第二千三十五話・信濃について
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Side:織田信秀
北信濃か。そこまで困らぬように差配しておったはずなのだがな。世の流れとは、早めることや遅らせることは出来ても止められぬということか。
「一馬、奥羽領も広まるか?」
「ええ、恐らくは。具体的には葛西や伊達がいずこまで耐えるか次第かと。近くには斯波一門も多いんですよね。彼らはあまり争わないかもしれません」
奥羽も同じか。報告を聞く限りでは利になる地ではないのだがな。手付かずの地が広がり、寒さが厳しく雪が積もるところも多い。鄙の地と軽んじる気はないが、喜ぶ気にもなれぬな。
「北信濃には善光寺があるな。あそこも騒ぎそうか?」
「いえ、あそこは大人しいかと。分別があると言ってもいいですが。ウルザたちが特に遇することもなかったので驚いたらしいですけど」
信濃は古き寺社が多い。名が知れておるところでは頼朝公が信仰したとされる善光寺がある。武士は縁起を担くこともあり、頼朝公にあやかり誰もが善光寺を一目置くのであろう。わしもかつてならば、そうしたはずだ。
ただ、少々寺社にはうんざりしておったからな。捨て置いたのだが……。
「別当は村上一族の栗田家とか。以前、寺社奉行から報告が上がっていましたね。宗派の争いにも関与しませんし、寺社らしい寺社でしょうか。お望みとあらば、扱いを変えましょうか? あの様子ならばおかしなことにはならないと思いますが」
「守護様にその気はないようだ。今のままでよい。丁重に扱わねばならぬが、三代で直系が途絶えた頼朝公にあやかっても仕方あるまい」
一馬とエルがなんとも言えない顔をした。だが、そなたらとて信じてなどおるまい。わしと守護様も同じよ。大人しいとはいえ、穢れなき寺社などこの世にはないのだ。
「まあ、誰も見て戻った者はおりませんからね。死後のことは」
「死後のことまで面倒見きれぬわ。そもそも坊主を信じた者たちの末路が今の世であろう。現世に役に立たぬ者らを後生大事に崇め奉ったところで、飢えて国が荒れると家が傾く。まずは人としてなせることをするべきであろう」
一馬を見てきたからか、寺社や神仏に頼る政はろくなことにならぬと思えてしまう。
民や弱き者がそこに縋るのはいい。されど、高貴な血というだけで愚物にもかかわらず立身出世をしておる寺社を見ておると、神仏に祈るのにかの者らの助けがいるとは思えぬ。
人としてなすべきことをなし、その上で、己の胸の内で祈ればいいのだ。少なくともわしはそうしておる。
Side:久遠一馬
ウルザたちが戻ったけど、北信濃が臣従をしたいと内々に言い出したことで清洲城では対応に追われていた。
足並みがそろったのは、村上さんが根回しした結果らしい。もともと親しいとも言えず、時には協力し時には争いと典型的な国人衆だった人たちだ。
臣従するに際し、混乱や争いとならないように同じ北信濃の国人衆に声を掛けたみたい。
村上さん自身は、砥石城での争いのあとから臣従も含めて考えていたそうだ。
「配慮が大きかったことで力の差も立場も理解したそうよ」
「あれは砥石城と係争地の一部放棄の見返りでもあったんだけど」
「誇り高いのよ。村上殿は」
子供たちに引っ付かれているウルザの言葉がすべてなんだろうなぁ。村上家に配慮を決めてから、同じ北信濃の国人衆からも頼まれたことで、程度に差はあれど物流と価格で支援をしていた。支援しないと争いになってしまうからね。
ただ、常時助けを受け続けたことで先はないと覚悟を決めた。そこまで先進的な人でないみたいだけど、結局、勝ち負けを諦めるとあとは生き残るための道しかないからなぁ。
「高梨は少し驚いたよ。越後の長尾には根回し済みだよね?」
「ええ、根回しはしたみたい。長尾家中は騒いだという話よ。ただ、越後守殿は了承したとのこと」
越後守。景虎のことだ。資清さんたちがいるのでそう呼んだのだろう。景虎は信濃が斯波と織田で固まることを黙認したか。
今一つ、分からない人だけど、行動と選択はそこまでおかしなことはしないんだよね。景虎。まあ、拒むなら織田と戦にするか、高梨に同様の支援をするかしかないんだけど。
戦をすると日本海航路や尾張と越後の商いが止まることを察したかな。もう少し言うと、高梨を助ける余裕はないだろう。下手に支援をすると越後内の国人衆が不満を持つ。
このあたりはどこも一緒だけどね。代々の秩序と血縁などから逸脱したことをすると争いにしかならない。戦略的に支援が必要だと説いても納得しないんだ。
北畠と六角もそれで苦労をしている部分がある。
ちなみに現在、越後との商いはそれなりに盛んだ。主に越後の青苧を尾張に売ることで必要な品を購入していく。このあたりは交易維持のために無毒性の麻を普及させるのを止めたからなぁ。
越後としては畿内で買うよりも近い尾張で売り買いしたほうが利益になるし輸送費も節約出来る。無論、日本海航路も使ってはいるけど。ただ、日本海航路は史実の江戸期にあった北前船ほど盛んでないので輸送量も限られているしね。
「北信濃との街道整備、急がないとなぁ」
まあ、オレたちは長尾の前に北信濃だ。検地やら人口調査は恒例だし織田家でやるからいいけど。信濃は山が多いから街道に難所が多いんだ。そこの整備計画が急務となる。
信濃織田領に関しては、雑穀、大豆、野菜の生産量が右肩上がりに増えている。特に野菜なんかは干したり漬物にしたりして尾張や美濃に売れることで一気に生産量が増えた。
あと信濃唐辛子。尾張でそう呼ばれて売られている品は、信濃名産として人気もあり高値で売れている。
流通と経済を上手く回してやると発展するんだよね。北信濃が臣従するなら、なによりも街道が必要だ。
「まーま、おさんぽいこ~」
「そうね。みんなで一緒に行こっか?」
「うん!」
一方、ヒルザのほうは急ぎの報告もないとのことで子供たちと遊んでいた。下の子たちは仕事ってまだよく分かってないからなぁ。ウルザも子供たちに囲まれて相手をしながら報告してくれているけど。
まあ、ウチだとよくある光景だ。体裁、形とか作らないようにしているからね。
「あら、寝ちゃったね」
ああ、ウルザの腕の中でご機嫌だった甘奈は、いつの間にか眠ってしまっていた。甘奈はパメラとの子だ。まだ幼いからよく寝るんだよね。
侍女さんが甘奈を受け取ると、静かな部屋に連れて行ってくれる。夏場だけど風邪など引かないようにと見ていてくれるからね。こういうところは人が多いと助かっている。
さて、ウルザにも尾張滞在中はゆっくり休んでもらおうか。
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