第二千四十四話・近江の覚悟
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Side:久遠一馬
暦は七月になっている。そろそろ夏も終盤だ。
いろいろと忙しいけど、時間を作っては子供たちと一緒に海や山に遊びに行っている。
やはり一緒に過ごす時間は大切だと思うからね。人に強制する気はないけど、親子兄弟で争うようなことだけはさせたくない。
まあ、元の世界でも遺産相続などで類似することがあったことも事実だ。オレのやり方が完全に正しいかは分からないけど。
そんなこの日、駿河遠江における河川の報告書が上がってきた。
「治水と街道整備はどこも人手不足か」
かつての尾張もそうだったけど、この時代だと川に橋がない場所が多い。ただ、川の橋は治水や用水と共に考えなくてはならず、膨大な費用と人員が必要となる。
すでに出来る範囲から街道整備と治水を行っているが、本格的な計画作成はやはりウチでしないといけない。
ただ、そこでケティがもうひとつの報告書を出してきた。
「こっちの件を先に処理してほしい」
甲斐の風土病である日本住血吸虫症の報告書になる。駿河の浮島沼周辺の一部にも同様の事例があると報告があるんだ。
この手の風土病、迷信や誹謗中傷からなる噂だけのこともあるけど、ここは調査をした結果、ようやく同様の風土病があると認められたんだよね。
風土病の調査、これが大変なんだ。現地の人が否定したり邪魔をしたりすることが後を絶たない。無論、オレたちは史実の情報で知っているものの言えるはずもない。
風土病の調査は噂を基に医師を派遣して行っているが、非協力的で隠されると発見が遅れる。この地域もそんな場所だった。
「ああ、そうだな。とりあえず立ち入り禁止にして拡散防止を優先しよう」
一帯は海が近い湿地帯で、水害や高潮の影響もあり田んぼも作れなく草刈り場程度の扱いで放置されている。史実では近代に入っても湿田だったと記録にあるところだ。
人がほとんど入らない場所なので、病の症状が出た事例を発見出来ないまま特定が出来ず、原因と思われると断定しているミヤイリガイの発見だけで終わっていたところになる。
現地で採取したミヤイリガイから日本住血吸虫が発見されたことで、ようやく断定に至った。
幸い、該当地域はそれなりの規模だけど、下手に開発しない限りは拡散の可能性は少ない。海沿いで塩害もあるから現時点では田んぼにするのも難しいし、立ち入り禁止にしてしまったほうがいいな。
絶滅対策は難しい。史実で行った用水路のコンクリート化。これを進めると天然の珪酸が水中から不足することで稲作に影響を及ぼすんだよね。一応対策は考えてあるけど、どこもかしこもコンクリート化ってのは時期尚早だ。
畿内と違い、どのみち川筋の整理から氾濫頻発地帯に堤防を築くとかやること多いしね。あまり騒がず進めるべきかな。
Side:六角義賢
三好と北条の婚礼がつつがなく終わったと知らせが届いた。伊勢は相も変わらずだが、これで一息つける。
畿内との関わりは悪化する一方だからな。
六角家中でさえも、すでに畿内を厄介者として見る者が増えておるのだ。理由は関わっても面倒ばかりで利がないことに尽きる。
いつまでも上に立っておるつもりで古き世の習わしを押し付け、かつての名目のままに銭や米を寄越せと騒ぐ朝廷に疑問を持ち始めておる。
上様がおられる以上、朝廷や公家衆がいかに騒ごうとも恐るるに足らずと思うこともあるがな。
「尾張は知恵で我らを助け、近江の暮らしが民でも分かるほど豊かになりつつある。甲賀の変りようを見て気が変わった者は多いか」
甲賀郡は六角家の直轄領として変わりつつある。細々とした小競り合いが消えて暮らしも変わったのだ。それを見て甲賀以外の者らも真似ようと思うようになっておる。
まあ、甲賀は半久遠領のようなものだが。税はこちらに入るが、尾張と争えば途端に寝返るであろう。甲賀の国人や土豪を従えても意味などない。甲賀の民が心寄せるのは久遠だからな。
少し話が逸れたが、西と東を値踏みしていずれがいいかと冷静に考える者が増えた。
「六角然り朝倉然り。畿内に兵を出して得たものは、多くの者には利と思えなくなりつつありまする」
蒲生下野守の言葉がすべてか。尾張に従えば奪わずとも暮らしが楽になる。畿内に従えばわずかな者の面目が立ち官位など権威が手に入るが、それで腹が膨れるわけではない。
北近江三郡の者らは六角に対して面白うないところは未だにあるが、それでも大人しいのは暮らしが楽になりつつあるからだ。
特に冬場に作る大根が、あの地域を変えたと言うても過言ではない。尾張から得て六角が広めた作物だからな。あれで冬場の飢えることが減ったと喜ぶ声はわしのところまで届くほどよ。
「御幸も尾張が求めなくば拒んだかもしれませぬな」
「……であろうな」
後藤但馬守と平井加賀守が語ることが六角家の本音であろうな。力を失いつつある畿内には、今までの扱いや富を奪うような形式に不満が高まっておる。
畿内からすると皮肉なことであろうが、左様な六角家中をなだめて大人しくさせておるのは内匠頭殿の奥方である曙殿たち四人だ。
当初は求めた助言以外は出過ぎた真似をせぬようにと遠慮しておられたが、いつの間にか皆の信を得て頼られておる。
わしもまた公の場で、知恵を借りたいと助けを求めることを控えなんだこともあるがな。
曙殿たちは目立たず己の功にならぬように差配する。そのやり方は尾張における内匠頭殿と同じであろう。故に助けを受けた者は恩に感じて従うようになり、曙殿が進める政は上手くいくようになった。
久遠の知恵をいかにうまく使うか。それを我らは教えられておる。立場や権威で命じるのではない。共に考えより良き道を探す如く親身になる。
政とは難しきものだ。
「尾張でも同じだ。朝廷との争いを避けておるのは内匠頭殿と奥方衆だからな」
宿老も重臣らも皆が理解しておるようだな。いずれに従えば自らの一族と六角家の先があるか。
おかしなものだ。すでに朝廷よりも曙殿たちが信じられておる。
奥羽では朝敵だった楠木が、織田に降りわずか数年で朝廷が恐れるほどの武功を上げた。それも久遠殿の奥方の下でな。
近江にもその件はすぐに広まった。尾張からかわら版や紙芝居が来るからな。
朝敵であった楠木を助け、功を挙げる場を与えてくれる。織田と久遠の名はこの件で一段と高まった。
内匠頭殿は困った顔をするであろうが、あの御仁と奥方衆がおるからこそ皆が信じる。
「御幸の支度、頼むぞ」
「はっ、畏まりましてございます」
皆の顔に憂いはない。尾張が我らを守ってくれる。そう思うからだ。
曙殿たちから献策としてあった近江御所の支城についても、異を唱える者はおらぬ。皆、本気で近江を守る覚悟を示した尾張の動きを喜んでおるからな。
尾張に習い、戦のない国にする。その決意はもう揺るがぬはずだ。
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『改』は言葉、書き方、長期連載による齟齬などを微修正したものに、オマケ程度の加筆があるものです。
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