第二千八十八話・それぞれの初冬
書籍版、戦国時代に宇宙要塞でやって来ました。
9巻発売中です!!
書籍版限定の書下ろしエピソードを随所に入れていて、より広い世界観となるようにか書きました。
どうか、よろしくお願いいたします。
Side:ウルザ
「しばらく聞かないと思ったら、まだやっていたのね」
仁科三社と仁科家の争いにより死人が出た。そう報告をする佐々殿の顔つきも険しい。
仁科家と離れたい仁科三社と、三社は自家の勢力下だと考える仁科家。争いが水面下で続いていたのは知っているけど、偶発的な遭遇から口論となり、双方に死者が出るほどの争いをしでかした。
「こうしてみると諏訪殿はよく我慢したわね。取り立てた理由でもあるんだけど」
同じ寺社の問題に、顔色が悪い諏訪竺渓斎殿を気遣うようにヒルザが口を開いた。確かに諏訪はよく耐えたわ。大殿の怒りも買ってしまったから、私たちが使ってあげないと将来に渡って立場に影響が出かねないから取り立てたという理由もあるけど。
「お方様、勝手をする者を野放しには出来ませぬ。仁科と三社には罰を与えねばなりませぬ。いっそのこと所領を返してしまえばいかがでございましょう」
私とヒルザの心底迷惑そうな顔を察した武官のひとりが口を開いた。面倒見切れない。分国法に基づいて詮議して罰を与えねばならないが、そうなると両者の争いの仲裁も求められるかもしれないのよね。
連座というものが残るこの時代では、仁科家と三社の双方に処罰や俸禄の減俸が必要か。恨まれるなら放逐してしまえというのは、古参の本音なのよね。
武家と寺社の俸禄、これ領地の対価として与えているものだけど、厳密にはデリケートなものになる。領地を献上することで定められた俸禄を与えるが、これは未来永劫それを保証するものではない。功績があれば加増されるし、問題があれば減俸される。
それは一貫している。信濃だと織田の求めた働きに応じないと俸禄を減俸すると事前に明言してある。尾張の古参の武士や寺社は、後付けでこの条件が加えられたけど、皆が承諾したことよ。
不満ならば所領を返す。その話に異論を唱えることが出来た者はいないともいうけど。
実は土地の帰属問題はまだうやむやにしたままなのよね。朝廷との話し合いがいる案件だから。
武士にしても寺社にしても朝廷なり幕府から与えられた正当な土地と、違法行為や借金の形で取り上げて実効支配している土地などがあって、どこまで誰の土地かなんて織田家で関与していないのよ。
もっと言えば、朝廷や幕府とて先勢力から土地を奪っている。ここは自分たちの土地だという者は後を絶たないけど、どこまで遡って決めるのかと問うと結論が出ないのよね。
また、土地の献上に関しても、その時々で条件や扱いは微妙に違う。厳密には諸権利を放棄しないまま土地を提供した勢力もあれば、すべての権利を放棄して土地を提供したところもある。
信濃なんてほしくない織田家では、この地は厳しい条件を突き付けている。仁科と三社は権利を放棄したはずだったんだけど。
「そうね。どちらにしても面倒なら返していいわね。小笠原殿、いかがかしら?」
ただ、仁科は現在、小笠原家家臣なのよね。当主である大膳大夫殿は尾張にいるので、弟の民部大輔に問う。
「兄上からは一切をお方様にお任せすると言われております。某は構わぬと思いまするが……」
異論とまでは言わないけど、迷う。そんな顔ね。
一部の荒れた寺社の内情が知られるようになったことで、織田家では寺社を厄介者として見る者が増えた。特にこの件は双方の言い分に一定の正当性があり、どちらに有利な裁定をしても恨みが残る。
実は大膳大夫殿とは尾張でこの件を話してあるのよね。大膳大夫殿が仲介するならそれでいいから。
ただ、大膳大夫殿は、仁科と三社をどうでもいいとしか考えていなかった。もっと言うと信濃という守護を務めた国と従った国人たちに情もなにもない。
清洲にて尾張流、久遠流の礼法指南を上手くやっていることもあり、己が身一つあれば小笠原家は生きていける。あとはどうとでもなっていいと考えている節さえある。
弟である民部大輔殿のことは案じていたけどね。表に出さないものの、信濃に対する恨みは消えたわけではない。
「どちらにしても誰もが納得することはないわね。いいわ。仁科家と三社には騒動の罰として所領を返還し、織田家との主従関係を解消します。自分たちで生きていくといいわ」
もう北信濃も臣従したので見せしめも要らないんだけどね。甘い顔をすると因縁や係争地の調停を求めて、恨まれ役をこちらに求めるようになる。
悪いけど、そこまでして在地の勢力に配慮をする必要はないわ。
私は司令ほど人々を甘やかすつもりはない。
Side:季代子
九月もそろそろ終わる頃。奥羽は冬になっているわ。
牛頭馬頭殿へ官位を与えたいと朝廷から打診があったと知らせ届いた。シルバーンからの報告もあったので私たちは知っている話なんだけど。
「官位でございますか……」
素直に喜ぶほどじゃないか。複雑な心境を隠しもしないわね。
「朝敵から許したので活躍した。そう思いたいのでしょうね。よかったじゃない」
朝廷の得意技、掌返し。歴史として知ってはいるけど、こうして現実のこととして遭遇すると呆れるしかないわね。
まあ、源義経の故事もある。これで楠木家が安泰というわけではないけど。
「お方様、守護様と大殿はなんと?」
牛頭馬頭殿が聞きにくいであろう尾張の本音を三左衛門殿が問うてきた。まあ、結局はそっちよね。気になるのは。
「いずれでもいいそうよ。楠木殿の功は大きいけど、朝廷との懸案に楠木家を巻き込むつもりはないわ。これは我が殿の意思でもある」
「ならば、お受けになれますな」
三左衛門殿を筆頭に尾張から来ている者たちが安堵した。やはり楠木家は目立つものね。官位を得て家中で困った立場にならないかと案じたのよ。
実はここ数年は正式に官位を求める者がいないのよね。朝廷との関係が難しくなったことと守護様がもう官位を無用と言ったことが知られているから。
織田家としては止めていないものの、空気を読んで正式な官位が欲しいとは言わなくなった。無論、代々名乗る官位を私称することはあるけど。
ただ、奥羽衆はいまひとつピンとこない人もいる。
「院の蔵人の件でございますか?」
浪岡殿が代表するように問うので教えてあげないと駄目ね。朝廷との経緯を。
「他にもいろいろとあったのよ。特に我が殿は立場が難しいから。斯波家と織田家を巻き込んだことは申し訳ないと思っているわ」
根底にあるひとつの問題は間違いなく私たちになる。外国人、悪く言うと侵略者。ただ、人々は朝廷より私たちを求めてくれた。
事情を話すと浪岡殿もまた考え込むように無言になった。
「断れば、また恨まれるのでは?」
代わりに口を開いたのは三戸殿だった。さすがね。遥か奥羽にいてもそこまで察するなんて。意外と出来ないことよ。価値観も暮らしもまるで違う。
「かもしれないわね。でも構わないわよ。楠木家は斯波と織田と久遠で守るわ。なにがあろうと。特に我が殿は甘いとよく言われるけどね。身内を害されることを誰よりも嫌う。三河の本證寺、伊勢の無量寿院。寺社であっても引かなかったわ。朝廷でも同じよ」
三左衛門殿が少し懐かしそうな顔をした。しばらく尾張に戻っていないものね。
司令は相変わらずだものね。未だに心配されることが多い。優しさが付け入る隙を与えるからと。
実情を理解しているのは、まだまだ少数派。朝廷というならば近衛公は理解しているようだけど。
「少し考えとうございます」
「ええ、いいわ。一族に文を出して話してもいい。あくまでも内々の打診よ。急がないから」
喜びも悲しみも怒りもない。牛頭馬頭殿はなにを思い考えたいと思ったのだろう。
答えは遠くないうちに聞けるかしらね。
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カクヨムにて『オリジナル版戦国時代に宇宙要塞でやって来ました。』と『改・戦国時代に宇宙要塞でやって来ました。』があります。
『オリジナル版』は、2323話まで、先行配信しております。
『改』は言葉、書き方、長期連載による齟齬などを微修正したものに、オマケ程度の加筆があるものです。
なお、『書籍版』の加筆修正とは別物であり、書籍版の内容とは違います。














