第二千二百四話・そして立ち上がる
Side:六角義弼
なんなのだ? あの男は……。あれが……あれが今弁慶か。
「下野守、あやつは本気を出していたのか?」
「本気ではございますまい。息も切らさず話しておりました」
ああ、左様であったな。あまり見かけぬ目をしていた。わしを恐れることなどない。しいて上げるとすれば、父上の目に似ている気がした。
一度やそこらの武功を誇り驕る者など見飽きるほどおる。やつも同じと思うていたが……。わしは旧主ぞ。このまま遺恨となればあの男いかにする気だ?
「いかにすれば、あの男に勝てるのだ?」
「あやつは甲賀にいた頃から喧嘩をようしておったとか。腕っぷしは近隣でも知られておりました。尾張に来てからは久遠家で学びさらに強くなった様子。ただ、その強さだけを見てはなりませぬ。あの男は喧嘩が上手いのでございます」
喧嘩が上手い? 強いのといかに違うのだ?
「因縁となり争いとなるようなことは致しませぬ。人を見る目もあり、喧嘩をする相手を選んでおると思われまする。勝手気ままに喧嘩をしつつ騒動と致さぬ。真似出来る者は多くありませぬ」
「あの男は、わしが此度のことを怒らぬと思うておるのか?」
「いえ、此度は別でございましょう。あの男はまことに命を懸けておりました。先ほど若殿が腹を切れと言えばそうしたでしょう。主のため主家のため世のために。若殿に恨まれる役目を自ら買って出たのでございます」
なんだと?
「なんの得がある。たかだか織田の家臣の分際で」
いつまでも寝ておれぬと立ち上がり下野守を見ると、静かにわしを見ていた。こやつもわしを軽んじておると思うておったひとりだ。なにを考えておるのか、よう分からず、察して動くこともない。
今と同じようにな。
「若殿、それはご自身で見極められるとよいかと。いかがされまするか? 許せぬと仰せになるならば、それもまた当然のこと。この場で御決断をお願い致しまする」
「ああ、許せぬな」
下野守はわしの言葉に静かに目を閉じた。
「さらば、某、これから清洲城に参り腹を切り詫びて参ります。若殿はお好きになされませ」
なっ……。
「なにを勝手なことを言うておるのだ!」
「己の死に場所は己で決める。当然のことでございましょう。度重なる配慮と助けを受けておきながら、不義理を働いたと言われとうございませぬ。かくなる上は、この命を以て償いまする」
なんなのだ!? あの男も、こやつも!!
「若殿、これがこの世で生きるということ。最後にこの一命を以てお教え致しましょう」
あり得ぬわ! ここで下野守に腹を切らせたら、わしの帰る場がなくなる! 父上が許すはずがない!!
くっ! いかにせよというのだ!!
「ええい、分かった! 先に侮辱したのはこちらだ! 負けた以上、遺恨はない。それならばよいのであろう!」
……まてよ。あの男が言うていたではないか。あの男の言うがままに動くと言うのは面白うないが。
「下野守、わしは慶次郎に武芸を習う。それならばよかろう? 少し身分が足りぬが、近江であっても久遠は別格だ。構うまい」
指南役や先ほどから目も合わせぬ近習など信じられるか。まだあの男のほうが強いのであろう? ならば懐に入ってしまえばいい。
父上ですら内匠頭の奥方には気を使うほど。物珍しさから、一度見てみたいと言うたら激怒された。その重臣に習うならば、お叱りを受けるまではいかぬはず。
「はっ、それならば構いませぬ」
すべてあの男の思うままに動いておるようで気に入らぬが、下野守を止めるには他にない。こやつは祖父上の頃からの宿老だ。それをわしが腹を切らせたなど、あってはならぬのだ。いかな理由であってもな。
強くなればいいのであろう? 己もあの男を超えるくらいに。
二度とあのような口上を言えぬようにしてやるわ!
Side:久遠一馬
六角義弼君の案内をしているはずの義信君たちが、先触れもなく義弼君たちを連れずにウチにやって来た。
なにがあったのかと思ったら……。
「済まぬ」
「申し訳ございませぬ」
義信君と慶次が揃って謝るとか、レアな光景だなぁ。資清さんは叱るべきか迷いつつも、義信君が一緒になって責任を負うと言うとなにも言えなくなっている。
正直、オレが聞きたいことはひとつだ。
「後悔していますか?」
「いや、悔いてはおらぬ」
「某も同じでございます」
その言葉に安心した。エルと春も同じだろう。後悔していないなら、それが最善だったということだ。結果に問わず、今後の糧になるだろう。
正直、大人しく観光をしてくれたら良かったんだけど。そもそも他家の軍事訓練を見ようとしたのは迂闊としか言いようがない。
義信君が進めても一度は断るくらい慎重であるべきだろう。当人が同盟を軽視するならば尚更ね。
「なら構いませんよ。それでダメなら春たちがやりますから」
一気に真実を教えると刺激が強いからね。義賢さんとは事前に調整をしている。話して分かり合えるなんて誰も思っていないし。根性叩き直していいって書状を頂いた。
「哀れでの。なにも知らぬまま、己の力で天下を動かせるとでも思うておるあやつがな」
誰一人、思うままにならないんだけどね。帝だって義輝さんだって、無論、オレたちだってさ。
「あとはウチで引き受けますよ」
慶次のやり方、乱暴といえば乱暴だ。ただ、そうしないと理解しない気がする。自分の力と見えている世界が絶対な人はいつの時代も存在するし。
「慶次でよかったわね。私は慶次ほど優しくするつもりはないわよ」
春の言葉に義信君がなんとも言えない顔をした。春は、アーシャとかエルと違うからなぁ。昔はここまで武闘派じゃなかったんだけどね。無論、今も本質は同じだ。今は合理的な考えから、武闘派と見える時があるんだとオレは思っている。
「エルよ。そなたならばいかがする?」
「難しいですね。半端に力の差を見せると後が怖いです。近江に行くわけにいかない私では、立ち直らせるだけの時がありませんから。慶次郎のやったことは、そういう意味では間違いではありません」
義信君がちょっと驚いたね。ただ、ほんと時があるなら優しく教え導ける。言い方が悪いが中途半端はよくない。
六角家嫡男が尾張に長期滞在して学校に通ったりするのは無理だ。どれだけ力の差があってもしてはいけない。人質にしか見えなくなるし、六角の権威を外から見える形で落とすと、今後の足利政権の行く末まで影響する。
慶次もそれを理解していたんだろう。短い間で、義信君が最後まで優しく導けるように動いた。百点満点だろうね。今回は。
あとは義弼君が慶次と今回のことをどう見るのか。また勝負を挑むくらいなら見込みがある。慶次はそれを狙ったのだろうね。














