じだけの田んぼを分配するのがいいか。これは政秀さんと相談して、慎重にやらないと厄介なことになるな。
村の中も曲がりくねった道だし、家もお世辞にも住みやすいとは言えないだろう。
将来を見据えて村の整備もしたい。
台風や洪水に地震から、村を守れるようにしないとだめだ。一部は溜池なんかも必要かな。
何かあれば略奪してくればいいっていう、略奪経済を脱しないと悪循環にしかならない。
聞いた話だと焼かれた村なんかは、再建もされずに年貢が免除されればいい方だとか。
領内の統治の問題は別に考えるとして、農業生産の改善は思っていたより差し迫った課題かも。
林通具の元領民はしばらくは那古野に住んでもらい、村の再建を牧場と工業村と同じく報酬の出る賦役として、村の再建に参加してもらうのが一番か。
再建の約束とご飯を食べさせることさえすれば、ある程度は上手くいくと思うんだけど。
あとは他と同じく人海戦術で土地の改良を始めれば、少なくとも身売りや餓死者は出ないだろう。
本当焼けた村を見てると農民が宗教に狂うのが分かるね。
とりあえずご飯をお腹いっぱい食べられる村を目指そう。














