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戦国時代に宇宙要塞でやって来ました。  作者: 横蛍・戦国要塞、10巻まで発売中です!
永禄五年(1559年)

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第二千二百十五話・夏の日に思う

Side:六角義賢


 あの愚か者が……。思わず尾張から届いた書状を握りつぶすところであったわ。


 何故、分からぬ。朝廷も寺社も信じるに値せず。武士など言うまでもなかろう。皆、己の私利私欲のみ。近江源氏だと? 左様なものにすがる気か?


 源氏の嫡流とて頼朝公から三代で途絶えた故事を知らぬのか?


「御屋形様、お心を鎮めくだされ」


 後藤但馬守の言葉で我に返った。


 倅の件、すでに宿老らに明かしてある。曙殿らに頼る以上、打ち明けねばならぬことだからな。他家を頼る以上、宿老らの理解が必要であったのだ。


「すまぬ」


「あまり思いつめられぬほうがよいかと。内匠頭殿が若殿を見捨てぬうちは……」


 であるな。無論、久遠の知恵でなんとかなるものでもあるまい。されど、見込みがない者を口だけで育てるという者たちでもない。


「のう、われらも若い頃は愚かだったのであろうか?」


 内匠頭殿は十代で日ノ本に来ており、奥方衆も十代の者が多かったはずだ。比べるわけではないが、近江に来た時の様子を思い出すと見事としか言いようがない御仁だった。


「愚かだったのかもしれませぬ。先人に育てられたのかと。ただ、違いは今ほど難しき世ではございませなんだ」


 ああ、左様であろうな。今の世は難しい。


「年を重ね分かるな。父上らの偉大さを」


 今の六角の立場は父上がお膳立てしたものだ。それは疑いようがない事実になる。本来ならば西と東に挟まれ窮するはずだったと思える。


「その先代様ですら、今のようには出来ませなんだ。我らは先代様の頃を超えてゆかねばなりませぬ」


 超えるか。久遠家の家訓には、先達を超えろというものがあると聞いたことがある。学問にしろ武芸にしろ、古きに習うだけでは駄目なのだ。


「困難な世に生まれたものよな」


 いくら戦で勝っても駄目なのだ。諸将が力を持つ今の政では、遠からずまた乱世となろう。強い柱が要る。日ノ本という大きな国を支えるだけの強い柱がな。


 六角はその柱を支える者でなくてはならぬ。


 まあ、いい。倅の件は内匠頭殿らに任せよう。あれも少しは世を知るはずだ。




Side:吉岡直光


 警護衆として尾張に来たが、ここでは我らの役目がない。常に上様の周囲を固めてはという者もおるが、上様が望まれておらぬ。


 上様が清洲城からお出にならぬ以上、我らは待つ以外することがない。


 警護衆そのものが新しいお役目故、古き形がないのだ。それ故、上様が否といえば出来ぬこととなる。上様もそれを察して警護衆を整えられたのだろう。慣例がお嫌いなお方らしいからな。


 他の者は知るまいが、そもそも此度の尾張下向に警護衆の同行が許されたのは、この国を知らぬ者らに見せるためだからな。


 役目がない我らは、今日、清洲運動公園にある道場に来ている。武衛様により共に鍛練をと誘いを受けたのだ。おそらくこれも上様の望まれたことであろう。


 夜月殿は軍略や戦い方を指南するが、この者らの面目を傷付け心を折ることまでは致さなんだ。故に尾張にて教えねばならなかったのであろう。


 女に負けたという世評を近江以西では気にする者がまだまだ多いのだ。


 左様な事情をつらつらと考えつつ、目の前の手合わせを見る。


 さっそく手合わせをしていただいておるが……、血気盛んな男が柳生殿に木刀で打たれると道場の中は静まり返った。


 まるで大人と子供だ。尾張や伊勢出身の者以外は驚き信じられぬと言いたげだ。


 柳生殿と愛洲殿が我ら警護衆の鍛練相手を務めることになったのだが、力の差が凄まじい。威勢のいい者もおったが、誰もが閉口しておる。


「さすがは上様の走衆と奉公衆だった者よな。なかなか励んでおるようじゃの」


 そしてこの御仁だ。塚原殿。かの御仁がいるだけで場が重く感じるほど。


 義満公以来の権勢と言われる上様に、苦言を呈することが出来ると言われる数少ないひとりだ。政に口を出されることはないが、内匠頭殿と共に若狭におった奉行衆らが帰参する際に口添えをしたことがあると聞いた。


 とはいえ、もう(よわい)も齢だ。すでに往年の力はないようにお見受けするが、今もその力を疑う者は尾張にはおるまい。


 警護衆の者らもまた塚原殿に飲まれておる。


 家柄や血筋がどうこう言うたところで、武士ならば武芸で人より優れてなくばならぬ。上様のお傍におるならば尚更な。塚原殿には誰も並び立てぬほどの風格があるのだ。


「されど、現状に甘んじておると、そなたらの役目がなくなるぞ。尾張も伊勢も皆、必死で武芸に勤しんでおる。上様のお声がかかれば馳せ参じる者はいくらでもおるからの」


 ふふふ、塚原殿にはお見通しか。


 塚原殿の言葉に皆の目に力が戻った。敗れて面目を失っても生きている以上、再び戦える。そうでなくば、警護衆になどしておけぬからな。




Side:近衛植家


 尾張は花火の頃じゃの。


 内匠頭殿よ。そなたのおかげで都も僅かながら変わりつつあるぞ。


 院は今も、誰憚ることなく主上とおふたりで茶の湯を楽しんでおられる。また尾張や諸国からの献上品についても、主上が御自ら、御意思を示して下げ渡される。


 減らされる者もおれば増やされる者もおる。不満だと騒ぐ者もおるが、今のところ大事になってはおらぬ。


 考えてみると主上を奉ると言いつつ、なにひとつ思うままにならぬようにしていた吾ら公卿がやりすぎていたように思える。


 悔いるならば、変えていかねばなるまい。僅かでもな。


「これは……」


 大樹の供として尾張に行っておる弟より文が届いたが……。花火の日取りが変わったことの顚末が書かれておるわ。熱田の町衆が内匠頭の動きを察して先に動いたとは。


 見事じゃの。功とする場も名を上げる場も、よう知っておるということか。これで熱田の町衆の名は世に広まろう。得られるものは多いはず。


 決して口には出せぬが……、少し羨ましきことじゃ。


 内匠頭と共に新たな世を夢見て励む。それが出来る者がいかほど幸せなことか。


 わしには出来ぬからの。近衛の家に生まれた身として。


 いっそ地下家であったならば、よかったものを。今日明日の暮らしにも事欠く身ならば、この身ひとつで尾張に行き、共に新たな世をつくることが出来よう。


 内匠頭や奥方衆と憂いなく語り合い、己の務めで国を変えていく。左様な日々を夢見るようになった。


 されど、それは許されぬことじゃ。わしが尾張に下向してしまえば、院と帝を思うままにしようとする愚か者が勢いを増すかもしれぬ。


 公卿公家ばかりではない。寺社も武士もな。


 何事もままならぬものじゃの。




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