第二千二百話・宴の席
Side:久遠一馬
義輝さんたちが無事に到着し、今夜は歓迎の宴だ。
今回は、病の身故、歓迎の宴を減らすようにとの下命がある。無論、方便だ。放っておくと滞在中は毎日宴になるような身分だからね。将軍様って。
義輝さんの権威が年々高まるにつれて、すでに誰も経験がないような古い時代の将軍の形式を持ち出したりする人もいるんだ。義輝さんはそのつど要らないと言うんだけどね。完全に否定するのも難しいところ。
今回も歓迎の宴とお別れの宴、それと花火の宴は必要だろう。滞在中には菊丸として動けるように日程も調整している。
「美味しそうだね」
今日はお膳だ。料理とお酒で三つほどのお膳が運ばれてくると、美味しそうな料理に食欲がそそられる。
全体の雰囲気も悪くない。将軍様の出席する宴なんて名誉なことだしね。義輝さんは三国同盟と同じく味方だと尾張でも見られていることもある。
「うむ、やはり黄金飯は美味いな」
茶碗に盛った黄金飯ことパエリアを、ガツガツと美味しそうに食べる義輝さんの表情もあるんだろう。みんな安心して宴を楽しんでいる。
慶寿院さんも楽しんでくれているようだ。最初に尾張に来た時と比べると表情が柔らかい。今回は特に政治的な課題もないしなぁ。ほんと友好を深めることが第一だ。ふたりとも気楽に楽しんでほしい。
ちなみに一番緊張しているのは六角義弼君だろう。今のところ、挨拶から無難に務めているけどね。将軍様がいて同盟相手である義統さん以下信秀さんたちがいる。十代半ばの子だと緊張するなというほうが無理だろう。
ただ、彼は気付かないといけない。ここにいるみんなが見守っていることを。世の中は厳しい。でもね。ちゃんと味方になってくれる大人は周囲にいるんだ。
外からは虫たちの大合唱が聞こえる。広間は蚊帳で覆っていて、中では蚊取り線香をあちこちで焚いている。
部屋の中は南蛮行灯ことランプを明かりにしていることもあって、外よりは明るく放っておくと虫が集まってくるんだよね。
今日は酢豚もあるなぁ。これも肉と野菜が甘酢あんと絡んで美味しい。お肉も野菜も油で素揚げしているので、カリっと香ばしい肉と野菜はこの時代の一般的な料理と違う風味もあっていい。まあ、尾張だと油を使った料理なんてもう珍しくないけど。
あちこちでは会話が盛り上がる。会話は主に近江の現状だ。近江御所の造営の様子や詰城支城、町の普請など相変わらず大変みたいだけどね。
やりがいはある。そんな雰囲気だ。
しかしまあ、足利政権はいろんな人がいるね。公家もいれば坊主もいる。ほんと将軍に力があればまとまるんだろうなと、今更ながらに思う。
無論、支える守護たちがおかしなことをしなければ、ということなのだろうが。三国同盟はその点、利害調整と共存する形が出来つつあるので上手くいっている。とはいえ、畿内は相変わらず争いと疑心で満ちているからなぁ。
「若、あまり酒を飲まれては……」
料理とお酒を楽しみつつ人間観察をしていると、蒲生さんの声がした。
義弼君、今のところ形式通りにしているが、言い換えるとそれ以外はお酒を飲むか食べているかだ。手持ち無沙汰なのかもしれない。もしかしたら、舐められないようにと考えているような顔をしている気がする。
金色酒や清酒やらお酒はあるけど、濁り酒より酒精が強いんだよね。まだ十代半ばで、お酒も強くないんだろう。尾張だとあの年齢の子がお酒飲むときは挨拶代わりの一杯くらいで止めるんだけど。さすがに余所のことだしなぁ。
「わしも酒はもうよい。紅茶を持って参れ。四郎殿、わしと共に紅茶にせぬか?」
同席するケティも止めようか迷う顔をしていたが、先に動いたのは、意外なことに義信君だった。
「えっ……、はあ、頂戴致す」
予想外のことなんだろう。義弼君は目をぱちくりとさせて戸惑っているが、誘われて断るという選択肢はないようだ。
「若いうちから酒を飲み過ぎては体にようないからの」
上手いなぁ。自分も一緒にお酒を止めることで義弼君のお酒を止めちゃったよ。これなら角が立たない。
「左様なのか?」
「うむ、そこな薬師の方の教えぞ」
義弼君は興味深げというべきか。こちらを見ている。
「十代のお酒は勧めない。普段は飲まないほうがいいと思う。ただし、祝いの席や宴では多少飲むのは構わない」
彼の視線に気づいたケティが箸を止めてお酒について語ると、奉行衆たちもこちらを見た。
「薬師殿、酒は体にようないと?」
「何事も過ぎれば毒となる。特に体が大きくなる十代のお酒は、あまりよくないのではと思っている」
奉行衆のひとり、五山の僧だろうか。彼がこちらを窺うように質問をしてきたことにケティが答えると少し考え込むようにしているが、特に異論がある様子ではない。単純な知的好奇心からの質問だろうね。
「生きるということは難しきことだからな。皆、無理をせず己に合わせて飲めばよかろう」
少し静まり返ったことで義輝さんが口を開いた。ほんとそれが一番なんだろうね。今回は義弼君が手持ち無沙汰な様子からひたすらお酒を飲んでいたことで、蒲生さんと義信君が止めたけど。
とはいえ、義輝さんのお言葉に皆さん手が止まってしまった。中には料理を食べたそうにしつつ周囲の様子を見ている人もいる。それを察したんだろう。義輝さんが義統さんを見た。
「皆の衆、今日は畏れ多くも上様を迎えた宴。遠慮せずともよい。酒も料理もまだまだある。好きなだけ飲んで食うてくれ」
義統さんの言葉でオレたちが箸を動かすと、周りも宴を再開した。皆さんも義弼君を心配して止めたことに気付いている。そのくらいは察することが出来る人たちだ。
義輝さんもまた、義信君と義弼君が紅茶にすることを良しとした。
生きるか死ぬか。食うか食われるか。そんな時代に思える。ただ、意外と人を思いやることは普通にある。
そう、こういう何気ない日常での日々が義輝さんと尾張には必要なんだ。権威や武力だけでは争いの種になることもあるから。
義弼君を尾張に連れてきたのは正解だったね。春が義賢さんに提案したらしいが。滞在中に少し尾張を見物出来るようにするか。
いっそ身分を隠して尾張見物というのもいいかもしれない。前に湊屋さんに近衛さんの案内を頼んだ時は、近衛さん楽しかったと喜んでいたんだよね。
義賢さんとは、滞在中にいろいろと見せることなどこちらの判断でしていいと、すでに話がついている。
オレたちの場合、畑仕事とかも見せたりするから、事前に春が許可を取ってあるんだ。
若いからなぁ。家を背負い、国を背負うのは少し早い。旅行を楽しむくらいにしてやろう。
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。














