第二千二百二話・慶次郎の策
Side:滝川秀益(慶次郎)
今日も町が賑わっている。清洲城の五重の天守と時計塔を一目見ようという者が諸国から集まるのだ。
四郎殿はその様子を見ておるはずだが、なにかを理解しようとしておるようには見えぬな。案じる顔をしてはならぬと思うておろう蒲生殿の様子がなんとも言えぬ。
上様が菊丸として初めて外に出られた時を思い出す。ただ、比べればあの頃の上様のほうがまだ世を知っておられた。
「若武衛様、お出張りでございますか?」
「うむ、蒲生殿と六角家中の若い者らを少し案内しようと思うてな」
「左様でございましたか。今日は良き日和でございますからなぁ」
若武衛様やオレは、町を歩けば声を掛けられる。尾張だと珍しきことではないが、四郎殿は気になったらしい。
「少し無礼な男ではないのか? 下民如きが声を掛けるなど」
その言葉に蒲生殿が止めようとしたが、無用だと合図する。若武衛様ならば……。
「己が国の民を下民とは思わぬの。民と向き合わずしていかにするのじゃ?」
その一言に、四郎殿と近習の若い者らは信じられぬという顔をした。理解出来ぬか。織田と誼ある六角の嫡男でさえ。それが当然なのだ。
若武衛様もまた、それを悟っておられる。
神仏すら信じられぬこの世で、民を信じるなど世迷言と思うて当然のこと。なれば、まず見ていただくのはあそこしかないか。
「若武衛様、まずは運動公園に案内されてはいかがでございましょう」
「そうじゃの。では鉄道馬車に乗るか」
鉄道馬車は今も多くの者が乗る。四郎殿と近習らは見知らぬ者が間近にいることに戸惑うような顔をした。
若武衛様と蒲生殿は身分もあり当然座られたが、身分を偽っておる四郎殿らは立っておるからな。これも初めてのことか。
周囲にいる民の話を聞きつつ、吹き抜ける風を感じるのは悪うないのだが。はてさて……。
Side:斯波義信
運動公園には多くの者がおる。武士も民も僧もな。この様子も尾張では特に珍しゅうないが、近江では珍しかろうな。
慶次郎が真っ先にここに連れて来たのは、四郎殿が武芸を好む武辺者という話を知っておるからであろう。
今弁慶との功を上げて幾年月、この男はあれ以来、功になるような場を好まぬと聞き及ぶ。誰ぞ忘れたが、へそ曲がりとも言うておったな。
されど、一馬はこの男を好む。忠義や働きもまた、ひとつではないということを示したいのだと思うが。
「この音は……」
人を見るよりも聞こえてくる音か。確かに皆が案じるのも無理はない。
「鉄砲の鍛練じゃの。見るか?」
「よろしければお願い致す」
興味を持つのは鉄砲か。分からんではないがの。
「若武衛様!」
「よいよい、続けよ」
射撃場に着くと、四郎殿と近習らは鉄砲を鍛錬する者らを言葉もなく見入っておる。
黒鍬隊の者らが百人ほどか、交代で鉄砲を撃っておるのだ。数年前よりも鉄砲は珍しゅうなくなった。されど、日ノ本でもかようなことをしておるのは未だに織田と久遠だけだと聞き及ぶ。
「鉄砲を……民に撃たせるとは……」
下民という言葉を飲み込んだのであろうな。左様な顔をしておる。
「なかなか上達しておるの」
「はっ、皆、国を守るために励んでおりまする。戦には武士も民もございませぬ。敵に勝たねば奪われてしまいまする故に」
鉄砲を教えておる武官に声を掛けると、状況を察したのか望む言葉を返してきた。わしと慶次郎が、蒲生殿と見知らぬ若い衆を案内しておる時点で察したようだな。
「六角でも真似たいと思うておりまするが、我らにはなかなか銭が続きませぬ」
ほう、ここでそう出るのか。蒲生殿は。
「銭が足りぬ?」
「皆様方は戦にいかほど銭が掛かるかご存じか? 兵糧も武具もすべて銭がいりますぞ。鉄砲を撃つには高価な玉と玉薬が必要でございます」
思わず声を出して蒲生殿に問うた四郎殿に向けて、慶次郎が頼まれてもおらぬというのに銭の話を始めた。椀に一杯の米の値から、戦にまつわる品々の値まで事細かくな。
こやつは商いの差配はしておらぬはずでは? わしでさえも知らぬ品物の値動きまで語り始めたわ。
されど、四郎殿は長々と続く慶次郎の話に少し苛立ちを見せた。
「銭など集めればよかろう」
「さすがは六角家でございますなぁ。必要なだけ銭を献上する者がおるとは。されど、敵が武具やら兵糧を売らぬようにと動けばいかが致します? 領内で即座にすべてが揃うのでございますか?」
ああ、銭の話など聞きたくないと言いたげな四郎殿を慶次郎は挑発し始めたわ。己が矢面に立つ気か。
「不浄な銭の話など聞きとうないわ。それに、なんのための身分だ。上の者には上の者の役目があり、下の者には下の者の役目がある。我らには下の者のことなど関わりないことぞ」
これほど分かりやすい挑発に乗るのかと首を傾げたくなったが、四郎殿はあっさり乗った。蒲生殿がさすがに慌ててしまうが、慶次郎は左様な蒲生殿を止めるような顔をした。
わしもかつては同じように愚かだったのであろうか? アーシャに感謝せねばなるまいな。気付かぬうちに己の愚かさを悟り変わるように導いてくれた。
「常日頃から武芸と兵法は常に鍛えておる。わしは、祖父上のようになるのだ。そなたの一族のように所領を捨てて逃げ出す者らとは違う!」
その一言に、四郎殿の近習までもが顔を青くして震え始めた者もおる。そこまで察しておるならば、止めればいいものを。いや、止められぬのか。
願わくば、四郎殿にはわしが受けたように教えを受けて自ら察してほしいが、六角家では難しかろうな。
「そなたは我らと戦をしたいのか?」
「いえ、左様なつもりは……」
他家の家臣が話して聞かせておることを不快だとさえぎり、聞きとうないと言い放つ。管領代殿の見立ては正しかろうな。こやつは一度、己がいかに愚かか教えねばなるまい。
「若武衛様、おやめくだされ。某が無礼を働いたこと。腹を切りまする」
「慶次郎殿に腹を切られては困る。ならば、某も腹を切りまする」
さて、いかがするかと思案しておると、慶次郎と蒲生殿が動いた。いや、腹を切るがいいのかと四郎殿に詰め寄っておるようにしか見えぬがな。
「そなたら! なにを言うておるのだ!」
ああ、覚悟もなく、命の重さも家の重さも理解しておらぬのがありありと分かる。傅役も近習もあまり褒められた者ではないらしいな。管領代殿も世の移り変わりを察して変えようかと悩んだのであろう。
とはいえ、一度決めた役目を非がないまま変えると騒ぎとなる。家督争いにな。それは出来なんだか。
とすると、慶次郎はこれをいかにしたいのかと見ておると、わしになにか求めるような顔をした。そうか、こやつは……。
「慶次郎も蒲生殿も、元服したばかりの者を相手に熱くならずともよいではないか。とはいえ愚弄された事実は変わらぬか。そうじゃの、勝敗は武士らしく武芸でつけてはいかがか?」
「それはようございますな。承知致しました」
左様な考えなど思いつかなかったと言わんばかりに驚いて見せる慶次郎に、ため息が出そうになる。まったく、この男は。
ひとつ間違うと大乱となるのだぞ? 己が命を懸けて、わしの功とする場と四郎に貸しを作る場をお膳立てするとは。
なんと恐ろしきことをする。
見せて話しても分からぬならば、戦って分からせるか。一馬にあとで困った顔をされるかもしれぬの。
ただ、慶次郎はわしや春殿らが恨まれるくらいならば、己が恨まれればいいと考えたか。
日頃は面白き男なのじゃがの。この男も武士であったか。














