第二千百九十六話・とある訓練
Side:季代子
奥羽の地も夏になっている。
今年も八戸と十三湊で花火を上げるべく支度をしているわ。三年目となる今年は、招待客に寺社も増えた。強訴もどきの始末を終えて、統治に関して合意したところとは関係改善が進んでいるのよね。
解決の立役者は、今、私の前にいる織田家に仕える寺社の者たちよ。
「さすがね。もっと早くお願いすればよかったわ」
「畏れ多いことでございます」
長々とごねて交渉だけしていた寺社が次々と決断している理由は、彼らの交渉が大きい。一揆の被害者葬儀を執り行ったあと、彼らが奥羽の寺社との交渉に加わると少しずつ流れが変わった。
硬軟織り交ぜながら意地を張っていた奥羽の寺社を陥落させている。
「皆の覚悟が伝わったのだと思うわ」
尾張だと、もう寺社も武士も一緒になって動いているのよね。宗派や寺社の形や対立がないとは言わない。とはいえ、みんなで国を豊かにしようというのは同じ。武士や私たちと一致結束した僧侶や神職の姿に折れる寺社が増えたわ。
いくらごねてもこちらは困らない。それが伝わったんだと思うわ。
まあ、地元の武士が寺社から距離を置いたことで、孤立して諦めたところも多いけど。なんだかんだ言いつつ、武士と寺社は共存していたものね。
無論、寺領の維持と守護使不入などがある、今までと同じ形でいいと続けているところもあるわ。それなりに資金力があるところは織田領の外から必要な物資を買っている。
地域の核が寺社で、近隣に領民があまり逃げない閉鎖的な地域などではそういう寺社も残っている。
無論、私としてはどちらでも構わないのよね。
「おそば、おそば、おそば……」
一仕事を終えて休憩していると、由衣子がそんなことを呟きながらやって来た。
「今日のお昼かしら?」
「うん、冷たくするべきか温かくするべきか」
相変わらずマイペースねぇ。まだ公開してないけど、妊娠の初期になる。数日後の船で産休の代理となる子が来る予定なのよねぇ。
それまで無理しないようにと言っているんだけど。
「温かいおそばにしたら? 今日はそこまで暑くないし」
「なら、そうする」
メニューが決まったのだろう。そのまま調理場に行った。侍女もいるし大丈夫か。
奥羽も平和になってきたわねぇ。
Side:久遠一馬
夏となり尾張では他国や領国からの観光客が増えている。もうすぐ熱田祭りだしね。
領内では寺社による旅館業が年月を追うごとに進化している。蟹江に織田家直営の大規模旅館を作ったけど、それを真似てサービスや料理で差別化を図るなどしているんだ。
圧倒的多数の一般的な領民でさえ、数年に一度の贅沢として花火見物に来ることがある。彼らは、それほどお金を落とすわけではないが、相部屋の雑魚寝で朝夕二食出すことで利益にはなる。薄利多売方式でそれなりに儲かる。
あとこの旅館業、寺社が一番喜んでいるのは、やはり寺社が賑わうことだ。清洲運動公園やその他にも火避け地兼憩いの場として公園を領内に整備していることもあって、寺社に集まる人が減りつつあった。
寺子屋と診療所の運営と旅館業が、織田領内の寺社の一般的な役割で、彼らの役目があることで穏便に寺社改革が進んでいる。
寺社同士の連携、人の貸し借り、宗派を超えてそういうことをするのが増えているんだ。
そんなこの日だが、時計塔の鐘がいつもと違うリズムで鳴らされた。危機を知らせるべく、素早いリズムで何度も鐘を鳴らすんだ。
今日は、数年前から行っている不定期の避難訓練なんだ。
「始まったか。みんな、落ち着いてね」
「はっ!」
商務の間で仕事をしているオレたちは、それを聞いて手を止めた。
ある家臣は状況確認のため部屋を出ていき、ある家臣は今日務めている人員を確認し始めた。
「申し上げます! 食堂付近より火の手があり! 風が強く周囲に延焼しております!!」
今回は火事の訓練か。オレも含めて具体的な内容は事前に知らされていない。ただ、訓練の日時だけは決めてしっかりと周知徹底しているけど。本当の火事とかと勘違いする人がいないように。
「近いな。なにも持たなくていい。避難しよう!」
商務の間には重要書類とかいろいろあるが、ひとまずは着の身着のまま、すべてそのままで避難する。
避難のルートと場所もあらかじめ複数決めており、というか清洲城の場合は周りに建物のない庭に避難することになっている。
オレたちは近い場所にある西洋風庭園に避難した。そこにはすでに斯波家と織田家の子供たちが乳母さんや傅役の人と一緒に避難していた。あと、清洲城に住むロボ一族も奉公人に抱えられて揃っている。
正直、そこまで緊張感があるわけではない。幼い子供たちは遊びかなと楽しげな子もいる。
「報告はまだか!」
「火消し隊、なにをしているのですか! 遅い!!」
緊張感があるのは雷鳥隊を差配するジャクリーヌと、火消し奉行を兼任しているセレスだ。
避難訓練、結構難しかったんだよね。形にするの。逃げる際に廊下で身分の高い人とかち合うと先を譲るかどうかとか、平伏するのかどうかとか。細かい決まり事を決めないと揉めるんだ。
ほんと、戦がどんどん減っていることで、こういう訓練とかが重要なんだ。
このあと、本当の火事なら、オレたちは子供たちを連れて城の外、安全なところまで避難するのだが、今日はここで訓練が終了となる。
ただ、西洋庭園に避難する予定の人たちが全員揃うまで二十分ほどかかった。清洲城内は広いので仕方ない部分もあるけど。早いとはいえないなぁ。
「エル、こんなものかな?」
「もっと訓練が必要ですよ」
オレたちは身分があるから避難するだけだが、多くの武士たちはそれぞれ役割がある。蔵の延焼を防ぐ役目とか、水で火を消す役目とか、延焼しそうな建物を壊す役目とか。城内勤務の火消し隊もいるので、彼らが差配するんだ。
ちなみに家宝やら主の刀やら捨て置いて逃げられないとかいう意見が根強くあったが、災害時は人命優先だとして決め事とした。
基本はなにも持たず逃げることが前提だ。
「ひとまず戻って報告書を書くか」
ジャクリーヌとセレスは報告を受けつつ、遅れた者や想定と違う行動をした者と話をしているが、オレたちの訓練は終わりだ。
あとは具体的にどう動いたか。改善点がないかなどを報告書にすることになる。
いや~、花火も近いので結構忙しいんだけどね。そういう時期に狙って訓練もしている。万が一があったら困るからね。
さてと、報告書、報告書。














