第二千二百二十六話・津島天王祭の朝・その二
Side:久遠一馬
朝食後、子供たちと一緒に屋台まで荷物を運ぶ。熱田の時もそうだったが、今年は大武丸と希美と輝が自発的に手伝いたいと言ったので参加している。
まあ、年少の子たちは働く時間を決めているので、大人ほどしっかり働くわけじゃないけどね。
他の子はまだ早いという判断から、屋敷でお留守番だ。
「遅いぞ、かず!」
「かずま、おはよ!」
「おはようございます」
夜明けとともに準備に出た大人たちに続き、子供たちと一緒に荷物を運んで屋台の場所までくると、信長さんと吉法師君と帰蝶さんがすでに働いていた。
ただ、これは予定にない行動だ。聞いていない。
信長さん、さすがに屋台を一日中手伝えるほどのスケジュールはない。そのため急遽、早朝から手伝いに来てくれたらしい。
すでに得意のたこ焼きが焼けるいい匂いがしていて、領民の皆さんが列をなして買い求めている。
信長さんが作るたこ焼きは美味しいと評判なうえ、一種の縁起物として欲しがる人が多い。
「申し訳ございません」
ニヤリとしてやったり顔の信長さんは久々だなぁ。城から出て騒ぐなんて今は出来ないしね。信長さんの場合は。
「若様もありがとうございます」
「うん、たいぎである!」
褒めて褒めてと言いたげな吉法師君にもお礼を言うと、嬉しそうに答えてくれた。ちなみにウチで遊ぶ時は大儀であるなんて言わない。そろそろ公式の場と非公式の場の使い分けを教わり始めたんだろう。
「とりあえず荷物を整理しようか」
「うん!」
オレは吉法師君とか連れて来た子供たちに手伝ってもらいつつ、大八車で運んできた荷物を天幕を張ってある荷物置き場に降ろした。
一緒にいるエルとリリーと希美は信長さんの手伝いにいったが、オレたちは屋台の支度が先だ。
実はここ数年、食べ物以外の物販も割とスペースを確保して売っているんだよね。きっかけは留吉君だ。コツコツ描き溜めた絵を売ったら、あっという間に売り切れて評判となったんだ。
それ以降は毎年絵を売っており、近年では版画絵を大量に売っている。
あと山の村とか牧場村で作った木彫りの人形や動物、線香花火とか一部の手持ち花火なども売っているね。
物販は基本的に見本を並べつつ値札を掲示しておく。ちなみにこの値札、これもこの時代だと誰もやっておらずウチが発祥みたいな扱いになっている。
尾張の場合、身分や立場で値段を変えることはほとんどなくなっており、領内と領外で値段を変える。それもあって商家などでは値札を書いてあるところはない。
ただ、お祭り期間の屋台では出身地に問わず値段を同じにしているので値札の掲示が出来るんだ。
ちなみに版画絵はひとり一種一枚、合わせて五枚限定で売っている。放っておくと買い占めようとする他国の商人がいるからね。
「じゃ、留吉。こっちはお願いしていいかな?」
「はい、お任せください」
物販販売は会計が別なので、留吉君とウチで世話している絵師の皆さんにお任せだ。雪村さんの知り合いとか、そのまた知り合いとか、ウチには絵師が入れ替わり立ち替わりやってくるんだ。
別に贅沢をさせているわけじゃないけど、孤児院は何気に生活水準が高いからなぁ。ウチの仕事を手伝ったりすることはあるが、好きな絵を描けると評判らしい。
ああ、物販の販売を待っていた人がすでに列をなしている。メルティと留吉君たちの絵を安価で入手出来るからなぁ。お祭りの屋台だと。
さて、オレも少し働こう。もう少ししたら見回りに行く予定だからね。それまでになるけど。
Side:帰蝶
殿も吉法師も、なんと楽しそうなのでしょうか。
「吉法師、少し炭を持ってきてくれ」
「うん!」
身分や立場の前に人として生きる。これは久遠家の教えです。それがいいのか私には未だに分かりませんが、月日を追うごとに変わる織田家の立場や力を思うと、殿と織田家には必要なことだったのだと思います。
久遠家の教えを受けた子たちが変わるように、その親もまた変わりつつあります。かつては嫡男と次男以降では家督争いなどがあり、同じ兄弟でも他人より縁遠い者も珍しくなかったというのに。
今ではそんな話はまず聞きません。
親子、兄弟で刃を向けるなど絶対にさせない。守護様と内匠頭殿の強い意志に逆らえる者などおりませんから。
一方で内匠頭殿は、刃物を抜かずにする喧嘩なら思う存分やっていいと言うておりますが、共に過ごすことこそ親と子は心繋がれますから。
「お方様、お手伝い致します」
そうしている間にも多くの者が久遠家の料理を買おうと並びますが、エル殿が手伝いにきてくれたことで次々と料理を作り売っていきます。
エル殿も楽しそうですね。今や天下に名が知れたというのに。当人はあまり嬉しいと思っていないことを私は知っています。こうして日々の営みで民に喜ばれるほうがよほど嬉しそうです。
「姫様も大きゅうなりましたなぁ。大智様によう似ておられる」
「はい! ちちうえとははうえの子ですから!」
近くでは希美殿が年配の者に声を掛けられていました。吉法師もそうですが、内匠頭殿の子たちがいると聞き及ぶと一目見たいと人が集まりますから。
かつての日々を思い出すのか。中には涙ぐむ者もおります。身分問わず、憂いなく生きられるようになりつつある尾張を皆が感謝しているからでしょう。
「落とさないようにするのですよ」
「はい!」
私もまた、銭を握りしめて買いに来た元服前の子に料理を手渡します。
頂いた銭は良銭です。
ふと、民にとって銭はとても大切なもの。それを頂いて商いをしていることを忘れてはならない。昔、内匠頭殿から教わった商いの心得を思い出します。
受け取る銭も昔と比べてよくなりましたね。初めて私が来た頃はまだまだ鐚銭や悪銭が、今では良銭がほとんどで、遠方から来た旅人が鐚銭や悪銭を使うくらいでしょうか。
朝廷も寺社も武士も、権威と力で人を従える中、内匠頭殿は商いで人々と通じ合い、共に生きることで民を味方とする。
誰に従うか。最後に決めるのは己自身でしょう。たとえ民とてそれは同じ。
もしかすると、それはとても危ういことなのかもしれません。ただ、乱世が続き、飢えて争い、弱き者から亡くなる世が少しでも変わるのならば……。
「たこやきください!」
「ええ、ちょっと待ってね」
待ちきれぬと言わんばかりの笑みを浮かべた者たちを見ていると、私も嬉しくなります。
懸念はこれからもあるでしょう。ただ、その都度、皆で考えてよくするというのが久遠の政。
きっと、明日は今日よりよき日となることでしょう。














