第二千二百三話・義弼の実力
Side:蒲生定秀
「ちょうどよい機会だ。そなたにもわしの力を見せてやる。武芸大会にも勝ち上がれぬ程度の男になど負けぬ」
まさか……、勝つつもりでおるとは。あまりの醜態に近習らに目を向けると、己が罪を認めるが如く皆が目を逸らした。
教えてやるべきか? 慶次郎殿が武芸大会に出ておらぬのは、当人が望んで出ておらぬだけだと。
いや、時すでに遅し。言うてもいかんともしようがないか。今更、頭を下げるなど出来るお方ではない。
織田から貸し与えられた皮の鎧を身に纏い、意気揚々としておる姿に先代様を思い出し涙が出そうになる。
場所は運動公園内にある鍛錬場だ。武官らが励んでおったのを若武衛様が空けさせた。形としては慶次郎殿に教えを請うという形だ。身分を偽っておるとはいえ、六角の嫡男が慶次郎殿を愚弄したとは言えぬ。
こればかりは他にあり得ぬと若殿を説き伏せた。
当然、他の近習らも教えを請うという形で手合わせをさせる。ちょうどよい機会だ。やつらにも世の恐ろしさを教えてやらねばならぬ。
若武衛様は鍛練場の人払いをされたが、数名の者は若武衛様の許しの下で残った。
「面白いことになってるね。下野守殿」
そんなひとりに声を掛けられると、いかんとも言えぬ顔をしてしもうたかもしれぬ。
「責めは某が負いまする。今巴殿」
「案ずる必要なんてないさ。慶次郎が上手くやるよ」
ああ、信じておるとも。されど、わしには覚悟がいる。慶次郎殿が命を懸けておるようにな。
「ひとまず手合わせでもしてみるか。互いに力量を見ねばな」
若武衛様の言葉に、若殿の近習のひとりがまず挑むべく慶次郎殿の正面に立つ。
「では、はじめ!」
その声とほぼ同じく、近習の持つ木刀が宙を舞った。
「本気でお願いしとうございますなぁ」
まるで近習が手を抜いたように笑う慶次郎殿に寒気が走る。近習のもとに踏み込むと、涼しげな顔で木刀を手放すほどの一太刀を繰り出したのだ。
若殿の顔色が変わる。信じられぬ。そう言わんばかりにな。
そのまま次から次へと若殿の近習が挑むが、誰一人として、勝ち目どころか打ち合うことすら出来ておらぬ。
最後に若殿の番だ。
「ゆくぞ!」
お覚悟は立派。無謀としか思えぬが。他にやりようもない。されど……。
わずか一太刀。いや、最初に若殿に打たせるあたり配慮が見えた。打った隙に返し技で打たれてしもうたがな。
「かようなものであろう。慶次郎は強いからの。武芸大会には出ておらぬが」
なにが起きたのだと驚きのあまり動かぬままの若殿に、若武衛様がお声掛けされた。
「……もう一番、お願いしたい」
若武衛様の情けに苛立ったのか? それとも力の差が認められぬのか? 若殿の言葉に若武衛様はいかんとも言えぬ顔をしつつお認めになられた。
Side:滝川秀益(慶次郎)
幾度も挑む気概は立派だ。されど、力が伴わねば愚か者でしかない。熱くなるなと言うて聞くはずもないか。
弱くはない。相応に鍛練を積んでおる。だが、それだけだ。
型通りの動きはいい。型通りに戦えば相応だ。遠慮する指南役や家臣の配慮を己が力と勘違いしたというところか。
「はぁ……はぁ……はぁ……何故だ!!」
そのまま、いかほどお相手を仕ったであろうか。もう立ち上がれぬほどだというのに、いまだにオレを睨んでおる。
「どこの家中であっても、主の心を折る者などおりますまい」
「己らぁ! わしを謀っておったのか!!」
一足先に敗れ、落ち込む近習に怒鳴った。まったく、こいつは……。
「貴殿は指南役や近習が本気を出せるように心を砕かれたか? 命じるだけでは駄目だ。敗れても痛い目を見ても強くなりたいと願い教えを請うたか? なにかあるたびに、無礼者と心の中で罵っておられたのではないのか?」
オレの言葉に四郎殿は、近習らからこちらに視線を戻し睨む。気概だけは立派か。
「主の望むことを察して動くのが臣下であろう!」
「自ら嫌われてまで主を叩きのめす者などおらぬわ。己の家を危うくしてな。武士ならば、見知った家臣の力量も見抜けぬ己を恥じるべきではございませぬか? 臣下の力量も見抜けず、見知らぬ敵を見抜けるのでございますか?」
「わしが悪いといいたいのか!!」
「ああ、四郎殿が悪い。いや、未熟だ。貴殿の祖父御と父御は見抜いておられたぞ。斯波のことも織田のことも我が殿のこともな」
そこまで言うと四郎殿の顔色が変わった。呆気にとられたというべきか。六角には悪いものを悪いと諫める者すらおらぬのか。名門とはなんと厄介な。
「此度のこともそうだ。貴殿は銭が足りぬと恥を忍んで打ち明けた蒲生殿の配慮と面目を潰した。蒲生殿が、何故、あの場で打ち明けたと思う? あの場におった者では、貴殿と近習以外は皆が知っておることぞ。それをわざわざ言うたのだ」
「……あれは、わしのために言うたのか?」
やっと理解したか。
「ああ、他にはあり得ぬ。貴殿は今まで、貴殿のために動いた者たちの忠義を幾度見逃したのであろうな。機嫌を取る者ばかり周囲に置いて、さぞ気分は良かろう。だが、それは城を出ると通じぬ」
その言葉に、最後の気概も絶たれたか。四郎殿は床に寝そべると、仰向けとなり大の字で天井を見上げておる。
オレの役目は終わりだな。
Side:斯波義信
「慶次郎、大儀であったな」
誰も望まぬ役目をさせてしまったな。
「四郎殿、そのまま聞いてくれ。わしもな、父上に廃嫡にされる寸前までなったことがある。弾正の名ばかり聞かれるようになり、父上も常に弾正に配慮しておったからの。それが面白うなくてな」
他人事とは思えぬのは、あの時の父上の顔を忘れられぬからじゃ。悲しそうな顔がな。
「廃嫡だけは嫌でな。なんとか許しを請い、今がある。はっきり言おう。わしは弾正にも一馬にも勝てぬ。じゃがの、斯波家の嫡男として生きることは出来ておる。今少しでよい。外に目を向けることを勧める。きっと、面白きことがあるぞ」
ちと早いが、今日の案内はここまでにするか。あとは蒲生殿がなんとかするであろう。
わしは慶次とジュリアらを連れてこの場を離れる。
「もう少し穏便に教えたかったのじゃがの」
四郎殿らと離れると安堵する。ひとつ間違うと世を乱したかもしれぬという重荷かの。父上や弾正や一馬はかような日々を送っておるのか。
「申し訳ございませぬ」
「いや、責めておるわけではない。あれははっきりと示さねば理解せぬであろう? のうジュリアよ」
「そうだね。慶次がやるか春たちがやるかの違いだったろうね。アタシもいろんな奴見ているけど、あそこまでの奴は珍しいよ」
慶次の挑発に乗った時点で決まっておったことであろう。耳障りなことは聞こえぬ耳を持つようじゃからの。それが積み重なり、誰も言わぬようになった。
生きるとは難しきことよ。














