第三百二十話・次なる一手と山の村
Side:斎藤道三
「父上、これは……」
「織田から此度の和睦と婚儀の祝いだそうだ」
婚儀も無事に終わり織田の分国法やら検地やらの準備をしておると、織田から予期せぬ祝いの品が届いた。
絵だ。海が描かれておる。清洲城にあった信秀の姿絵と同じ流派のものであろう。確か南蛮の絵で久遠家の奥方が描いたものだと聞いたが。
わしが家紋に使っておる二頭波紋を意識したのであろうか? 絵自体はわしも描かせたことがあるが、これほどの絵は見たことがない。ましてや土岐の鷹よりわしには価値があるわ。
新九郎も驚き見入っておるわ。
「尾張で織田が領内に施し広めた祝いの品を、くすねた土豪が潰されたのは聞いたか?」
「はっ」
「相変わらず隙が無いの。祝いついでにろくでなしを潰すとは」
こやつを呼んだのは絵を見せるためではない。織田の策を理解しておるか問うためだが理解しておらぬらしいな。
「策だったと?」
「当然だ。身分を問わずあれだけの菓子と酒を振舞えば、くすねようとするたわけが必ず出る。だが、予めくすねるなと命じれば済む話だ。それをせぬわけは……」
「服従せぬ者、意に添わぬ者を炙り出すためだったと?」
恐らく信秀の策ではあるまい。だが面白き策だ。この程度のことも考えが及ばぬたわけ者は要らぬということだろう。
今の織田にあからさまに逆らう者は尾張にはおるまいが、こうして逆らいそうな者を炙り出せば、引っかかる者は出てくる。信秀は国人衆や土豪より領民に直に働きかけることを始めたことに、まだ気づかぬたわけ者が多いらしいな。
「領民が織田を求めれば、謀叛など起こせまい。無駄飯を食らう土豪など不要だ」
「恐ろしいですな」
「蝮と言われるわしには出来ぬことだな。だがこれでまた織田の力は強まる」
新九郎の顔色が青いな。無理もない。織田のやり方は国人衆を始め武家や土豪に厳しい。
誰の策か知らぬが、織田は今の世を変える気なのかもしれぬ。国人衆や土豪などいくら従えてもすぐに裏切るからな。
面白きことよ。策を考えた者と一度話をしてみたいものだな。
「まあ、よい。それより尾張から婿殿と薬師の方たちが来る。支度をしろ」
「薬師の方というと噂の?」
「検地のやり方を教授する者を頼んだのだが、彼の薬師の方も共にこちらに来るそうだ。流行り病が起きた時のための視察と、病人を診てくれるそうだ」
「なんと!?」
本題はここからだ。信秀に検地の人を寄越すように頼んだが、なんと向こうから婿殿と薬師の方を含む人を送ると言うてきた。
無論、こちらがいいならばと言われたが、織田と斎藤の誼の証として領内にて診察すると言われては断る理由はない。
「織田は本気で斎藤家を取り込みに来たのですな」
「当然であろう。向こうは力の差を見せつけたのだ。恩を売りつつ取り込むは常道。取り込む価値もないと、放置されるよりはいいはずだ」
織田の狙いが斎藤家の取り込みであることに新九郎も気付いたか。切っ掛けはこちらが織田の検地と同じことをしたいので人を頼んだことであろうが、これを機会に貸しを作り織田のやり方で取り込む気であろう。
従う者には寛容に。そうでない者には厳しく。権威や血筋はあまり考慮しない。恐ろしきことを始めたものよ。
「ではすぐに支度を致しまする」
「そなたに任せるが、心してかかれ。斎藤家が生き残れるかの瀬戸際と心得よ」
「ははっ」
斎藤家が織田に臣従したも同然の婚姻を結んだことに、美濃ではもちろん反発がある。だが同時に『尾張のように食えるようになるのでは?』との期待もまたあちこちでされておる。
国人衆や土岐家の旧臣は反発が多いが、領民は期待が多い。結局は誰が支配しようが食えるほうがいいのが領民なのだからな。
しかし西美濃の取り込みを先にやるかと思ったが、先にこちらに来るとは。六角は動かんとはいえ、やはり従来のやり方ではないな。
Side:久遠一馬
山はすっかり春の景色だった。草花や木々が芽吹き、ようやく寒い冬に終わりを告げたと感じる。
「間伐か」
「木が密集しすぎると、大きな木には育たないんです。なので、大きな木になるように間引くのです」
この日は信秀さんと山の村に視察に来たせいか、山内パパはいつもより緊張気味だね。
信秀さんが山の村に来るのは初めてだ。ここは弾正忠家の直轄領になるが、住んでいるのは忍び衆だし、もとは山内パパの仕える伊勢守家の支配地域だ。
まあ信秀さんも一度来てみたかったらしい。そんな信秀さんの目を引いたのは村の一角に置かれた間伐材だった。以前に軽く説明はしていたが、この時代だと間伐をするなんて考えは少なくとも武士にはないらしい。
間伐材は炭にしたり、細工加工して小物なんかにして収入源にする予定だ。
「うまくやっておるようだな」
「大きな利益になるかはこれからですが、炭はすでに順調にいってます」
ここのメインは養蚕と椎茸栽培だが、椎茸は去年のうちに伐採してきて乾燥させた木材を使って、今年から原木栽培する。一昨年、信長さんと山に行った時の木材は乾燥し過ぎて結局は薪になっちゃった。蚕は桑の木を植えたのが数か月前だから、様子を見て始める予定だ。
蚕は密かに世界各地から集めていて、すでに宇宙で品種改良をしている。宇宙要塞の技術だと遺伝子を設計するところから生み出すことも可能なんだけどね。現状では品種改良から始めている。
炭窯から立ち昇る煙を見た信秀さんは満足げだ。木酢液もすでにここで生産が出来ていて、農業試験村や昨年使いたいと言った周辺の村に売った。領主が信秀さん信長さんで代官がオレだったりするけど、そこはきちんと売り買いしたよ。これも山の村の大事な収入源だ。
「あれは……」
「あれは、学問を教えているんですよ」
そうそう代官屋敷の一角では子供たちに学問を教えていて、今勉強している最中だ。ここの村はみんなウチの関係者だからね。ちゃんと学問、武芸に教養とかも教えている。
那古野の学校にもある黒板があるから信秀さんには珍しかったみたい。
「学問か。ゆくゆくはみなに読み書きくらいは覚えさせたいものだな」
ただここでちょっと驚いたのは、信秀さんが学問を普及させることに積極的なことだろう。
将来的にはある意味当然のことなのだが、それをやれば支配者としては必ずしもいいことばかりではない。領民が余計な知恵を付けると思って、嫌う武士や坊主はいるだろう。無知な領民を統治するのが最も楽だからね。
「なにを驚いておる。武家どころか坊主ですら、分国法の意味をほとんど理解しておらぬのは問題だ。それになにかあれば奪えばいいという世を変えねば、無駄な戦はなくなるまい」
「おっしゃる通りだと思います」
なんというか、早くも戦国時代の先が見えてないか? オレたちの影響だろうなぁ。
実は先日の信長さんの婚礼で配った祝いの品を横領された問題で、信秀さんもあまり機嫌がよくない。オレは然して感じないが、文官の何人かは怖がっていたほどだ。
正直、思った以上にお馬鹿さんがいたのは確かだ。織田家が領民の生活を考えてるのに、自分の家と私腹を肥やすことしか頭にない人がこんなに多いのかってね。
みんな信秀さんの命令には従うが、命令の文言にないことは好きにしていいと思っている。命令も信秀さんの前では従っても、目の前にいないと無視するのもザラだ。特に自分の領地なんかでは。その認識の違いに機嫌が悪くなるのも無理はない。
「大殿様。焦りは禁物でございますよ。現状でも事は着実に進んでおります。このまま斎藤家を従えれば、当面の脅威はほぼなくなります。あとは時をかけていけば問題ありません」
少し空気がピリっとする。信秀さんの言葉に山内パパやお付きの皆さんが緊張してるせいだろう。そんな空気を変えたのはエルだった。
「ふふふ、少し欲張り過ぎたか?」
「いえ、ご見識の高きは仕える者には喜びかと。されどそれを皆が理解するには、今しばらく時が必要かと存じます」
ちょうど学問に励む子供たちの笑い声が聞こえると、信秀さんの表情が緩んだ。
欲張りすぎと本人は自覚があるんだなぁ。自己分析出来ているのは凄いね。
「では茶でも飲んで、今しばらく時を待つとするか」
山の村の人が入れてくれたお茶を飲み、信秀さんはエルが語った時を待つと告げる。処分するのは簡単だ。ただ恐怖政治まで行くとやりすぎなんだよね。
厳しくしつつ慈悲で上手く従える。中々難しいね。














