第二千百九話・北畠家の改革・その二
Side:エリザベート(リースル)
大湊、宇治、山田と南伊勢の主要な商人が一堂に会する。織田領以外では、こういう機会は多くありません。
名目は北畠領の商人との友誼を深めるためとしておりますが、関係が悪化した神宮対策でもあり、この機会に北畠の改革を進めるためでもあります。
宇治と山田からは、神宮と尾張の関係悪化の影響で両町を訪れる人が減ったことで嘆願が上がっていましたから。
「世の移り変わりは早いものですなぁ」
「湊屋殿など立身出世しすぎて、公の席では迂闊に口も利けぬようになってしもうた」
「はて、わしは久遠家の一介の家臣に過ぎぬはずじゃが」
神宮との緊張関係が気になっていましたが、大湊の会合衆は表面上あまり変わることなく、湊屋殿と談笑しています。
久遠家家臣は、実際の身分と外での扱いが違いますからね。ただ、それすら話のタネとなり互いに変わりゆく中でも友誼を確かめる。商人もなかなかやりますね。
「さて、神宮のことじゃがの。当面はこのままであろう。知りたいことがあるならば遠慮なく問うてくれ。この場ならばわしとお方様がたで教えられる」
宇治山田の商人がまだ少し表情が硬いですが、頃合いと見た湊屋殿が此度の話の本題のひとつに切り込みました。これにはさすがの大湊の会合衆も驚き顔を見合わせています。
名を出すのも憚られるというのはあまりいい状況ではありません。
文化伝統歴史、結構なことです。ただ、私たちは私たちを信じてくれる者たちと共に歩まねばなりません。
「よいのか?」
「構わぬ。神宮の処遇に関しては、なにも言えんがの。民や我ら商人が困らぬようにするというのが守護様と清洲の大殿のご裁定である」
しかし、湊屋殿は頼もしくなりましたね。私たちが口を挟むことなく物事を進めてくれます。湊屋殿ひとりでもよかったのかもしれません。
北畠家の支援と改革には商人の協力が必須です。霧山の話し合いにもよりますが、恐らく改革が一気に進むでしょう。国人主体の領地を北畠領としてひとつにするのは商人の役目が大きいのです。
この機会に助言と細かい打ち合わせをしておきましょう。神宮にはおかしな動きをするだけの行動力はないと見ていますが、油断は禁物です。こちらは着々と足場を固めねばなりません。
Side:北畠具教
一馬がいるだけで物事が進む。皆も散々苦悩し迷い続けたことを、一馬が言うならばと決断するのだ。
口惜しいが、オレでは未だ一馬に及ばぬということか。
代々の所領や利を失いたくないのは誰もが同じ。ところが自ら利を差し出す一馬を前に己の利を惜しむは、戦場で命を惜しむようなものだと考えるようになる。
一馬にとって政と商いが槍であり鉄砲でもある。それは理解しておるが、それでもわしが出来ぬことをこうも容易く成してしまうと己の無力さを思い知らされる。
領内と織田の者に限り関所を開放する。それに合意すると、一馬は所領の治め方について語り始めた。
所領を差し出せと言うのではない。治め方を周囲と等しくすることから始めようというのだ。今までも似たような話をしたことがあるが、あまり上手くいっておらぬ。代々の積み重ねや些細な因縁、係争地の扱いなど、面倒事が次々と出てくるのだ。
「年貢に関しても本領、近くの村などは銭ではなく現物で納めることを考えていいと思います。間に商人などを挟んで銭にする手間がかからない分だけ、領民も武士も実入りがよくなります」
「それは分かるが……、商人がな。やつらは寺社と通じておる。下手なことをすればなにをされるか」
「それはこちらで納得させます。そのための商人組合です。関所の解放でそれ以上の利は与えるので異を唱える者はいませんよ」
名門北畠に仕えるという自負や面目を今も抱える者らが、一馬の言葉にただ押されるように従う。遅すぎると思うが、これでようやく変われる。
「後日、領地に関する銭の使い方を指南する者を寄越します。別に面目を捨てろとか清貧を旨としろなどと言いませんから。金色酒を好きなだけ飲んでもいいのですよ」
いつの間にか、皆が引き込まれるように話を聞いておる。一馬の怖いところだ。出来る加減を知っており、無理をさせぬ。いや、無理をすることを嫌がるほどだ。
「お酒を好きなだけ飲むのは、銭以前に体に悪いから駄目。長生きしたければ、相応に節制も必要」
「ああ、それは駄目だそうです。難しいですね」
ふふふ、一馬の言葉をケティが遮ると、すぐに訂正して申し訳なさげに笑った。その様子に誰からともなく控えめな笑いが起きる。
偶然か? 一馬とて間違うことがあると示したのか? いずれにしても場が和んで皆の肩の力が抜けたのが分かる。
「そうですね。そちらも指南する人を寄越しましょうか。病を防ぐのは日頃の暮らしが大切ですから。武芸と同じです」
そのまま家臣らから疑問が次々と出てくると、一馬はエルやケティらに助言を受けながらすべて答えていく。
こうして見ておると、神宮と対峙するほどの男に見えぬのだがな。
神宮相手にも引かぬ強さを見せたことで、皆が従う。神宮としては皮肉であろうな。
Side:久遠一馬
何年も友好を深めて人材の交流もしていた。その事実がようやく実を結びつつある。
今後は現地の実情に合わせて助言をする体制がいる。春たちが近江から離れられなくなったので、それは織田家家臣とオレたちでやるしかない。
晴具さんの近江訪問でだいぶ楽になったが、京の都や足利政権内のパワーバランスなど難しいことも多い。相応に力と権威がある者が睨みを利かせて助言が必要なんだ。
「一馬、御所を田丸に移したいと思うがいかがだ?」
この日の話し合いが終わると、具教さんと鳥屋尾さんなど数名だけが残り、夜の宴まで休憩となったが、具教さんから別の相談があった。
田丸城、田丸御所とも言われるところか。霧山御所より大湊に近い。
「いいと思いますよ。ご一族さえ納得されるなら」
時代、情勢が違うからなぁ。伊勢だと海が遠いことでデメリットが多くなった。新しく城を造るよりは田丸に本拠地を移したほうがいいのは確かだ。
御所、城。呼び方はどちらでもいいが、本拠地に籠って本領を中心に周辺の国人衆を従える形はオレたちが壊しちゃったからね。
大湊、宇治、山田に近い田丸に御所を移して、その三地域をひとつとして開発発展させるのがベストだろう。
まあ、言うほど簡単じゃないんだけど。
「内々に問うたが、異を唱える気はないようだ。相応に俸禄は与えねばならぬが、六角に先を越されたことは皆が面白うないこと故にな」
前古河公方である足利晴氏さんもそうだが、割とすっぱりと所領を切り捨てる人もいるんだよね。
北畠家の場合、大和と伊賀の一部とか従えている地域はそれなりに広いが、旧来の形で従えているだけなのでそこまでメリットがないんだよね。戦になった場合に動員出来る兵力としては役に立つが、国人土豪だとそれ以上の発展が望めない。
伊賀は足利に明け渡す予定であり大和は興福寺との兼ね合いからあまり変えられないものの、南伊勢は北畠領として領地整理をして統一した開発をしたい。
田丸移転は、そういう意味では新しいことを始める象徴的な一歩になるかもしれない。こっちでも出来ることを考えて協力しよう。
◆◆
永禄四年、十二月。斯波義信、織田信長、久遠一馬たちが南伊勢の霧山御所を訪れた。
同年の仁科騒動で伊勢神宮との関係が悪化したことに対する南伊勢の調整確認と、北畠の改革を後押しするためだと『織田統一記』に記されている。
これに合わせて織田家商人組合と大湊、宇治、山田の商人による会合も大湊で行われていて、伊勢神宮との関係断絶による商人や領民への影響を最小限に抑えるべく、織田家から支援がされることなど伝えた。
仁科騒動に関しては、伊勢神宮のお膝元であるそれらの町ですらも支持する声はあまり聞かれなかったと資料に散見しており、宇治山田の両町からは織田家商人組合に助けを求める要請が出ていたという記録が残っている。
北畠家に関しては表向きとして中立を維持していたものの、三国同盟の重鎮として権勢を誇っていた晴具が激怒したと『北畠記』には記されていて、伊勢神宮はほぼ孤立無援の状態だった。
ただ、この騒動は北畠家臣や従属国人には衝撃も大きかったらしく、斯波、織田、久遠は、朝廷や神宮が相手でも引かぬ時は引かぬと示したことでその覚悟を改めて理解し、改革の必要を感じたとある。
足利との婚礼を控えていた北畠としては、最早、南伊勢の一勢力として足元を見ていればいいという状況ではなくなっており、家中の者たちが一馬の助言の下で自ら率先して変わるべく動き出したのがこの時になる。
仁科騒動は織田家としても必ずしも望んだものではなかったが、北畠と南伊勢との関係に関してはむしろプラスとして働いており、特に奥方の面目を守るために神宮と決別を示した一馬の名は高まった。
メインでの活動はカクヨムです。
もし、私を助けていただける方は、そちらも、よろしくお願いします。
カクヨムにて『オリジナル版戦国時代に宇宙要塞でやって来ました。』と『改・戦国時代に宇宙要塞でやって来ました。』があります。
『オリジナル版』は、2418話まで、先行配信しております。
『改』は言葉、書き方、長期連載による齟齬などを微修正したものに、オマケ程度の加筆があるものです。
なお、『書籍版』の加筆修正とは別物であり、書籍版の内容とは違います。














