第二千七十二話・第十一回武芸大会・その八
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Side:三好之虎(実休)
再開した武芸大会を見ながら、この数日のことを改めて思う。
武衛様や弾正殿でさえも止められぬほど喜び騒ぐ民、次から次へと祝いに駆け付ける諸勢力の者ら、誰もが望むであろう国の在り方を教えられた気がするわ。
細川とて、乱を起こすことはあれど畿内を治めておったはず。何故、かように違いが生まれたのか。そればかり考えてしまう。
都に上り畿内を制してこそ天下を制すると言える。ところが斯波と織田はそれを拒み、己が領国で天下を作り上げてしもうた。
左様なことをつらつらと考えておると、ひとりの女が見物席に姿を見せた。
「久遠シンディと申します。よろしければ茶でもいかがでございましょう」
この者があの……。
「おお、是非お願いしたい。実は某、茶の湯を嗜んでおりましてな」
立ち居振る舞いからして違う。噂通り、いや、それ以上か。
もともと久遠は日ノ本の外の出だ。いずこにも属さず己が力で生きておるという。それもあってか、院が桔梗殿に茶の湯の指南を受けたという話はすでに諸国に広まっておる。
京の都や堺では侘び寂びの茶の湯もあり、そちらも嗜むが、尾張より得た茶器と茶葉で嗜む尾張流の茶の湯もわしとしては好みと言えよう。
ふわりと紅茶の香りがすると、目を閉じる。この香りがよいのだ。穢れた己の体を癒すような、そんな気になるほど。
では、頂くとしよう。
「ふむ、やはり味が違うな」
「三好家にお譲りしている茶葉は上物でございます。されど、淹れ方やわずかな加減で味が変わるものですわ」
賑やかな場だというのに、なんと心落ち着くものだ。
わしは堺の会合衆と侘び寂びの茶の湯を共にしたことがあるが、あちらは狭い茶室で茶の湯を嗜み、俗世を忘れようとしておるように思える。
悪いとは思わぬが、こうして尾張流を知ると同じ茶の湯であろうにまったく違うモノを見ておることが分かる。
あるがままに受け入れる。己の美の押し付けもない。俗世も世もすべてそのままに茶の湯を楽しむか。堺如きに勝てる相手ではないな。
「よろしければ無形の極意、お教え願いたい」
「ええ、構いませんわ。いずれ日を改めて」
悩むことなく承諾し微笑む桔梗殿に、尾張と久遠の奥深さを知る。
これは兄上でも勝てぬな。戦は戦ってみねば分からぬが、政では到底敵わぬ。
楽しむどころではないぞ。兄上。承知でわしを送り出したのであろうがな。
Side:十河一存
細川の殿に招かれても気を許すことなどなかった兄上が、桔梗殿の茶を飲み嬉しそうに笑った。まるで幼き頃のように。
面白い国だ。違う。我らの知る日ノ本とはあまりに違う。
もっとも、わしは茶の湯よりも試合のほうが好みだがな。
手加減しておる者も技を出し惜しみしておる者など誰一人おらぬ。手の内を明かし全力で挑む。なんと羨ましきことか。
畿内ではとても真似出来ぬことだ。下手に勝つと敗れし者と因縁が生まれ、諍いが起きると、そのまま戦になることもあり得る。
坊主であっても口論から兵を挙げるのが今の世なのだ。
故にわしは……。
「挑んでみたいものだな。己の武がいずこまで通じるか……」
「ほう、それは面白い。三好の武、示してみられるか?」
思わず口に出てしまった言葉が弾正殿の耳に入ってしまったらしい。周囲の目がわしに向く。
確かに試してみたい。されど、この場に出ておる者は予選なるもので戦い勝ち抜いた者だとか。わしが横から出しゃばるのはようあるまい。
「そう難しく考えずともよかろう。模範を見せると思えばな」
わしの心情を察したのか弾正殿は驚くべきことを口にした。模範か、確かにそれならば……。
茶の湯を楽しむ兄上をちらりと見たが、困った奴だと言いたげな顔をされたものの、止めろという様子ではない。
「お願い致してもよろしいか?」
「無論、歓迎する。武芸大会はな、武芸を好む者ならば誰であれ拒むことがない。それに鬼十河の武勇は是非見たいと思うておったところよ」
敗れれば三好の武を侮られるか? 面目が立たぬか? 正直、わしは左様なことで臆する気などない。
武芸大会とやらに花を添えてやろうではないか。
Side:久遠一馬
数日ぶりに再開した武芸大会は大盛り上がりだ。
中断した三日間は、清洲・那古野・蟹江・津島・熱田と主要な町が大賑わいとなり、美濃の井ノ口でやっている農産物の展示会も人出が増えたと報告がある。
詳しくは報告書待ちだけど、出場者の休息も考慮して間に休息日を設けることを検討してもいいかもしれない。
経済的・文化的なメリットが大きそうなんだよね。
オレは今、ひとつの試合を見に来ている。去年、大きな騒ぎとなった武田と今川の模擬戦による対戦が今年もあるんだ。
それなりに出場するチームが多いのにまた当たった。くじ運が悪いんだろうか?
「やれー!」
「押し込め!!」
ちょっと心配になって見にきたんだけど、余計な心配だったみだいだね。試合は白熱していて、領民が双方を応援して熱狂しているくらいだ。
正直、多少荒れるくらいならたまにあるし、誰も気にしないんだよね。後々、因縁とか根に持つから心配するんだけど。それがないならこの時代の人にとっては許容範囲内だ。
「双方ともにやるわね」
試合運びに一緒にいる春が少し驚いたみたい。去年よりも洗練されているし、尾張流の用兵をきちんと理解した上での動きだからだろう。
大将は今年も武田義信さんと今川氏真さんだ。義信さんは武官に属しているから理解するけど、今川氏真さんは外務に属しているんだけどね。
「ふたりとも用兵を学んでいたのでござる」
「頑張っていたのですよ」
すずとチェリーの言うとおり、ふたりともこの一年で尾張のことをいろいろと学んでいる。それぞれ役職と立場があるものの、仕事の合間とかに武芸や用兵を学ぶのは禁じていないし割とみんなしていることだ。
勝手な戦は出来ない。ただ、武士として戦は忘れたくないし勝ちたい。みんな頑張っているんだよなぁ。
「あっ!? 捨て身で総掛かりか?」
「オフコース!」
「一か八かの大勝負もありなのです!」
会場がどよめいたのは今川方が捨て身の攻めに転じたからだろう。タイミングも悪くない。
武田方は予期せぬ攻めに動揺し立て直しを図るが、そうはさせぬと総掛かりで突っ込んでいる。
試合は今川が押し切って勝った。去年の借りを返したようだ。
今日一番の歓声に思える大声援が、双方を惜しみなく称える声として聞こえてくる。こういう大胆な試合は盛り上がるんだよね。
末代まで呪う因縁から、共に切磋琢磨する因縁に変わる第一歩になるかな? そうなればいいんだけどね。
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