第二千二百二十九話・将軍として
Side:久遠一馬
夕刻の勝幡城は賑やかだ。
特に子供たちの声が聞こえる。
「ちーち、はなびまだ?」
「まだだよ~、もうちょっとしてからだな」
オレの周りには妻たちと子供たちがいる。子供たちは花火が待ちきれないみたいだ。
すべては義輝さんが望んだことだ。二度ある花火見物、二度目は妻子など連れてきて皆で花火を見ようとね。
今回も席次とか一切決めていない。屋台やバーベキューなど用意しているものの、お祭りそのものとして勝手気ままに楽しめる場がほしいと奉行衆などがいる場面で言ったんだ。
花火は久遠の技。尾張の流儀で皆と一緒に楽しみたいと言われると、誰も異論を唱えることはなかった。尾張のイベントだと家族同伴で楽しむことが割とあるからなぁ。
正直、今回の尾張滞在の目的である交流促進には効果絶大だろう。御簾の中からお声掛けがあっても、形式以上の効果は見込めないし。
上様も尾張の流儀で楽しまれている。今回の滞在中にそれを強く示したいらしい。
無論、本来の形式の宴もやったよ。ただ、最初と最後の二度でいいんじゃないかと義輝さんは考えているみたい。
朝廷と帝あっての将軍、尾張のはずが、今では朝廷と帝は遠い世界のお方だから自分たちとはあまり関係ないという認識が尾張だと強まっているからね。義輝さんが尾張流で楽しむ影響は大きいんだ。
これは織田家中というより織田領の領民を意識している。将軍様は自分たちと同じことをして楽しまれた。そうすることで人々は親近感を覚えるだろう。
現に尾張に一年も滞在された上皇陛下に関しても好意的な人が今でも多い。
「みんな、カレー汁持ってきたよ~」
「清洲城のカレー汁も美味しいわよ!」
パメラとセルフィーユたち数人の妻が料理を持ってきてくれた。カレー汁、いわゆるカレー鍋なんだよね。具沢山の汁をカレー味にしたものだ。
カレーと一緒に教えたもので、具材や味付けを自分たちで試行錯誤して完成させたものになる。
「おいちい!」
「わたしもたべる!」
子供たちも信秀さんや土田御前に呼ばれて清洲城に来ることがあるので食べたことがある子もいる。ただ、まだ幼い子たちの中には初めて食べる子もいるんだ。
そんな幼い子たちも美味しそうに食べているな。どれ、オレも食べてみようか。
「……なるほど。魚介のいい出汁が出てるなぁ」
いつもより辛さが控えめで優しい味だ。たくさんの人が集まるので料理番の人がみんなで食べられるようにと合わせてくれたらしい。
そういえば義輝さんどうしているんだろ? 一番いい場所に席は用意してあるんだけど。さっき挨拶に行ったあとはオレのいる場所からは見えないんだよね。
実のところ、勝幡城はかつてと違い、今は花火見物と貴人の宿泊所になっているんだよね。上皇陛下が来られた時に改築したんだ。
それもあってあちこちで花火見物が出来るようにしていて、オレの場合、子供たちが多いから義輝さんがいる中心の場所から外れたところにいる。
「おお、内匠頭。そなたの子か」
掛けられた声に思わず吹き出しそうになった。将軍足利義輝がオレの前にいる。なんと、自らあちこちに声を掛けて歩いているらしい。
「……きく?」
うん、子供たちは義輝さんの顔を見てよく知る人物を思い浮かべたらしい。近くにいる妻たちが慌てて口を塞いだ。
まさか素性を知るウチの子の前にくると思わなかった。控えている義輝さんの近習が、オレを見て済まなそうな顔をしている。多分、止めたんだろうなぁ。
「上様でございますよ」
エルはさすがに一見すると平然としているが、膝に抱えていたオレとナディとの子であるカメリアを撫でている様子からみると少し動揺しているらしい。
カメリアは面識があまりないから義輝さんの正体に気付いていないが、エルの変化には気付いたようでどうしたのと見上げているんだ。
「誰かに似ておるか? よいよい、共に花火を楽しもうぞ」
まるで驚くオレたちを楽しむように意味深な笑みを浮かべた義輝さんは、オレたちに声を掛けると、すぐに近くにいる別の家族のところに行ってしまった。
なんか、もうウチの子たちにはバレてもいいやと思ってないか?
こりゃ一本取られたなぁ。
Side:足利義輝
「上様……」
「ふふふ、済まぬ。皆に声を掛けてやりたくてな」
オレが菊丸であると露見するのではと案じる近習らには悪いが、これはこれで楽しいな。
正直、義輝と菊丸は瓜二つだと知れるくらいならば構わぬと思うておる。同一人物だと気付く者は気付くであろうが、それでもな。
無論、古き形に否と言う気はない。されど、今必要なのは尾張と共に生きる将軍だ。オレは都落ちした愚かな将軍故、軽んじられても構わぬ。
ただ、愚かであっても共に生きようとしておると知ってほしい。そのためには自ら動かねばならぬ。
危ういのは承知のことだ。されど、己が命を懸ける覚悟もない将軍に誰が従うか。声を掛けるだけでいいならば、オレは躊躇せぬ。
御簾の奥で座るだけならば帝や院でいいのだ。
おっと次は京極か。こやつはオレが隠居させてしまったのだったな。
「おお、長門守。ここで見ておったか」
「上様!?」
「よいよい、祭りだ。皆も、そのままでよい。楽に致せ。共に花火を楽しもうと皆に声を掛けておるのだ」
長門守と、養子となり京極を継いだ四郎二郎と一族の子らもおるようだな。驚き信じられぬという顔をしておるわ。
「そなたが尾張におること余も心強い、引き続き武衛や弾正を助けてやってくれ」
「……畏まりましてございまする」
将軍である以上、公の場で詫びることは出来ぬ。されど、今の姿を認めてやることならば構わぬ。
愚か者と断じて見限ったオレの間違いを教えてくれた男だ。このまま新たな世が訪れるその時まで励んでもらいたい。
さすれば京極も安泰であろう。良きこともそうでないこともあったがな。足利を支えた四家だ。残してやりたい。
「皆も花火を楽しめ」
京極の子たちにも目を見て声を掛けてやる。
多くは望まぬ。されど、目を見て話すことですべてが始まる。これはオレが尾張で学んだことだ。一馬など、自ら子と同じ高さまで歩み寄り声を掛けておるからな。
残念ながら、将軍はそこまでやれぬ。
「上様、そろそろ花火が……」
「そうか、ならば我らも母上のところに戻るか」
よき夜空だ。
花火に相応しいな。














