第二千四十話・覚悟と評価
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Side:久遠一馬
近衛さんが花火見物の席で語ったことが、織田家中で話題となっている。
オレの代理で出席した資清さんからは、恐ろしいお方だったと報告があり具体的に話した内容を聞いた。
それは事実なんだけど、オレからすると、すべて察して理解している資清さんの成長に感慨深いものがある。ウチに来た頃は、そこらの武士と変わらなかったのに。
外交という部分では、近衛さんはエルより上かもしれない。ナザニンを表に出したほうがいいだろうか? ただ……。
「危ういな。殿下のことだからリスクを承知なんだろうけど」
「ええ、ここで動かねば先はないと覚悟の上かと」
「他の公卿公家とは違います。先日、弓の鍛練をされていましたが、自ら戦に出てもおかしくない腕前と御覚悟でした」
本当に危うい。エルたちとその点で一致した。近衛さんはあまりに現状と先が見え過ぎている。言い方を変えると公卿公家の和を乱しているんだ。
オレが言うのもおかしいが、近衛さんの見ているモノを同じように見えている人、何人もいないだろう。
すでにシルバーンで上皇陛下の身辺を警戒しているけど、近衛さんの周囲も警戒したほうがいいか。
二条さんや山科さんたちもいるけど、尾張と朝廷の関係を壊したい者たちが近衛さんの命を狙いかねないし。
「エル。殿下の身辺、気を付けるように頼むよ」
「はい。手配しておきます」
上皇陛下といい近衛さんといい、この時代の人は覚悟を決めると危険を承知で動いてしまう。
見習うべきところだとは思う。ただ、同時に一時の流れに惑わされては駄目だ。オレたちは知識というアドバンテージがある。それを最大限に生かすのが最善だろう。
「朝廷と公卿に対する印象が僅かにでも変わるといいんだけど」
「近衛公の評価は上がると思うわ。ただ、おひとりで来られた理由も察している人が多い。今のところ全体として緊張緩和に繋がるのは難しいわね」
駄目か。この手の考察でメルティが大きく外すことはまずない。近衛さんが認められ評価と警戒されることで一歩前進するだけで良しとするか。
まあ、あまり悲観する必要はない。奥羽を巡る比叡山との交渉も、こちらの主張を比叡山がすべて受け入れたことで一段落した。
比叡山が奥羽の寺社の非を認めたことで、こちらとしては頼まれる形で現地の比叡山系寺社と交渉を再開している。
結果だけ見ると、近江御所完成と義輝さんの婚礼前に問題を解決したいという双方の思惑が一致した。ここで比叡山と尾張が対立しても互いに失うモノが多過ぎると理解している。
比叡山は経済制裁を警戒していたけど、こちらも比叡山との争いは経済制裁に限定しても足利政権への影響が大きすぎて困るんだ。
この件は寺社奉行と外務方が上手く機能したと思う。
あとは、やはり京の都の伊勢かなぁ。このままというわけにはいかなくなりつつある。
Side:足利義輝
津島での花火も終わり、そろそろ一旦近江に戻らねばならぬので一馬の屋敷に来ておる。いろいろと話しておかねばならぬことが多いのだ。
しばし話をしておると、花火見物の席で近衛殿下が一馬に習うと堂々と言うてのけた話を思い出した。
「やはり殿下は油断ならぬな」
「頼もしい限りですよ」
一馬は相も変わらずか。虚勢を張る男ではない。敵となり得るというのに殿下を求めている節すらある。この男のかようなところは王の器と言うべきなのかもしれぬ。
もっとも朝廷を潰して一番困るのは一馬であろう。代わりとなれる者が他におらぬからな。一馬を担ごうとする者が現れかねぬ。
「面白き話もある。前古河だがな、あれはまことに関東を捨てる気のようだ。なんということはない。そなたらが始めた所領を持たぬ政ならば、愚か者どもの顔色を窺わなくてもいいと思うたのであろう」
当人は本音を表に出す男ではないが、連れて参った者らから僅かに漏れた話がオレのところまで届く。近習らに二度と戻らぬと言うておったらしいからな。
「越後の長尾も大人しいですよ。上野攻めは続けておりますが、こちらの邪魔をしないように上手く続けております。攻められている北条とすると悩みの種でもあるのでしょうが、所領を広げることを求めなくなりつつありますので長尾の上野攻めはちょうどよいのでしょう。あそこの争いを備えることへの口実に出来ますので」
関東か。地縁が少ない北条が平らげるならば、それも悪うないかと思ったが。それもあり得ぬか。
「今川を見て悟ったか」
「おそらくは。前々から気付いていたんでしょうけどね。挙兵出来ない以上、有象無象の武士を抱え続けるのは実入りより面倒が多いですから」
「実のところ、関東はいかがなのだ?」
「よい土地ですよ。あの広い平野は整えると畿内に負けぬ地となるかと。治水など大変そうですけどね」
ふむ、畿内に負けぬ地か。やはり畿内より東をひとつにまとめるほうが先かもしれぬな。
「オレもすべてを知っておるわけではないが、関東と畿内との対立は昔からあったものだ。京の都にて政をするか、鎌倉で政をするかは、尊氏公の頃から揉めていたという話も残っておる。今の東国と畿内の争いも、その積み重ねという見方が正しかろう。いつまでも勝手をさせておくわけにはいかぬな」
今より遥かに朝廷が力を持っていた頃だ。苦労があったのだろうと察する。だが、その朝廷も南北朝を経て力を落とした。尾張を中心に東国を束ねるのは今しかあるまい。
古河公方はいかようにでもなろう。あとは関東管領か。
「関東は少し機を待ちましょう。楠木殿の功もあって奥羽も治める目途が立ちました。いかに関東とはいえ、東西を押さえることは包囲しておるようなもの。こちらは銭と品物の流れも押さえておりますので」
前古河のこともある。そろそろ機が熟したかと思うたが、まだか。急いてしまうのはオレの悪い癖だが、まだ一馬が見ておるものがすべて見えぬとみえる。
「ああ、左様か。ひとまず婚礼と御所だな。北畠と共に南北朝の因縁を終わらせる」
「正直、その一件だけで、上様は後の世に名君として名を残せますよ。いかに世が変わろうと、その功は必ず残ります」
名を残すか。苦笑いが出そうになる。オレは今も将軍を退くために将軍を務めておるのだ。尊氏公以来、征夷大将軍を務めた足利家の定めとしてな。
「ならば、そなたの功はいかが残るのだ?」
少し意地の悪い問いだと思いつつ、聞いてみたかった。この男が己の働きをいかに見ておるのか。
「私ですか? 功と罪で功が僅かでも上回ればいいですね。いかに取り繕ったとて、私は余所者。私欲で日ノ本の秩序と積み重ねを壊していますから。見方を変えると日ノ本でもっとも罪深いと言われましょう」
与一郎が珍しく驚いた顔を露わとした。おそらくオレも同じ顔をしておるのだろう。
敵わぬな。心底そう思う。
ただ、それ故に分かることもある。一馬は、日ノ本でもっとも罪深く、もっとも尊い功を挙げた者として名を残すのだとな。
◆◆
『足利将軍録』『義輝記』に面白い記載がある。永禄四年、六月。義輝の婚礼前の会話である。
北畠晴具の養女を正室として迎えることで、南北朝以来の因縁を解消する件を一馬が後の世にも残る功であると褒め称えたとの内容だが、その場で義輝は一馬に自身の功はどう見るかと問いかけている。
それに対して一馬は、功と罪を比べて功が僅かにでも上回ればいいと答えたとある。
これには義輝も著者である藤孝も驚いたと記されており、政を行なううえでの一馬の覚悟と姿勢に義輝は未だ及ばぬと語ったとある。
この一馬の政治に対する理念は後の為政者や政治家の手本とされ、時には罪を背負うことになっても志を貫き通す必要性を語る時に用いられることもある。
ただし、この信念を自らの政治信条だと語った者で、相応しい結果を残したと認められた人物は僅かしかいない。
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