第二千六十七話・第十一回武芸大会・その七
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Side:熊野の僧
同門の者らと尾張に来ておる。
ここ数日で清洲と熱田を見て回り、今日は津島に来ておるが……、津島神社に集まる人の多さに羨んでしまう。
かつては諸国から熊野詣に参る者が多かったとされるが、度重なる戦乱などもあり訪れる者が減る一方だ。
乱世故、致し方ない。皆がそう思うておったが、風向きが変わったのはここ尾張からだ。戦を避けつつも新しき政と銭の力にて周囲の国々を屈服させて従えている。
それは寺社とて例外ではない。
勢いのある一向宗の本證寺でさえ一夜で滅ぼしてしまい、真宗の本山である伊勢無量寿院には帝の勅まで得たうえ討伐をしており、敵対しておった坊主をすべて日ノ本から追放してしまった。
恐ろしいとしか言いようがない。天も恐れぬ無法者かとさえ囁く者がおるが、尾張の地に来るとその世評はまったく違う。
民は仏の弾正忠を崇め祈り、織田と共にある寺社を信じ詣でるのだ。
「神宮も尾張に従い随分と賑わっておるが……」
「勝てぬ故、従うておるだけであろう。そう思いたい」
共に参った者と顔を見合わせてため息が漏れる。よう分からぬうちに世の流れが変わってしもうたのだ。
気が付けば、我らでさえ困るような有様だ。熊野より尾張に近い伊勢の神宮では早くから織田と通じておったこともあり、羨むほど厚遇されておる。
海路で船が行き来しており、織田の地から多くの者が神宮を詣でておるとか。
「神宮は織田様や久遠様が詣でたことでも知られておりますので……」
案内役の者が我らの心情を察しつつ、神宮が賑わうわけを口にした。
古き権威でも御師が人を集めておるわけでもない。織田と久遠に認められねば民の信が集まらぬのか。
俗世の穢れた武士が寺社より信を集める。まさかかような世が来るとはな。
「ああ、なんともよき書画ばかりか」
津島神社にて見せておるのは書画か。名のある者から聞いても知らぬ者まで様々あるが、かような形で見比べることが出来るのはなんともよいものじゃ。
「これが噂の……」
一際、人が集まっておる書画がある。水墨画であろう。なかなかのもので確かに見惚れるのも分かる。されど、見ておる者らの言葉が少し気になり声を掛けてみる。
「もし、噂とはなんのことか教えてくれぬか?」
「お坊様がご存じか分からぬが、留吉様が弟子に取った子が描いたものなのでございます。まだ十を過ぎたばかりの娘だとか」
「なんと!? これを描いたのが左様な歳の娘か!!」
改めて見てみるが、まことかと疑いたくなる。この者が我らを謀っておるのではと疑いたくなる出来だ。我らは書画を見ることもある立場じゃ。その我らから見ても見事としか思えぬ。
「親も市井の者だからなぁ。尾張以外だと絵なんて描かせてもらえねえだろ」
身震いしてしもうたかもしれぬ。この国は、我らと違う。あまりに違い過ぎる。
人々は無益な争いをせず、領主を信じ、従う寺社を信じる。才ある者が見出され、世のために生きておる。
ここはまことに仏の国なのか?
Side:久遠一馬
義信君の正室である稲さんの陣痛が始まったと知らせが届いた。ただ、武芸大会は続けるようにと事前に決めている。これは義統さんの意思だ。
まあ、陣痛が始まったという知らせは隠すことはないし、出産のお祝いをするために皆さん走り回っているからすぐに領民にも知られるだろう。
「ちょうど始まるところだね」
そんな状況だが、見逃せない試合がある。鉄砲の種目に明智光秀さんが出ているんだ。
なるべく家中のみんなの試合は見に行くことにしているけど、元の世界の歴史を知る身としてはこの試合に注目してしまう。
道三さんが生きていることもあって、彼は斎藤家家臣として現在は織田家に出向している。
今まで武芸大会に出てこなかったんだけど、今回は何故か出ているんだよね。
無論、出場するかしないかは自由だ。そこの理由を気にしているわけではない。とはいえ、彼には史実の本能寺の変の件があるからね。
「相当鍛練を積んでいるわね」
一緒にいる春は、鉄砲を構えた光秀さんに少し厳しい目を向けている気がした。敵視しているわけではない。見極めてやろうという感じかな。
鉄砲や弓の競技は、不思議と構えると見物する人たちが静かになる。これ誰か指摘して指導でもしたんだろうか?
しばしの間が空いて射撃音がすると、観客が一斉に沸いた。
中心付近に命中しているな。
元の世界ではいいイメージと悪いイメージの双方があった人だ。一次資料や俗説から生まれたイメージと、本能寺の変というインパクトが大きいことが原因だろう。
ちなみに現時点で彼の印象はそのどちらでもない。道三さんの近習から織田家に出向している立場であり、はっきり言うとよくあるケースのひとつでしかない。
相応に評価されているものの、織田家四天王と言われた史実に比べると評価は高くないかもしれない。
正直、史実織田家と現在の織田家では、武士に求める価値観や能力も違うしね。統治機構の組織化や役割分担の明確化など、組織づくりを進めた結果でもある。
謀叛や裏切りの危険性が低いこともあって、新しい人も登用しやすい。さらに役職の専門化を進めたことで戦が苦手な人も十分働ける体制を整えている。
史実だと文官ですら、戦が出来るというのがないと生きていけない。それだと戦に勝てない人は能力を発揮することすら出来ないし。
少し話が逸れたが、光秀さん。文武両道でどちらでも出来る人らしい。特別いい人でもないが、陰で暗躍するような人でもない。
「勝ったね。彦右衛門殿と金さんたち勝てるかな」
光秀さんが三回戦で勝った。会場が盛り上がるが、光秀さんはあまり大喜びせずに静かに礼をして下がった。
まあ、立身出世を狙うなら正当な形で狙ってほしい。それなら誰憚ることないんだから。
「大丈夫よ。金次なんて自己評価より上手いもの。射撃の正確性だったら明智殿より上ね」
春の言葉に少しホッとする。光秀さんの動きより家臣のみんなが勝てるかのほうが気になるんだよね。本音は。
金さん、真面目でなにをやらせても一生懸命で、それでいてやりすぎない。もっと評価されてもいいと思うんだけどなぁ。
さて、次の応援に行くか。その前にメイン会場のほうにも顔を出さないと。吉法師君たちが待っているかもしれない。
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『改』は言葉、書き方、長期連載による齟齬などを微修正したものに、オマケ程度の加筆があるものです。
なお、『書籍版』の加筆修正とは別物であり、書籍版の内容とは違います。














