第二千百九十二話・新しい道を進む者
Side:久遠一馬
武田信虎さん、晴信さん、義信さんの三人が揃って甲斐に戻った。
因縁を終わらせるために。
基本、この手の因縁解決には当人たちが行なうもので、仲介者がいればその人がいろいろと骨を折ることがあるくらいだ。
労役を命じられていた穴山、小山田の両家の者たちも、この機に許されることになるので帰国している。
個人的には史実の武田家と比較すると感慨深いものがあるが。武田家滅亡のフラグをひとつひとつ解決した最後の、総仕上げという感じか。
因縁といえば、小笠原家の仁科さん。彼は小笠原家臣として働いている。どうなるのかなと少し気にしていたが、無難に勤めているようだ。
ただ、今日は、そんな小笠原長時さんと仁科盛康さんがウチに訪ねてきた。
「実は、仁科三社が許しを請いたいと使者を寄越しておりましてな」
長時さんから用件を聞いて、またかと思ったのは内緒だ。一応、顔には出していないはずだ。オレが顔に出すと面倒なことになるしね。
信濃で孤立無援の状態でありながら、本山である伊勢神宮と熊野大社の怒りを買ったことで、ほんとどうしていいか分からないらしい。
「大人しくしていてほしいんですけどね。まあ、当家としては仁科殿のお好きにして構いませんよ。ウルザたちもイザベラも、そこには口を挟みません」
仁科三社に個人的な恨みなどないが、拗れた神宮と熊野との関係どうするの? というのがある。自分たちだけ許されようとしている動きに不快感がある。
「内匠頭殿ならば、そう言われると思うたのだがな……」
長時さんも少し歯切れが悪い。神宮と熊野と拗れたたまま三社を許すと、今度は神宮と熊野がそれを理由に騒ぐだろう。関係を元に戻せと。
かといって、仁科三社に斯波と織田と神宮・熊野との仲介をしろというのは無理な話だ。
「許しても許さなくても仁科殿の立場は変わりませんから。お好きにされるといいかと。ただし、ウチとしては騒動の前から関わっておりません。織田家としては、独立したいというなら多分認められますが、厚遇しろとか言われても困るというのが現状ですかね」
諏訪神社のように相応に働くならいいけどさ。諏訪神社は末社を含めて時代相応に管理しつつ、ウルザたちが声を掛けるまで我慢していた。
仁科三社もそれを真似るか、中の人たちが自主的にあそこを去ることで、代わりの人を欲しいと言えば紹介はするだろう。そうして三社の主な人たちが総とっかえされると関係は改善される。
もちろん、仁科三社の人たちは許されるために動いているのであって、自分たちが犠牲になって三社を守るなんて気概がある人たちではないようだけど。
困ったなと思いつつ同席するエルとメルティを見ると、メルティにはなにか策があるようだ。
「許してもいいと思うわ。以後、遺恨なしとすれば仁科殿の面目はつぶれないわ。どのみち信濃には当分戻らないだろうし。以後は付き合いを減らせばいいわ。織田家やウチとの仲介は頼まれても出来ないと突き放せばいいだけよ」
「ああ、その手があったか。領内だと多いんだよね。そういうの」
長時さんと盛康さんは驚いた顔をして考え始めた。
寺社と武士の関わりは常に変化している。厚遇して寄進やなにやらとしていた武士が、所領がなくなったことで寺社と距離を置くのは織田家中だとよくある。
菩提寺、祈願寺なんかは別だが、地域の支配のために関係を持っていた寺社とは領地がなくなると深く関わるメリットが減る。
無論、騒ぎを起こすなんてことはしない。寄進額を減らしたり関わる機会を減らしたりと疎遠にしていくんだ。
そもそも人が余っているからと寺社に入れるということ自体、織田家だともうほとんど聞かないしね。やる気があるなら働く場はいくらでもある。
寺社からは斯波家や織田家、今回だと代官でもあるウチと仲介しろと頼まれたり、以前と同じく寄進を求めたりするが、寺社からの見返りが祈りやら味方するという抽象的なものだともう魅力がない。
人を預けることもないし、領地もないから実入りも変わらない。祈るならそれこそ菩提寺とかでいいわけで。
「生きるのに困るほど追い詰めていませんから。あとは三社で好きにされるといいかと」
体裁を整えるという名目で、自分たちの暮らしを常に周りと比較してよくしようとするのが名のある寺社だ。否定はしない。身分と権威至上主義の社会ではそんなものだ。
ただし、ウチとして関わるメリットはほぼない。俸禄は残したんだから、あとは好きにしてほしいとしか思えない。
Side:仁科盛康
久遠家の屋敷を出ると、ようやく一息つけた。家中で悪い話を聞かぬ御仁だが、道理に背く者には厳しいと聞いた通りか。
「殿、いかが致しましょう」
「わしが口を挟むことではないが許してよいのではないか? 許して離れてしまえということだ。三社を従えたいと思わぬのならばな」
「三社など、もう関わりとうございませぬ」
「ならば、道はひとつであろう。許さぬといつまでも付きまとわれるぞ」
確かにその通りかもしれぬ。されど、内匠頭殿も殿もなんと寺社に冷たいことか。そのことに驚きを禁じえぬ。
「そなた分かっておらぬな? わしは信濃の寺社など、そなたの亡き父よりも信じておらぬぞ。わしとて守護として相応に寺社を遇しておったのだ。それがいかがなった? そなたの父は致し方ないところもある。武田が相手ではな。ならば寺社は? 役にも立たぬ信濃の寺社など信じるに値せぬわ。祈るなどと称しても、なにひとつ成しておらぬからな」
「お許しになれぬと?」
「勘違いするな。許しておる。この際だ、教えておこう。許しの先にあるのは元の形ではない。因縁が終わったというだけ。そこからいかな誼を持ち付き合うかは別の話ぞ。領内を見てみろ、寺社などいくらでもある。そなたも己と仁科のためになる寺社を探せばよい」
武士が寺社を選ぶと? 確かに所領がない今、仁科三社にこだわる理由などないが。
「久遠の言葉に『自由』というものがある。己が思うままにするというような意味があるらしい。内匠頭殿はそれを重んじる。ただし、自由には責を持たねばならぬがな。己が決断に責を持つのだ。分かるな?」
「はっ、確と胆に銘じておきまする」
武士が寺社を捨て、選ぶ。恐ろしきことだ。されど、これで神仏の名で好き勝手する者らと縁が切れるか。
代官殿がわしと三社を捨て置いた理由がやっと分かった。それが分からぬわしは愚か者であったとしか言いようがない。
ともあれさっさと始末を付けるか。














