第二千二百五話・一馬と義弼
Side:久遠一馬
義信君は暇になったというのでウチでゆっくりしているが、今度は六角義弼さんと蒲生さんがウチにやって来た。
ウチは図書館や喫茶店じゃないんだけど。他家だとあり得ないよなぁ。家臣の家にこんなにお客さんが来るなんて。
まあ、冗談は置いておいて、義信君には隣室で見ていてもらうことにして、オレが会うことにした。
「先ほどは慶次郎に無礼なことを言うてしまった。申し訳ない」
ああ、謝罪に来たのか。きちんと深く頭を下げた義弼君をちょっと見直した。形だけとはいえ、こういうことはちゃんと出来るんだね。失礼だけど、元の世界のイメージがあって驚いてしまった。
「構いませんよ。若武衛様のとりなしで遺恨なしとしたのでしょう?」
「すでにご存じだとは……」
「私たちは互いに信じて噓偽りなく話すことを常日頃からしています。主家であっても家臣であってもね」
優しく話したのに恐ろしいものを見たような顔をされた。オレもそんな歳になったのかな? 三雲定持なんかは初めて会った時は睨んできたのに。
嬉しいような悲しいような。一言では言い表せないものがある。
「わしは己の未熟さを痛感した。故に慶次郎殿に武芸を習いたいがいかがか?」
うーん、そう来るのか。心を入れ替えたって感じじゃないよね。余所の領地に来て問題を起こしてとりあえず丸く収めたものの、このままだと気持ちの整理も付かないし、怒りのやり場もないってところか?
すぐに決断したのは、入れ替えたってより感情論で決めたんだろうし。
「おやめになられたほうがいいのでは? 慶次の武芸は身分あるお方が習うものではないですよ。四郎殿は前管領代殿のようになりたいとか。その道と慶次の武芸は道が違いますよ」
なんか、認められて当然だという顔をしているので少し揺さぶることにした。
慶次は器用だからなぁ。ほんとなにをやらせても人並以上に出来る。学ぶとすると得るものは多いだろう。ただ、感情の赴くままに動くのではなく、落ち着いて考えるべきではと思う。
義弼君はどう返すかと反応を待つものの、予想外らしく驚き言葉が出てこないようだ。あまり機転が利くタイプじゃないみたいだね。
「わしに足りぬものが、内匠頭殿には見えておるというのか?」
「見える見えないではございません。慶次の武芸は当主にはあまり必要ないというだけでございます。もう少し言いますと、人が人を見抜くとか察するというのは出来ないと考えたほうがいいと思います。それほど人の心は容易くありません」
義弼君、察しろとか見抜くとか好きそうだなぁ。正直、オレはそういうのあまり好きじゃない。個人で推測なり推察はするし、それをもとに動くのはいい。でもね。出来るなら言葉に出して話すべきだ。
「では……わしにいかがしろというのだ?」
頭のなかにはてなマークがいくつもありそうな顔をしている。
「それを見つけるために四郎殿は尾張に来たのですよ。管領代殿からは一切任せると書状もいただいております」
予定にはなかったが、彼には自分の立場を打ち明けてもいいだろう。子ども扱いして学ばせるには歳を取り過ぎている。
義弼君には義賢さんの花押入りの書状を見せよう。義弼君のこと頼むと書いていて、なにかあったらオレの一存で叱るのも好きにしていいというお墨付きのやつだ。結果に問わず責任は負わせないときちんと書いてくれたものをね。
「……たしかに父上の書状だ」
顔つきが変わった。オレのことを今まで以上に恐れるような目をしている。あんまり好きじゃないが、義弼君には舐められたら駄目なんだ。これでいい。
「御父上の後を継ぎたいのでしょう? まずは若武衛様に教えを受けて尾張を見聞なさってください。そこからですよ。ああ、案内のついでに慶次に武芸を習うのは構いません。ただし、きちんと見聞もしてください」
「……一切承知致しました」
言葉使いが変わったか。序列付けが済んだということかな。
「若武衛様、よろしいでしょうか?」
「うむ、それがよかろう」
オレが声を掛けると、隣の部屋から若武衛様が出てくる。少し苦笑いしているね。まあ、普段のオレのやり方じゃないからだろう。
「なっ!?」
義弼君は信じられないと目を白黒させているが、蒲生さんもさすがに驚いているね。報告を受けたとはいえ、義信君本人がいたとは思わなかったのだろう。
義賢さんに頼られているオレと、その主筋の義信君の立場を示した。これで義信君が軽んじられることはないだろう。この期に及んで軽んじるなら、相当厳しい指導になる。
「慶次郎が自ら矢面に立って、そなたに憎まれる役目をさせてしまったからな。謝罪に来たのだ」
「主が自ら……謝罪に……」
「わしは嫡男でしかない。それに一馬の主は弾正じゃ。形を重んじるならば、そなたも気を付けたほうがよいぞ。そこな下野守とて正しくは家臣ではあるまい?」
あとは任せても大丈夫っぽいね。いいところを突っ込んでいる。
そもそも宿老は家臣じゃない。それなのに小うるさい家臣のように扱うのは間違いだ。さらに命を懸けさせたんだから、少し反省したほうがいい。
「……確かにそうだが……」
「分かりやすく言おうか? そなたに世を見せるために皆が動いておったのじゃ。下野守など恥を晒してまで六角の現状を教えようとした。家臣でないにもかかわらずだ。そなたはいかにして報いるのだ? 御恩と奉公を知らぬはずもあるまい?」
ぐうの音も出ない。そんな顔をしている。どうも宿老もみんな従って当然だと思っていたみたいだ。
まあ、近年の六角家は史実にはない形で一枚岩になりつつあった。蒲生さんたちが臣下として振る舞う姿を見て甘く見たんだろう。
「さて、せっかく来たのだ。久遠家の温室でも見せてやりたいが、よいか?」
「ええ、構いませんよ。あれは見ても真似出来ませんしね」
舐めたことしていると、どうなっても知らないぞと言いたげな義信君に義弼君はすっかり大人しくなった。
まあ、どこまで理解しているかはともかく、世の中には自分の考えが及ばないことがたくさんあるとは感じただろう。
少なくとも周りが義弼君を恐れて思うままに動くことで、世の中もそうだと思うことはないはずだ。
あとはオレたちや六角の宿老でにらみを利かせていけばいいだろう。具体的な指導は近江で春たちがやれるしね。
ほんと中途半端に出来ないから、危うかったよ。














