第二千二百二十二話・次世代の今
Side:久遠一馬
川舟に山のように土を乗せた運搬舟が見える。転覆するギリギリの積載量を船頭さんが上手く乗りこなしている姿は見事だ。
舟は賦役現場に到着すると土を降ろして、再び上流に戻っていく。そんな光景が続いていた。
「みんな、よく励んでいるね」
「ええ、頼もしい限りです」
今日はエルたちと守山近郊の賦役現場に来ている。川筋の整理により、輪中となっているところを埋め立てて陸続きにしている現場だ。
木曾三川では、上流から下流までのあちこちで賦役が行なわれている。エルの献策から、もう十年も続けていることだね。
現場監督の武士は少し緊張気味だ。ただ、なにか問題があっての訪問じゃないことは事前に伝えてあるので、まだ落ち着いているほうだと思うが。
昔はなぁ。いろいろ注意することもあったが、最近はほとんどない。ちゃんと休憩と食事を与えているし、水分と塩分補給も問題ない。
のんびりと賦役の現場を見ていると予期せぬ人物と遭遇した。
「内匠頭殿、守山に来られていたのですか」
「ああ、市之助殿」
信光さんの嫡男である信成君だ。守山にある酒造り村からの帰りらしい。
あそこは信光さんが個人で経営している村なんだよね。前にも言ったが、利益の一部はウチの報酬となっているところだ。管理は信成君がしている。
「酒造りの村はいかがですか?」
「夏場故、苦労もございますが、悪うございませぬ」
自身の役目と並行して、自由人な信光さんの代わりに事業のほうもやっているので、織田家でも忙しい人だろう。
「この辺りも変わったでしょう?」
「そうでございますなぁ」
賦役現場を見て、信成君は少し遠い目をしていた。
田んぼが広がるだけの農村でさえ、今ではちょっとした街道沿いに茶店とか出来たりして賑わっている。
熱田祭りから津島天王祭までの期間は、尾張以外の領国や他国から来ている観光客も多く、何度か祭り見物に来ている人たちは近隣の寺社を巡る人も増えているんだ。
今の尾張は寺社の露天市にて商いをしているような頃と違うが、それでも各地から来た人たちの宿泊施設となり、参拝者がやってくる。
参拝者が多い寺社では、物売りや屋台のような飲食を提供する人が常時いるところもある。
「某は清洲に参らねばなりません。この辺で」
「ええ、ではまた」
どうもオレが来ていると聞いて、挨拶をするべく急遽顔を見せてくれたらしい。忙しそうに去っていった。
信成君、武官じゃなく文官なんだよね。信光さんほどになると後継ぎとして息子を武官にしてもいいんだけど。信光さんは信成君を武官にする気がない。
以前、信光さんとお酒を飲んでいる時に言っていたが、信成君は戦にはあまり向かないそうだ。力量はそれなりにあると聞いている。ただ、いい意味でも悪い意味でも行儀が良すぎるそうだ。
ちなみに信成君、将来の奉行候補のひとりでもある。オレと同じく調整型の人なんだよね。それもあるのかもしれない。
さて、オレたちも戻ろうかな。まだ仕事があるんだ。
Side:松平長親(竹千代)
「次郎三郎殿、これを」
「はっ、承りました」
次から次へと届く報告の書状が溜まる。若殿の近習である我らが目を通して、急ぎのものはすぐに若殿に届け、それ以外は若殿が代官である尾張下四郡のもの、織田領全域のもの、近江や伊勢のもの、関東のものなど、内容により仕訳けて若殿に明日御披見いただく。
若殿の近習をしておると、日ノ本の動きが分かると言うても過言でないほど、多くの書状が届く。
今また、新しい書状が届くが……。
「勝三郎殿、これはいかが致しましょう?」
内容は近江と伊勢を繋ぐ八風街道と千種街道のものだ。蒲生殿との話し合いがまとまり大殿の裁定を仰ぐもの。急ぎではないが、六角家とは話し合うことが多い。すぐにご裁定を仰ぐか迷った。
「どれ、……ああ、すぐに若殿に届けたほうがよいな」
近習の筆頭である勝三郎殿の命で私はすぐに若殿のところへと参る。
「次郎三郎か。いかがした?」
「はっ、八風と千種の街道についてまとまったようでございます」
「どれ……」
若殿は見ておられた書状を横に置いて、私の持参した報告書に目を通された。
「よかろう。直ちに関わる奉行に知らせろ。あと次の評定に出す故、まとめておいてくれ」
「畏まりましてございます」
役目の最中は、あれこれと話をしておる暇すらない。若殿に命じられたまま武官の間に向かう。
武官の間では武官衆が忙しそうに勤めておる。津島の花火が近いこの頃はいずこも忙しいからであろうな。
武官衆の中の文官、なんとも奇妙な役目にある若い衆に書状を渡そうとした時、孫三郎様と今巴殿が姿を見せられ、その場におる皆と共に頭を下げた。
「おや、次郎三郎殿じゃないの。なんかあったのかい?」
「はっ、八風と千種の街道の件がまとまってございます」
今巴殿とはよく会う。尾張に来て以来、久遠家の方々には世話になり、元服する前後からは武芸をよう指南頂いておる。
「やっと決まったのか」
「らしいね」
孫三郎様と今巴殿は遅いと言いたげだ。織田としては、熱田の祭り前に山狩りをするべく支度をしてあったほどだからな。
「よし、こっちは任せろ。いつでも動ける」
「はっ、畏まりましてございます」
次は警備の間に行かねば。
「おお、次郎三郎殿か。いかがした?」
「はっ、八風と千種の街道の件がまとまってございます」
こちらは佐々殿が直々に目通りを許してくだされた。現状をお伝えして幾つか意見を伺う。
「あそこは難儀するぞ。西からの流れ者も賊となり住み着いておる。まったく保内商人どもめ。譲り渡すなら賊を始末してからにすればよいものを」
警備兵もまた忙しい頃だ。佐々殿の不満も当然であろうな。
「かかる費えを求めるべきでございましょうか?」
「いや、そこまでせずともよい。また話すのに時がかかるだけだ」
臣従や此度のように一部の者が持つ権の譲り渡しは揉めることが多い。厄介事をそのまま捨て置いて臣従や譲り渡しをしてしまうからな。
此度のことに限って言えば、六角家の手前、異を唱える者はおらぬが、もともと余所者である近江商人には家中に不満も多いようだ。
「では、某は次に参ります」
次は商務の間だな。なんとも忙しいことだが、根回しをして評定までに話をまとめておかねばならぬ。














