第二千二百十七話・自然に囲まれて
Side:久遠一馬
今日は毎年恒例の野営キャンプだ。
学校の子たちも楽しみにしてくれていると聞いている。当然、オレも参加してみんなで来ている。今年は蟹江近郊の海辺だ。
ああ、今年は義信君と信長さんも数年ぶりに参加する。ゲストとして六角義弼君を連れてね。ふたりとも忙しい身なのに、義弼君のことを気に掛けている。
義弼君、実はウチの行事に参加するのは二度目なんだけどね。数年前に上皇陛下が御幸された時に歓迎するために義賢さんと一緒に尾張に来ており、海水浴に参加している。
ただ、当時は数え年で十一歳、尾張を単純に楽しんでいただけだからなぁ。実質的に学ぶのは今回が初だ。
まあいいか。彼は義信君に任せよう。
「それじゃ、みんなでゲルを建てることから始めようか」
「はい!」
子供たちに声を掛けると、気持ちのいい返事が返ってきた。学校にもちょくちょく顔を出すし、少なくとも怯えられることはない。そのくらいのコミュニケーションは取れている。
あと孤児院の子とオレの子も、ある程度の年齢の子は参加している。みんな身分とか最低限にして協力して作業をするんだ。
初参加の義弼君は、いい意味でも箱入り息子なんだろうね。こういう形式を定めない不特定多数の場になると大人しくなってしまう。
「野営も教えておるのか?」
「遊びとしてな。海や山で遊びながら人として生きる術を教える。外を知り人を知り己を知る。久遠の習わしじゃの」
例によって微妙に勘違いしている様子の義弼君に、義信君が分かりやすく教えてくれている。そういう言い方をされると、凄い高尚なことのように聞こえるから不思議だ。
義信君のことだ。確信犯だろうけど。ほんと頼もしくなったなぁ。
「それじゃ持つよ」
「はい!」
オレは子供たちと協力して作業をする。昔はこういうことをすると立場がとか権威がとか言う人いたけど。正直、立場や権威が落ちたり見下されたりすることと直結しなくなった。
オレと信長さんがいい例だろう。今だとそういうこと言う人は減ったね。公式の場での礼儀作法は当然きちんとしているけど。
子供の頃の経験は貴重だ。それが直接仕事に役に立たなくても、教養となって意外な機会に役に立つことだってある。
自然の中で寝床を整え食事を作り、どう過ごすかを考える。この時代にマッチした遊びなんだろうなと今更ながらに思う。
初期の頃に参加してくれた人の中には、自分の家族や一族で野営キャンプをしている人もいる。山内盛豊さんとか信光さんとかは、年に何回も野営キャンプをしている。
元孤児の家臣たちとは、あの頃の話をして懐かしむことも最近はある。今日なんかは、そんな猶子の子どもも数名いるんだよね。
時が過ぎるのは早い。
Side:斯波義信
蒲生下野守殿はさすがじゃの。初めてのはずの野営にて自ら動き子らと共に働いておる。四郎殿はそんな様子を驚き見ておるわ。
少し教えてやらねばなるまいな。
「一馬が尾張に来た頃、なんと言われておったか聞いておるか?」
「……多少は」
「人は生まれ持った身分と定めがある。されど、身分や定めが必ずしも守ってくれるとは限らぬ。己だけで生きられる知恵や力を身に付けておいて損はあるまい?」
あの頃は理解出来なんだな。されど、今ならば理解出来る。一馬やアーシャの教えの意味が。
「わしは己ひとりとなっても生きてゆけるぞ。賦役にて働き己で日々の飯を用意してな」
なんと答えていいか分からぬ。左様な顔をしておるな。まあ、先例を出すのも失礼故、難しいが。土岐のようになったとて困らぬ。
「久遠の知恵とは、左様なものが礎となっておるのだ。知ることで己がなにかを決める時に役に立つ」
人を己の思うままに従えようと命じる四郎殿と、人が出来ることを理解して命じる一馬はまるで違う。いずれがいいか、考えるまでもないのじゃがの。
「多くを知ることが必要か」
「うむ、特に無駄だと思うことを知ることを喜ぶくらいでよいと思うぞ。愚か者には愚か者の考えがある。それとて知れば面白きこともある」
こやつを見ておると、やはり在りし日の己に見えてならぬ。
くだらぬと愚かだと断じて目と耳を閉じれば、それで終わってしまう。それがいかにつまらぬことか。それだけは教えてやりたい。
Side:織田信長
他の子らと共に働く吉法師を見て安堵する。
育て方ひとつで、己が家と我が子の行く末が変わる。六角四郎のようにはなってほしゅうない。
幼き頃より一馬たちに懐き、多くを学んだ市を見て吉法師も同じにしようと決めた。幸い、親父もそれを良しとしたからな。
人として生まれ育ち、人として生きる。かずたちは血筋や権威を軽んじることはないが、あまり信じておらぬように思える。
まあ、それが己が力で生きる者ということなのだろう。
「次は釣りでもするか」
「わーい! つり!!」
「おっきいのつりたい!」
ゲルを建てると食事の支度か。かずは薪を拾いに行くというので、オレは子らと釣りをすることにした。
オレが幼い頃は、よく釣りなどもしたものだ。あの頃はいつも爺と一緒だったな。ふと見ると、あの頃と比べて年老いた爺が穏やかな様子で子らを見守っておった。
かずたちが来る前は、困った顔ばかりさせていた。それが今では申し訳なくなる。今の爺を見ておると、それだけでかずたちが尾張に来てくれて良かったと思う。
四郎殿は今、若武衛様と共に近くで川に釣り糸を垂らしておる。その様子から釣りもしたことがないと分かる。
おそらく叱られたこともないのであろうな。吉法師など、爺ばかりかかずたちにもよう叱られておるからな。
あの男は本当になにをやらせても上手い。もっとも、かずは八郎を見て子の叱り方を学んだと言うていたが。
孤児たちにしろ吉法師にしろ実の子にしろ、かずは皆を上手く育てる。
だいぶ前だが、かずのところで風呂に入り背中を流すことを教わったと吉法師がオレの背中を流してくれた時には、その楽しげな様子に感極まったこともある。
吉良家の兄弟のこともある。それが当たり前だとは思うておらなんだが、四郎を見てその意味を改めて理解したわ。
「つれないね」
「わかとのさま、つれない」
「たまにはよいではないか。ゆるりと待つとしよう」
大人になり理解することがある。吉法師とこの子らも大人になり理解するであろう。かずの偉大さを。
時は我らの味方だ。
ゆるりと待つのもいいのかもしれぬ。新たな国が育つのをな。














