第二千二百二十三話・尼僧様の町歩き
Side:慶寿院
京の都を離れて幾年月、生まれ育った京の都を忘れた日はありません。いつの日か、幼き日に伝え聞いた花の都に戻る日を願い続けておりました。
もしかすると、目の前のような町だったのではないか? 清洲の町を見ているとそう思わせるほど、今日も賑わっていますね。
大樹と共に一介の尼僧として、かような町を歩くことが出来ようとは。
花火見物に訪れた者たちでしょう。諸国から集まる者が多く、ここでは余所者も珍しくない。故に私は憂いなく一介の尼僧となれる。
よく見ると、珍しき物売りもちらほらとあります。幼子が集まり遊ぶ様子も……。
「いつ来ても、よい町ですね」
知れば、誰もがこの町を欲するでしょう。京の都を巡り争うたように。朝廷も武家も寺社も……。
されど、尾張の者たちは決してこの町を渡さぬでしょう。たとえ、主上であっても。人は、これほど変われるのですね。
奪い、争い、騙し騙され……、公卿や坊主ですらその有様だというのに。
「ここでございますぞ」
大樹、いえ、菊丸に案内されて、私は日輪堂という菓子屋に来ました。
「なんという賑わい」
驚いたのは身分があるわけでもない、町の子たちが多いことでしょうか。
文銭を握りしめてやってきた子たちは、菓子を選びつつ自ら買うているではありませんか。菓子には値札があります。されど……、この子たちは値札が読めるのでしょうか? それにこの値は……。
「ここは内匠頭殿の店でございますから」
そうでしたね。あの者の店、それがよう分かる。集まる者が皆、笑みを浮かべているのですから。
売れば売るほど損をするような店、ただ、この店には掟があるようです。
「十五以上は売値が違うのですね」
但し書きがありました。よくよく見ると、大人には確とした値で売っているようです。それでも、こちらも京の都と比べるまでもなく安い。
「見たことのない菓子がありますね」
尾張で頂いたことのあるカステラから、以前献上された羊羹、金平糖や金色飴などもありますが、見たことのない菓子もいくつかあります。
「菊丸様!!」
「これは菊丸様、旅から戻られたのでございますね!」
見ているだけでも楽しい菓子が並ぶ中、気付くと菊丸が子たちに囲まれていました。
「花火が見たくてなぁ。戻ってしまったわ」
「お帰りなさいませ!」
一介の武芸者として帰りを待つ者たちがいる。それがなにより嬉しいのでしょう。将軍としては決して見せぬような顔をしております。
主上のためでも足利家のためでもない。世のため人のため……。今の大樹を動かしている理由が分かる気がします。
「これこれ、菊丸様の邪魔をしてはいかんぞ。なにかお求めでございましょうか?」
「主も息災なようだな。今日は尼僧様の案内だ。以前に案内するつもりだったが来られなくてな」
店主は尾張者ではないようです。少し尾張者ではない訛りがあります。久遠家に多いという甲賀衆でしょうか?
「尼僧様は菓子を召しあがられまするか?」
「ええ、幾度か頂いたことがあります。これはいかような菓子でしょう?」
気になったのは、何かの実でしょうか? それが山盛りにされています。
「それは綿あられ、久遠様が持ち込まれたとうもろこしなるものの実を火で炒る、とかように膨らむのでございます。お見せしたほうが早うございますな。しばしお待ちを」
綿あられ? 見た目と名が違うなど珍しくありませんが、少し分からないと考えていると、主が少し皿に取り分けて料理し始めました。
平らな鍋にそれを入れて蓋をすることしばし。鍋を振っているのを、子たちが嬉しそうに見ています。
鍋の中から、なにか音がします。叩くような音でしょうか。幾度も幾度も。なんとも奇妙な音です。
「そろそろよいかの」
「えっ……」
黄のような色をした実がなくなりました。白い、綿のようなものが鍋の中に突然現れた?
主はそれに塩をまぶすと皿に盛りつけ出してくれました。
「尼僧様! 召し上がって!」
「おいしいよ!」
子たちに勧められるまま一つ頂くと、なんとも軽く柔らかいものに程よく塩が利いています。これは良いですね。とうもろこしなるものの味もいい。
「これは美味ですね」
かような菓子があるとは……。清洲城では頂いたことがありません。民の菓子ということなのでしょうか?
「よろしければ、いくつか珍しい菓子をお包み致しましょうか?」
「ええ、お願いいたします」
民や子たちのための店。名のある商人でもある内匠頭殿とはいえ、かような店を持つとは。
店の奥では菓子を買った子たちが食べたり遊んだりしています。清洲城で見た絵本なる書物もある様子。また尾張の土産として評判な尾張双六も見えます。
「お代を……」
「結構でございます。菊丸様のお連れになられたお方から、初見でお代を頂けば主にお叱りを受けてしまいまする。次に尾張に来られた時に御贔屓にしていただければ幸いでございまする」
供をしている侍女が菓子のお代を払おうとして拒まれました。
この者はやはり……相応の出の者。少なくとも礼儀作法を知っています。私の素性までは露見したと思いませんが、ただの尼僧ではないと気付かれた。
「済まぬな、主」
「いえいえ、塚原様と菊丸様には主共々、恩義がございます。たいしたもてなしなど出来ませぬが……」
塚原卜伝。あの御仁は、どこまでも足利と大樹を助けているのですね。私までもが塚原殿の徳による助けを受けている。
「美味なる菓子を頂き感謝します。主殿によしなにお伝えください」
子たちに見送られて店を出ます。なんと心地よいことでしょう。
城や寺社の奥にいては見えぬものがある。改めてそれを痛感しました。かつては、見ずともよいものだ。そう皆が言うたものでしょう。ですが……。
朝廷が揺らぐはずですね。
「菊丸殿、絵師のおみねに会いたいのですが……」
「おみねでございますか。なら那古野にいけばおそらくは……」
実はおみねとは幾度か文のやり取りがあります。今では絵師として働いているはず。あの者の描いた新しき絵が見たい。
「すぐに確かめて参ります」
与一郎殿が清洲城に走ると、私はゆるりと町を見つつ戻るのを待つことにします。
もし、あのお方が生きておられたら……。この町を見ていかな顔をされたのでしょう?
喜ばれたのか悲しまれたのか。
困った顔をされたかもしれませんね。ただ、争うことはなかった。それだけは確かだと思えます。
ここは、将軍でさえ安らげる国なのですから。














