第二千二百三十話・余韻の残る頃
Side:とある商人
今年も花火を見ることが出来た。そのことに感謝する。故郷に帰る前に、諸国から集まっている馴染みの者たちと宴席を設けて話す。
昔は堺や京の都などで会うていたのだがなぁ。
「このあといかがするのだ? 京の都に上るのか?」
「迷うところだ。昔からの縁があるからな」
「儲けはないか」
「ああ……」
わしのように帰路で通りかかる者でも、京の都に上るのは躊躇する。都の者らも尾張の品を欲しがるが、京の都は近寄るだけで幾多の関所があり税を取られるのだ。にもかかわらず、京の都の者らは品物の買い値を渋りがちだ。
昔から立場は向こうのほうが上であることから、こちらとしてはもっと高値で買うてくれとは言えぬ。無論、都の商人も苦しいのだ。買い手となる方々が、あの手この手で値切っておると聞き及ぶ。
「関所ではあれこれと難癖をつけて珍しき品を取られることもある。申し訳ないが、このままでは、わしのような身分では京の都は近寄れぬようになる」
今はまだ縁があるから顔を出しておるが、はっきり言うならば京の都を迂回したほうが商いとしてはいい。
尾張の品はいずこに売っても喜ばれるのだ。なにも京の都でなくてもな。頭を下げて買うてくださいと買い叩かれては、わしの商いが成り立たぬ。
「織田様の地は左様なことだけはないからなぁ」
そうなのだ。織田様の地ではいずこに行っても税を多く取られることや、荷を不当に取り上げられることはない。万が一そんなことがあっても代官所に訴え出て真実だと露見すると、取り上げた武士が厳罰となる。
さらに織田様の地では人を騙すような商いをする者も少ない。故に、我らは憂いなく商いが出来るのだ。余計な寄り道などせず、故郷に戻るのが一番になりつつある。
「都の方々は尾張が面白うないのだとか。ここでは民も金色酒を飲んでおるからな。それが許せぬ方も多いと聞いた。致し方あるまい」
「畏れ多いことだ。わしなど二度と行くことはあるまいな。左様な身分ではない」
畿内と東国は昔から仲が悪い。それでも商いでは畿内が有利だった故に、皆、頭を下げておったのだ。ところが近頃、商いは尾張で済む。
こやつのように東国の者は、畏れ多いと言うて近寄らぬようになったな。
「わしもわずかな荷を持って挨拶に行くだけだ。供の者は都に連れていかず待たせる。そのほうが利になるのだ」
「難儀なことよな」
ああ、左様だ。ここしばらくは戦もなく京の都も穏やかになりつつあるが、商人には厳しき町だ。あそこは身分のない者が行くところではない。
「では、達者でな」
「ああ、生きておれば、また花火の時に会おう」
いずこで生きようとも楽ではない。織田様の地を除けばな。互いにそう戒めて、それぞれの故郷に戻る。
願わくは、来年もこの国に来られることを祈って。
Side:久遠一馬
花火も無事に終わり一段落だ。
義輝さんの行動、花火打ち上げ前のあいさつ回りが話題となっているけど、菊丸と同一人物だと言う話は今のところないらしい。
「バレてないのかな? 黙っているだけかな?」
エルは少し苦笑いを浮かべている。さすがに驚いたそうだ。まさに大胆な行動だったね。
「騒ぎになるほどではありませんよ。子供たちは気付く可能性がありますが、それでも少し顔を見ただけだとよく似ていると騒ぐ程度でしょう。菊丸殿は何年も尾張にいますから、よく知る人ほど、まさか同一人物だとは思いませんよ」
「影武者もいるしねぇ」
エルもジュリアも問題ないと判断したか。実際、それだけ菊丸さんは尾張に馴染んでいるんだよね。菊丸さんと与一郎さんは尾張にて塚原さんの子弟と共に暮らして、修行の旅を続けているとみんな思っているからなぁ。
あとジュリアも言っているが、義輝さんには背格好と顔の形が似ている影武者がいるんだよね。一応、御簾越しだと口を開かないとほぼバレないレベルだ。
ただ、将軍としての役目に使うことは避けているので、病と称して留守の際に義輝さんの代わりに療養しているくらいだが。
実は尾張に来た時も、途中までは影武者が代役を務めていたことが一度ある。伊勢で合流してすり替わったんだ。
そういう意味では菊丸さんと将軍が同じ場にいることはないが、将軍が伊勢を移動している時に菊丸さんが尾張にいたことはある。
周りが苦心しつつ、義輝さんの正体を隠しているんだ。
「商いは相変わらず盛況だね。ただ……」
花火が終わると商いが活発になる。よく言えばだけど。悪く言えば、商いの問題は年々深刻になりつつある。
権威、身分があるところが、あれこれ欲しいと騒ぐのは今更だけど、日ノ本全土から様々な商人が集まる。正直、彼らを満足させるだけの品物を用意するのは現時点では難しい。
他国の商人には、領民に売る品があるならこっちに寄越せという人だって未だに多い。商人相手だと確認のしようがないだろうと、どこぞのお偉いさんの書状らしきものをちらつかせ、売らないとためにならないぞと脅すことだってまだまだある。
そんな現状で中小の商人の中には、他国の商人との商いを止めたところがこの一年でまた増えた。取引しても悪銭鐚銭が多く、運んでくる品物の品質もいまいちなうえ、塩や穀物なんかは中身を確認しないと砂やら石やら混ぜていることも普通にあるそうだ。
悪銭鐚銭は織田銀行に預ける形で額面通り受け取っているが、それだって織田家の損になることを商人たちは申し訳がないと言うくらいだ。
尾張領内で粗悪な品を売るには、買い取った商人がそれを分別しているのが現状になる。その分、買い叩いているらしいが、不評だし手間がかかって他国の商人相手に商いをするのを嫌がる人は今も増え続けている。
そんな積み重ねもあって、他国から運んでくる品物の需要は落ちる一方だから、交易の不均衡も広がっている。
茶の湯に使う抹茶なんかも、今ではウチが運ぶ品と美濃産と三河産が主流だ。茶の湯自体は流行っているし、一部では尾張流侘び寂びと言える新しい形も生まれているが、茶器も茶葉も領内産が好まれる。
「仕方ないと思うわ。これ以上、こちらが折れてやれと命じるわけにいかないもの」
確かに。メルティの言う通りだ。表向きな形として、畿内は今でも上位の存在だ。頭を下げて粗悪品を買うということに領内の不満は根強い。
茶葉に関しても、美濃代官の道三さんや今は遠江代官をしている前三河代官の信広さんたちが熱心に栽培を奨励して、ウチに栽培法を教えてほしいと頼んで品質を上げて生産量を増やしたんだ。
それも自分の利権にしないで、ちゃんと領内優先でみんなが楽しめる形で売ってくれている。
信濃なんかも、漬物や蕎麦とか唐辛子とか。尾張に運んで売ることがあるけど、同じ織田領だからと売り切れるほど好評なんだ。
領内は上手くいくんだけどね。結局、領地の外は外国だから。
自分たちが損をしたり我慢したりして他国に売ることを望まぬ人は増え続けている。民度が上がっている反面で、他国に対する価値観や認識は変わりつつあって難しい。














