第二千八十四話・上手くいくこと、上手くいかないこと
書籍版、戦国時代に宇宙要塞でやって来ました。
第9巻、書籍版、電子書籍版ともに本日発売になります!
地域によって数日のおくれがあります。各自ご確認ください。
書籍版限定の書下ろしエピソードを随所に入れていて、より広い世界観となるようにか書きました。
どうか、よろしくお願いいたします。
活動報告に書籍版発売のお礼としてわずかな短編SSを掲載しております。
良かったらどうぞ。
Side:セルフィーユ
北からの船でリンゴ酒と一緒にジャムがいくつか届きました。ガラス瓶に封をしたもので、味と保存状態などをテストするため実際に送ってきた品です。
「お方様、これはなにか違いがあるのでございますか?」
牧場の孤児院の台所で届いたジャムの外見を確かめていると、侍女と料理番の者たちが興味深げに見ています。ジャム自体は初めてではないものの、色合いなども違うことから同じものに見えないのでしょうね。
「ええ、りんごの品種も違いますし、こちらは砂糖のみですが、こちらはリンゴ酒を入れて作り、さらにりんご酒に漬けたものになりますわ」
皆で少しずつ味見をしてみましょうか。
「これは……」
「なんとも贅沢な……」
「甘い」
顔を見るだけで分かるほど、どれも評判はいいですね。ただ、そんな私たちを見ている子たちがいました。
「なにそれ?」
「おいしいの!?」
ちょうど仕事のお手伝いを終えて戻ってくる時間でしたね。
「遥か北の地で作ったリンゴの甘煮よ。あとでお菓子にして皆で食べましょうね」
もともとここに届いた分は、孤児院のみんなと食べる分になる。それを教えると子供たちは嬉しそうに駆けていった。
「これは売れば高値になりましょうね」
「そうね。でも、すでにウチの商いで売っている品は多いから。仮に売ったとしても他の品を買う量を減らして買うことになるでしょうね。利はあまり変わらないわ。私としてはみんなが食べられる値で売りたいんだけど」
侍女のひとりは甘味の価値をまだ理解出来てない子たちを微笑ましげに見ているけど、商いの利益という意味では十分なのよね。バランスを考えない交易なんて騒動の原因だし。
とはいえ、食生活を考えると領内には広めたいんだけど。砂糖よりさらに高値になると買える人は限られているわね。
ネックは硝子瓶の製造かしら? 缶詰の試作もしていたはず。どうなっているか確認してみようかしらね。
「まだ難しゅうございましょう。砂糖がようやく領内で使われるようになっておるところ。祝いの日に甘い菓子が食えると皆が喜んでおります。それも昔はありえなんだこと」
年配者は懐かしそうに目を細めて、現状の豊かさと変化を語ってくれた。
領民向けの砂糖は、今も利益なんてない状態で売っている。そのことは領民ですら、とっくに気付いている。
その影響は計り知れない。この十年で、人々がウチの努力を知った結果、なにか買うならウチの品を買いたい。久遠様の荷だからと、新しい品なども売り出すとすぐに売れてしまうほど。
薄利多売。そんな認識すらない領民ですら、ウチの品を買ってくれるのよね。そののおかげで久遠家の商いは表向きも利益が出ている。
まあ、おかげで畿内から流れてくる品が驚くほど売れなくなりつつあるけど。
かつて、村や一族ごとにあった結束の強さは、尾張、織田領という形で今もある。司令とエルたちは交易のバランスに悩んでいるけど、織田領の人々もまた彼らなりに悩み、一緒に生きていこうと考えてくれている。
ケティの衛生指導や私の食生活指南。ここらはこちらが驚くほど皆、忠実に守ってくれるようになった。
史実や歴史を参考にすると、もっと反発や長い時間が必要だと思ったんだけどね。
「それじゃ、お菓子を作りましょうか」
待ちきれない子供たちが騒ぐ前にお菓子作りを始めよう。どんな笑顔で食べてくれるのか楽しみにしつつ。
Side:久遠一馬
「今川殿を駿河に戻してよかったなぁ」
駿河からの報告書がある。噓偽りない報告書には様々な成果や懸念が書かれているが、その内容に思わず笑みが零れたかもしれない。
難しい土地なんだ。駿河は。織田領の領境はどこも難しい。特に街道がある不破関や鈴鹿関など。不破関はウルザとヒルザが滞在して手を貸していたし、鈴鹿関は春たちが手を貸していた。
正直、東海道がある駿河も妻たちの誰かを派遣することを真剣に検討した過去がある。
「長いこと織田と対峙した経験ね。雪斎殿の努力は無駄ではなかったわ」
メルティも安心した様子だ。関東は相変わらず情勢が混沌としているんだよね。史実にない前古河公方である足利晴氏さんの近江出仕。この影響がかなりある。
反北条かと思ったが、古河公方家を脅かす者を敵としていただけのようだ。北条が消えても今度は上杉と争うような。
また古河公方家としても北条と上杉、その他血縁や地縁で家臣や国人たちが己の損得や縁で独自に動いているところがあり面倒になっている。
そんな関東と接する駿河はやはり難しい。そういう意味では、織田家中での義元さんの評価は高まるばかりだ。
正直、彼を隠居させないで使うのはいいけど、駿河ではなく清洲のほうがいいのではという意見も多かった。臣従したあとに裏切りや独立されたら面倒だという考えからで、それも間違ってはいない。
義元さんの処遇、オレが各方面にお願いして決めたことだからなぁ。
事実上エルたちと対峙したことで、今川家は臣従前にはいいところがあまり見えていなかったんだ。
駿河が揺れると関東情勢にも影響を与える。そういう意味では義元さんは十二分に代官として評価していい。
まあ、試練は来年の飢饉なんだけど。
飢饉に関しては、オレたちにも誤算があった。馬鈴薯ことジャガイモと小豆芋ことサツマイモ。それととうもろこし。この三つは飢饉対策の切り札だったんだけど、当初の計画より大幅に作付面積を増やせなかった。
領外に漏れる懸念、これがなにより大きい。漏れてもいいと話して増やす方向にもっていきたかったんだけど、結果として実行出来なかった。
久遠家の富や技を守れという意思が、想定より遥かに強いんだ。いつくるか分からない飢饉よりウチを守る。この時代だと当然の優先順位で、本気でその覚悟を決めた皆さんの意思を覆すことが出来なかったからなぁ。
「かずまー!」
いろいろと思案しつつ仕事をしていると、吉法師君がオレを呼ぶ声がする。今日は清洲城に来ていたのか。少し休憩して一緒に遊んであげようかな。
メインでの活動はカクヨムです。
もし、私を助けていただける方は、そちらも、どうかよろしくお願いします。
カクヨムにて『オリジナル版戦国時代に宇宙要塞でやって来ました。』と『改・戦国時代に宇宙要塞でやって来ました。』があります。
『オリジナル版』は、2315話まで、先行配信しております。
『改』は言葉、書き方、長期連載による齟齬などを微修正したものに、オマケ程度の加筆があるものです。
なお、『書籍版』の加筆修正とは別物であり、書籍版の内容とは違います。














