第二千七十九話・懸念としらがみ
書籍版、戦国時代に宇宙要塞でやって来ました。
9巻、6月20日発売になります。
書籍版限定の書下ろしエピソードを随所に入れていて、より広い世界観となるようにか書きました。
どうか、よろしくお願いいたします。
Side:久遠一馬
武芸大会の競技は終わったが、蟹江、津島、熱田の会場で行われている文化工芸関連の展示は、大会終了後も数日間は続けることになっている。
それと、那古野では武芸大会が終わると文化祭の準備が本格化する。やはり娯楽が少ない時代なだけにこの手のイベントは貴重なんだよね。
大会の余韻がまだ残る清洲城だが、懸案になりそうな報告が上がったので、急遽、寺社奉行と家老衆とオレたちが集まった。
「熊野か……」
武芸大会見物に訪れていた熊野三社の関係者が、尾張における寺社の状況を詳細に調べていると報告があったんだ。
前々からこちらの状況を探るくらいはしているものの、織田家と寺社との具体的な関係や領民や信者の状況など、細かいところを旧知の者に聞いて歩いている。
室町時代だと割と有名な寺社になる熊野だが、戦乱が続き訪れる者は少ないらしいからなぁ。
「祈るのに坊主は要らぬと言うておる民の声を聞き、恐れおののいたとか」
彼らが訪ねた旧知の者から臣従を考えているのではと報告が上がったんだが、その理由を教えてくれたのは寺社奉行の堀田さんだ。
祈ることと坊主と寺社は無関係って価値観、これオレたちが原因で広まったんだよな。無論、積極的に広めた覚えはない。ただ、親しい人とかに言ったことが領民にも広まってしまった。
尾張に来て十年を超えたんだ。いろいろと変わるのは仕方ないことだろう。ただ、そこまで価値観が変わっていることに熊野の人たちが驚いたってところか。
「もう寺社は要らぬという者は家中に多いぞ。祈る先は間に合っておるのだ。何故、我らが苦労して得ておる銭を与え、荒れた領地の面倒を見てやらねばならぬのだ。しかも頭を下げねば不満に思うのであろう?」
家老衆のひとりは、明らかに迷惑だと言いたげな顔をして本音をぶちまけた。
うん、祈る先は間に合っているよね。寺社奉行の堀田さんと千秋さんはなんとも言えない顔をするが、反論までする気はないようだ。
「それとは別ですが、熊野水軍もあれこれと嘆願が多いです。船を出してほしいとか、あれが欲しいとかこれが欲しいとか」
オレからは熊野水軍関連の報告をするが、こちらも相変わらずだなというところだ。
付き合いもある。敵対していないし、以前から相応に配慮をしている。とはいえ格差は開く一方で、お願いベースの嘆願がどんどん増えている。
言い方があれだけど、半従属水軍だからね。熊野は。嘆願がある分だけ、こちらのお願いはそのまま聞いてくれる。海上ルールとか、商いに関するお願いとか。
数年前までは堺とかに荷を細々と売っていたこともあるんだけどね。無量寿院の一件の前後にそれも止めてしまった。
最近だと熊野の立地でこちらと争っても、なにひとつ得をしないと開き直っている節すらある。あそこでおかしなことをすると、海路を使う東国と畿内の双方から恨まれるからなぁ。
尾張では、体裁や面目を守りたいなら自力で生きろと突き放す意見が増えている。あまりいい傾向じゃないんだけどね。これ入れ替わるように、名のある寺社があれこれと要求してくることがここ数年続いていたからだと思うけど。
きりがない。いい加減にしてほしい。割とそんな意見が多い。
「懸念は近衛と朝廷であろう?」
否定的な意見が多い中、無言だった佐久間さんが口を開いた。
まあ、熊野にそこまで悪気はない。今までも問題は起こしてないし。そんな熊野を警戒しているのは、熊野三山を事実上支配しているのが京の都にある熊野三山検校だからだ。
現在のトップは近衛さんの息子である道澄という人物になる。紀伊の端っこにある熊野のことで、また京の都と尾張の軋轢になるかってね。
近衛さんの困った顔が見えるようだ。近江御幸の一件だけでも大変な時だが、熊野が望めば仲介しないわけにいかないだろうし。
既得権の大元となるひとつだからなぁ。近衛家。
「様子見しかないでしょうね。話を聞く限りだと一部の者が勝手に動いているだけのようですし。船を出す話も当面は難しいと突き放すしかないでしょう」
申し訳ないが、近江御幸の前に騒動は御免だ。とはいえ、こちらから折れて温かく迎えることも難しい。
もう織田家中だと寺社は面倒な相手としか見ていない。極端な時代だけに、もう坊主に頭を下げるのも嫌だという人までいるくらいだ。
最近だと寺社の内情が聞こえてくることもあって、戒律を守らないところには与えている俸禄を削れという声さえある。揉めることが分かっているから押しとどめているけど。
実際、臣従した寺社もすべて上手くいっているわけじゃないしね。武士が割とすんなりと新しい体制に順応しているだけに、寺社の厄介さばかりが目立ち始めた。
とりあえず様子見だ。こちらは今まで通り、領内を治めることが優先だからね。
Side:近衛稙家
こちらも院の近江御幸でまとまった。内匠頭にあれほど骨を折らせておきながら、吾らが潰すなど出来ぬこと。心底安堵したわ。
ただ、院は吾が無理押ししたのではと案じておられたがな。
「流石は近衛公としか言いようがないな」
この日は二条公の屋敷を訪れ、諸事の話をしておるが、世辞ではない。本心であろう様子でそう言われた。喜んでいいのか、嘆けばいいのか。
あと言うておかねばならぬことは……。あのことか。
「二条公、わしにもしもの時は、そなたが尾張との間を取り持て。内匠頭には内々に言うてきた」
「なっ……」
初めて見るほど驚いた顔をされた。まあ、常ならばあり得ぬことじゃからの。紡いだ縁を同じく公卿とはいえ他家に継がせるなど。わしのほうが苦笑いを見せてしもうたかもしれぬ。
ただ、今の倅では任せられぬ。
「難しきことは必ず直に会うて話せ。共に知恵を絞り、争わぬ道を見つけることが朝廷の残るべき道と思うてくれ」
倅もそこまで愚かではないと思いたい。されど、あれは今しばらく苦労をせねば理解致さぬであろう。
「いずこか悪いのか?」
「いや、左様なことはない。ただ、若くないからの」
あからさまに安堵した顔をされた。今は懸念などないが、少しずつ二条公に任せることをしてもいいのではと思うところはある。
「胆が冷えたわ。今、近衛公になにかあると困る」
「ふふふ、内匠頭にも言われたわ。左様に思うそなたならば、内匠頭も心を開き知恵を貸してくれよう」
これでよい。我ら公卿が朝廷を滅ぼすなどという大罪を犯すことだけは避けられよう。なにかあっても内匠頭が上手く取り計らってくれるはずじゃ。
無論、内匠頭のつくる世をこの目で見るつもりじゃがの。あと二十年、いや十年でよい。そこまで生きれば見えてくるはず。
体に気をつけねばならぬの。少し酒を控えるか。
メインでの活動はカクヨムです。
もし、私を助けていただける方は、そちらも、どうかよろしくお願いします。
カクヨムにて『オリジナル版戦国時代に宇宙要塞でやって来ました。』と『改・戦国時代に宇宙要塞でやって来ました。』があります。
『オリジナル版』は、2311話まで、先行配信しております。
『改』は言葉、書き方、長期連載による齟齬などを微修正したものに、オマケ程度の加筆があるものです。
なお、『書籍版』の加筆修正とは別物であり、書籍版の内容とは違います。














