第二千二百三十五話・岐路に立つ六角
Side:六角義賢
蒲生家が所領を手放すか。此度は目賀田家の時とは意味合いが違う。ここで打つ手を間違えると、六角は坂道を転げ落ちるが如く落ちぶれていくのかもしれぬ。
下野守を疑うわけではないが、多くの家は所領があればこそ、六角に従うておると言うても過言ではあるまい。
ちょうど倅が尾張で下野守の面目を潰したことが頭を過ぎったは、わしの器量が狭いからであろうか?
蒲生家に限らぬが、所領の代わりの俸禄を与えることになるが、言い換えるとそれも要らぬと突っぱねて出ていかれることもあり得る。
すでに甲賀ではあることなのだ。与える俸禄を辞退して一族総出で出ていった者は少ないが幾人かは存在する。それ以外でも己の力量に自信がある者などは尾張に行った者も多い。
優れた者、目端の利く者は尾張で仕官し頭角を現した者もおるのだ。滝川、望月ほどでなくともな。織田は所領を持つ者の両属は嫌うが、身一つで仕官を願う者には寛容だ。
この先、皆、六角に残り、わしと倅に仕えて盛り立ててくれるのであろうか? 当主は残るとしても、京極のように隠居と称して尾張に行き、織田に仕える者が増えると六角家はいかになるか分からぬようになる。
つらつらと思案しておると、下野守が目通りを願って参った。
「難しいな」
「はっ、まことに……」
何故か、しばし無言が続いたが、わしが声を掛けると下野守は言葉少なに頷いた。
「内匠頭殿と奥方衆は焦ることを望んでおりませぬ。されど、これは戦と同じ。遅れれば遅れるほど功を上げるのが難しゅうなりまする」
確かにな。ただ、内匠頭殿は焦るのを望まぬと同時に変わる者も好む。六角がもっと退路を断って変わりたいと頭を下げれば、別に道を示してくれるであろう。
下野守もそれを承知ということか。
ふと、父上の遺言を思い出した。皆と話をして困り果てたら弾正殿を頼れというな。無論、弾正殿を頼ろうというのではない。宿老らとは、そろそろ腹を割って話す時ではと思うのだ。
「蒲生はいつまで六角を支えてくれるのだ? 宿老と家臣の違いも分からぬ愚かな倅では仕えたくなかろう? 蒲生ならば織田に臣従をしても生きていける」
「御屋形様……」
下野守はあまり見せぬほど驚いた顔をした。
「今の六角があるのは、斯波と織田が乱を望まぬということが大きい。まさに仏の弾正忠の慈悲で生き長らえておるのだ」
管領代の役目も、父上に並ぶと称される世評もすべて、織田から与えられたもの。少なくともわしはそう思い励んできた。
仮に六角が潰れても斯波と織田は潰れまい。なにかしら別の形で西と対峙するはずだ。
「世は変わる。六角がおらずともな。共に沈みとうあるまい?」
わしに出来ることといえば、織田の苦しみを僅かながらにでも肩代わりするくらいだ。その役目、そろそろ終わっても困らぬのではと思う時がある。
「御屋形様、いささか根を詰めすぎではございませぬか? 某も他の者も六角を捨てるなど考えておりませぬ。むしろ六角のため、有象無象の者らを捨てても進まねばならぬと思う所存」
下野守……。
「かもしれぬ。すまぬな」
「明日は曙殿に同席を願いましょう。皆でもう少し話さねばなりませぬ。ここで踏ん張らねばならぬのは皆同じでございますれば……」
ふと、内匠頭殿の顔を思い出した。いつ思い出しても笑みを浮かべた穏やかな顔が浮かぶ。
人を信じさせる。あの御仁はその一点だけでも日ノ本に欠かせぬ男なのだ。大袈裟に言えば、なにをしなくてもよい。ただ、おるだけで。
日ノ本でもその領域におるのは、帝と内匠頭殿だけ。まさに格が違う。
「そうだな。任せる」
情けないが、六角には、今しばらく久遠の助けがいる。大きな借りとなることになってもな。
Side:イザベラ
若武衛様たちが来訪された時の情報漏洩に関する報告書が上がってきた。
想定していたことだけど、悪気や悪意があって漏らした者は見つからなかった。ある者は留守にするからと旧知の寺の者に声を掛けた際に内密だと言いつつ漏らし、またある者は家臣や下男が家族に漏らしたことから広まった。
まさに情報漏洩の典型的な形ばかりだったようね。
「今後の献策はあるの?」
「はっ、こちらに……」
ウルザたちが統治していたこともあって、信濃はそこまで苦労はない。報告書が上がる時には対策や献策が一緒に出てくる。
今回に関しては、役目で知ったことは家族や近習などにも漏らさないことを厳命することで様子をみるということが無難か。
まあ、そうね。新しい政策も多い。下に行けばいくほど新しい体制に適応出来ていない。ひとまず各家の当主に自覚を持たせるのが先よね。
「この件と少し関わりなきことも含めて、寺社が少し揺れております」
これに関連する形で出された信濃寺社奉行からの報告は、この件プラス仁科騒動が原因だった。
神宮と熊野という日ノ本でも屈指の本山が介入して事態が悪化したこと、さらに神宮と熊野が織田との関係悪化を仁科三社のせいにして恨み言を言っている話が信濃まで伝わったことで信濃中の寺社が疑問を持ち始めた。
織田家としては、寺社はあくまでも部外者という扱いになる。熱田や津島のように、寺社そのものが本山などより織田を優先して従うところを除くと。
そもそも守護使不入はすでになくとも、寺社を聖域としていることは特に変えていない。身内として扱うわけじゃないのよね。
ただ、奥羽での強訴もどきや仁科騒動で、各宗派の本山は軒並み末端を切り捨てた。仁科騒動は厳密には斬り捨ててはいないものの、今では諸悪の根源のように本山から恨まれていることで信濃の寺社は疑問を感じ始めている。
自分たちが信じていた畿内や本山をこのまま信じていいのかと。
尾張と近隣の領国にある寺社では、すでに本山と織田の双方を立てることをしている。具体的に織田側の内情を本山に漏らさないのよね。それとこれとは別だと上納金は続けているけど。
尾張なんかだと寺社が経済的に独立して宗派間の融和が進んだ影響で、本山の対立や意向を無視して織田の治世で生きているところも珍しくない。
その余波がここ信濃にも届き始めた。
「話は聞いてあげなさい。諏訪殿、寺社奉行を助けてあげて」
「はっ」
「織田は寺社に口を出すことはしない。ただし、共に生きるべく悩むなら手は差し伸べる。ただし仁科三社は扱いが難しいので気を付けること」
経済流通を統制してしまっているしね。もともと畿内との関わりが薄い諏訪や善光寺などが古くからある信濃において、畿内との繋がりよりも織田を重視するようになりつつあるか。
ほんと、よくこの難しい土地をひとつにまとめたわね。














