第二千百九十九話・熱田にて
Side:蒲生定秀
若殿の様子は相も変わらずか。上様がお気遣いいただきお声掛けを頂戴致したが、その理由すら察しておられぬ。
武士として外に出すのは。いささか早い気がするが……。
わしが言うていいことではあるまいが、六角家の差配は難しい。我ら宿老や国人衆の多くは六角の家臣ではない故にな。先代様と御屋形様のお力もあり、今は家臣と変わらず振る舞う者らも多いが……。
六角家臣と国人衆には相容れぬところもないわけではないのだ。まあ、誰も騒ぎなど起こさぬがな。上様がおられ曙殿らがおられる近江にておかしな騒ぎを起こせば一大事となる。
左様なことを考えつつ今宵の宿となる城の庭を少し歩いておると、夜月殿が警護衆の鍛練を指南しておる場に出くわす。
「今日はここまでにしておきましょうか」
「恐れながら、我らはまだまだやれまする!」
士気の高さ。女に教えを請うことを恥とも思わぬ姿。いずれを見ても驚かされる。少し前まで内輪の争いをしておったはずぞ。
「体を休めるのも鍛練のひとつですわ。いつなにがあってもいいようにする。それを第一と心得てください」
休めるか。久遠家が重んじるひとつよな。常ならば己を追い込むことを是とするというのに。
「あら、蒲生殿。偶然ね」
離れたところから見ておると、いつの間にか曙殿が側におった。足音を消して近寄るのは止めてほしいわ。とはいえ、驚いたわしを見て屈託ない笑みを見せられると文句など言えぬがな。少し遊ばれただけなのだ。
「世話ばかりかけて申し訳ない。若殿のことまで助けを受けるとは、己が情けなくなる」
「六角が難しいことは重々承知よ。それに……、若い者を育てることは大人の役目でしょ? 四郎殿のことも、尾張滞在中はあまり押さえつけなくていい。旅を楽しむくらいにさせてあげていい。あとは私たちに任せて、悪いようにしないわ」
「……かたじけない」
相も変わらず、人が出来ぬことを軽々とする。噓偽りなく近江を支えておるのは曙殿だ。この御仁がおることで皆が疑心に囚われず動く。
信じられるか? 名も力もある武士も五山の僧も、皆が、年端もいかぬ娘にすら見える曙殿に敬意を示す。
「みんな力が入り過ぎよ。私たちは力を抜くように示すだけ。女の身のほうが向いているのでしょうね」
権威でも武威でも知恵でもない。信というひとつにおいて、この御仁は天下の重石となりつつある。
内匠頭殿が神仏の使いだと言われるわけが分かるわ。
Side:久遠一馬
いつもは学校で働いている公家衆が清洲城で働いていた。古来より家伝と知恵を受け継ぐ彼らの力量は確かなところがある。
かろうじて名前だけ知っているようなところから使者が来ると、こっちは確かめようがないんだよね。本物か、どういう立場か。
公家だけあっていろんなところに縁があり、細かい情報を知っているので外務方で使者や来客の応対に駆り出されている。
無理に働かせるのは好きじゃないんだけど、本人たちはそんなに嫌そうでもない。
近江の足利政権で使っている地下家も評価は悪くないんだよなぁ。
批判する気はないが、中央政府とするには人が少なすぎるんだ。足利家。もともと守護たちが支える政権なんで仕方ないんだけど。
ちなみに公家衆、食堂で外務方の武士たちと一緒にご飯を食べていたんだ。身分ある人の多くは役職の部屋に運ばせて食べるんだけど。
公式の席以外で白粉も塗らないしなぁ。なんというか順応性が高すぎないか? それが名門の生きる知恵なんだろうか? 今度聞いてみたいかもしれない。
まあ、それはそれとして、オレは今日、熱田に来ている。シンディとの子である武尊丸と一緒に熱田の視察だ。
数えで六歳。少しやんちゃだけど、手を繋いで歩いていると嬉しそうにしてくれるのが嬉しい。
「熱田も賑やかだなぁ」
「うん!」
熱田は東から来る旅人が尾張に来て一度は立ち寄る町だ。駿河・遠江はもとより関東からの花火見物の人もすでに来ている。
観光地化も進んでいて、旅籠や銭湯もある。公民館もあるので、毎月決まった日には紙芝居や人形劇とか、それを基にしたお芝居などもやっている。
遊女屋や飯屋なども相応にあるんだよね。中にはど派手な着物を着ている遊女さんが町を歩いていたりもする。あれ着物の宣伝になるからと、商人が格安で反物を提供しているはずだ。
尾張だと遊女さんたちの待遇もだいぶ改善されていて、普通に休日もあって町を歩いていることもある。もちろん遊女街はあるが、そこを隔離とかしていないし。
ちなみに最高級の遊女屋は京の都の商人も驚く値段だとか。
人のこと言えないけど、成金のように一代で財を築いた商人は尾張に多いからね。そういう人が通っていると聞いたことがある。
風紀の乱れとか、武士の面目とか理由を付けて、領民の経済活動を阻害することはないしね。
「ちーち、おふね!」
「ああ、そうだねぇ」
熱田湊に来ると、多くの久遠船と恵比寿船が数隻いた。今では恵比寿船の接岸も出来るんだよね。熱田。舟橋を使ってだけど。
あちこちから船でやってきた旅人も多い。彼らは大型恵比寿船である大鯨船に驚き見入っているのが分かる。
「鉄道の敷設も進んでいるね」
「ええ、皆、励んでいますわ」
そのまま鉄道馬車用のレール敷設現場に行くと、職人と賦役の民が頑張っている様子が見られた。シンディも誇らしげだ。
鉄道馬車に関しては、熱田、津島、蟹江、那古野での設置が決まり、すでに工事が始まっているんだ。年内には一部で使えるようになるだろう。
清洲での運用実績と費用対効果など慎重に検討したんだけどね。短い区間でもいいから鉄道馬車がほしいという要望が多く、投資案件にしたいと私財の提供を申し出た商人も少なくない。
人乗大八車とか普及しているんだけどね。元の世界でも鉄道や新幹線を地方の人が欲しがったように、鉄道馬車がほしいという意見は根強い。
尾張だとすでに町単位での争いはないが、それでもライバル関係にあることに変わりはない。より豊かに、より便利に。そういう動きはあるんだ。
まあ、ウチの島を見た人が増えている影響で、久遠諸島のようにしたいという熱意があることも鉄道馬車人気の理由だが。
「ちーち、はーは、おなかすいた!」
「そろそろお昼かぁ。屋敷に戻ってご飯にしよう」
ああ、もうこんな時間か。お腹が空いたと急かす武尊丸に導かれるように、オレたちは熱田の屋敷に戻ることにする。
時の流れは早いね。武尊丸が、こんなに大きくなったんだから。
そのわりにうちの妻たちは若々しいんだけど。一部では、神仏の使いだからウチのみんなは若いんだと噂があるらしい。
ただ、お清ちゃんと千代女さんも同じく若々しい。それもあって久遠家には若さを保つ秘伝があるなんてことを言われてもいる。
噂ってのは面白いもんだね。














