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永禄五年(1559年)

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第二千百九十一話・六角義賢の悩み

side:六角義賢


 吹き抜ける夏の風を受けつつ、紅茶を淹れる。夏場は冷やした紅茶が合うが、今日は涼しい故、熱い紅茶にした。


 招いたのは曙殿ら四人のみ。


「なにかお困りごとかしら?」


 差し出した紅茶を一口飲むと、曙殿から問われた。すべてお見通しということか。誰にも聞かせられぬ故、近習もすべて下げ、曙殿らの侍女らも下げてもらった。


「倅のことでな。情けない限りだが、他に話せる者がおらぬ」


 家中の者には聞かせられぬ。もし漏れるとお家騒動になりかねぬ故にな。申し訳ないが久遠の知恵を持つ者の考えが聞きたいのだ。


「倅は……六角を継ぐに相応しくないのではあるまいか?」


 息を呑むようにして語ったわしの言葉に、曙殿らは顔色ひとつ変えなんだ。


 わしも来年には四十になる。倅も元服し、家督を継がせることを考えねばならぬ頃だ。されど、世の変わり目である今、あの倅には六角の家督を任せるなど出来ることではない。


 父上と比べると見劣りするわしよりさらに劣る。武芸は人並だが、世も知らぬただのわっぱでしかない。


 上様をお支えし、三国同盟を堅持して次の世まで持ちこたえることなど夢のまた夢。


「十五だったわよね。同じ年頃の子たちと比べて劣るとは思えないわ。ご懸念は理解するけど……」


 確かに、元服したばかりの者など、あんなものであろう。ただ、六角が乱れれば日ノ本が乱れる。並みの男では駄目なのだ。日ノ本に来た頃の内匠頭殿のようになれとは言わぬ。とはいえ……。


「六角の家を傾けるわけにいかぬ。それに、倅では世を乱してしまうのではないか?」


「管領代殿、私たちを信じていただけるかしら?」


 紅茶と共に出した菓子を美味しそうに食した曙殿の言葉に、即座に頷いた。


「無論、信じる。故に打ち明けた」


「ならば、もう少し待ちましょう。誰しも初めから上手くやれるわけではないわ。才や器は確かにある。でもね、そんなものに頼るから乱世がなくならないと思うの。私たちはそのために学校を造り、多くの共に歩む者たちに力を貸しているわ。四郎殿はこれからよ。多くを学ぶのは」


 曙殿……。


 ふと、父上のことを思い出した。わしが若い頃は、父上によう叱られたものだ。だが、疎むことなく機会を与えてくれた。わしも同じことをせねばならぬのか。


 されど、六角にはそんな時がないと思えてしまうのだ。


「焦るのも分かる。尾張でも焦る者は多いのよ。今しかないと皆が思うから。私たちはむしろ急ぐ者を緩めることのほうが多い。そうね……、五年はほしいわね。育てましょう。六角の次代に相応しき当主を。及ばずながら私たちも力になるわ」


 なんとありがたい言葉か。それだけで涙が出そうになる。久遠には借りはあっても貸しなどないというのに。


「わしは、あと五年生きられるのであろうか?」


「冬、管領代殿は特に病とかないはずよね?」


「ええ、ないわよ。余命は天のみぞ知るというところかしら? 無論、日々の暮らしは気を許してほしくないけど」


 言葉が悪かったか。曙殿らが珍しく驚いた顔をされた。ただ、人の生死は分からぬもの故、万が一を思うと案じてしまうのだ。


「わしは、内匠頭殿や貴殿たちほど人が信じられぬのだ」


 病というよりは、いつ誰に命を奪われるか分からぬ身故に案じておるのだ。近習らや臣下を疑うわけではないがな。かというて、周りの者すべてを信じると言い切れるほどでもない。


 新しき形に変えることで恨まれておることも事実だ。


「管領代殿には少しばかり辛い役目を背負わせてしまっている。その感謝は忘れないわ。なにかあれば、我が殿と私たちで必ず六角は守るわ」


 そこまで言うてくれるのか。愚か者を変えてしまったほうが楽であろうに。


「子を育てることこそ大人の成すべきことか」


 久遠の教えの根底のひとつだ。織田学校の天竺殿が左様なことを教えておると聞いたことがある。


「あまり思いつめないでいいわ。時は六角の味方よ。ちょうど山狩りもあるしね。ひとつひとつ学ばれると思うわ」


 急いては事を仕損じるということか。それもまた正しかろうな。


 確かに、もう少し様子を見るべきか。


「かたじけない」


 なんとも難しき時を生きておるものよ。改めて親として、人としてあるべき姿を教えられたわ。




Side:久遠一馬


 暦は六月となり、季節は夏になっている。


 麦の収穫は大きな影響がなかったが、やはり冷夏のようだ。


 熱田と津島の祭りの支度をしつつ、海水浴や野営キャンプの計画も立てている。


 上皇陛下の御幸以降、花火は年二回、津島と熱田の祭りで打ち上げているのだが、相変わらず混雑が凄い。今年はどうなるんだろう。少し分散してほしいのが本音だ。


「警護衆、やっとまとまったか」


 懸念のひとつが解決しつつある。家柄・血筋・武功で内部争いをしていた警護衆が、やっと形になりつつあると報告が届いた。


「血の気の多い者たちは従えるまで苦労しますが、使える者たちですよ」


 セレスの言う通りだ。ただし、従えることが出来れば、という注釈が付くが。それが出来ないから争いになり戦になるんだよね。


 警護衆筆頭を吉岡さんにしたいっていうのは、義輝さんと三国同盟で一致していることだ。そういう意向を示したことや、夏が警護衆相手に指導をしてまとめているらしい。


「比べるとあれだけど、同じ勝手なことしているのでも伊勢殿と大違いだね」


「そこは比べてはダメだと思うわ」


 メルティに苦笑いされてしまった。まあ、そんな顔をされることを言ってしまったのは自覚している。


 警護衆と政所の伊勢家。同じように政権の意向を無視して勝手をしていたんだけど、警護衆のほうは内部で役に立たない権力争いをしているだけで、伊勢家は勝手をしても政治はしているんだよね。


 警護衆のほうはメンバーの入れ替えを含めて検討していたが、伊勢家はそこまでするほどこちらの邪魔をしていない。猪武者と政治家くらいの違いはあるだろう。


 近江政権との対立と三好家ばかりか細川氏綱さんが距離を開けたことで、京の都ですら味方が減っているんだけど。


 良くも悪くも無難に治めている。


 近江の奉行衆には相変わらず伊勢家への不満は多いが、伊勢貞孝さんは時がこちらの味方だと理解して動いているように思える。


 困った人でもあるんだけどねぇ。京の都に手を出したくない以上、価値が高い人だ。


 上皇陛下の近江御幸まではこのまま頑張ってほしい。政権基盤を固める時が要るし。


 もし、そんなこちらの思惑を察して動いているとしたら、彼の居場所は尾張で作ってもいい。近江政権だと扱いが面倒なんだよね。都落ち組が恨んでいるから。





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