第二千三十三話・崩れゆく由利十二頭
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Side:安東愛季
由利十二頭のひとつ、赤尾津がこちらに臣従したいと申し出た故に八戸根城に出向いたが、お方様のご機嫌はあまり良うないらしい。
「こちらのこと確と理解したのかしら?」
「はっ、そこは念入りに話してございまする」
厄介な地だからな。由利は。要らぬと言いたげなのも分からんではない。
「大井氏、小笠原殿の一族ね。宗家が尾張にいるし、いち早く従ってくれたのは認めましょう。ただし、大殿の直臣にするには小領過ぎるわ。安東殿に臣従する形でいいなら降ることを許しましょう」
これは思いもよらぬ裁定だ。確かにわしが織田に降ってからも、争いを続けておった者らだ。口添えするくらいなら面倒を見ろということか。つまり、赤尾津が騒ぎを起こせばわしが責めを負えということでもあろう。
「ああ、当主、一族、主立った家臣。すべてに誓紙を求めるわ。臣従前の因縁、諍いはすべて忘れること。これを誓ってもらう。臣従後に騒ぐ者が多いことで、今後は誰であってもこれを求めるそうよ。これは清洲の決定なので私も覆せない」
「因縁でございますか……」
清洲もお方様がたも新参の者を信じておらぬということか。あれこれと体裁を整えてはおるが、裏切り争うのが世の常。それを一切許さぬとは。
所領を召し上げる真の意味はそこにあるということだな。
「これ献策したのは他ならぬ小笠原大膳大夫殿なのよねぇ。大膳大夫殿も因縁に悩まされていたそうだから。彼らとすると皮肉に思えるかもしれないわね」
なるほど宗家が献策した条件ならば、尚更文句は言えぬな。それこそ臣従すら許されなくなる。運がいいのか悪いのか。
「あと臣従後は所領を等しく織田の地として扱う。他の由利十二頭にきちんと伝えなさい。一歩でもこちらの所領を荒らすようなことがあれば許さないとね」
「小野寺と大宝寺は同盟を結び出てくるやもしれませぬが……」
「構わないわ。一々、気を使うほどの相手じゃないもの」
背筋が冷たくなる気がした。確か飛騨、信濃は尾張の御屋形様が守護となられたはずだ。関東と越後を挟んでもう隣向こうとなる日が遠くないとは。
「東国を平らげてしまいそうでございますな」
お方様はなにも語らずか。されど、そのつもりなのだろう。清洲は新たな臣従をあまり喜ばぬようだが、厄介事は潰すに限る。従えるなり滅ぼすなりして平らげたほうが先々としては良かろう。
長きにわたりまとまることも出来ぬ由利十二頭など、端に落ちる小石程度か。
これもまた世の常であろう。蠣崎が蝦夷で久遠に手を出さねば、今しばらく奥羽は平穏だったのかもしれぬがな。されど、海路はいずれにしても久遠のものとなったはずだ。
結末は変わらぬ気がするな。
Side:久遠一馬
一面に広がる砂浜では子供たちの楽しげな声が響いていた。
「ちーち、かいあった!」
「おお、凄いな!」
今日は夏の恒例行事となった海水浴に来ている。孤児院と学校の子供たち、ウチの関係者とその子供たちなど相変わらず大勢での行楽だ。
「あ~う~」
「きゃっきゃ」
下の子であるカメリアと帆乃花も今日は一緒だ。カメリアは本領からナディと共に先日やって来た。無理をさせないようにゲルの中で一緒に海を眺めたりしているけど、ふたりともご機嫌な様子だ。
「ちちうえ!」
「うみ!」
「分かった、分かった。少し泳ぐか」
あと、今日は信長さん一家も一緒だ。吉法師君と峰法師君も、日頃忙しい信長さんと一緒ではしゃいでいる。
ふたりはほんと、この時代の武家と違った育て方で成長しているね。所領もなければ、お付きの家臣がいるわけではない。乳母と傅役、遊び相手となる近習はいるものの、実の子供たちに厳格な序列を付けて秩序を保つ意味はあまりない。
織田一族の子供たちも、文官・武官・警備兵などの公職に就くことで憂いなく生きられる形が整いつつあるし、この先には職人や商人、絵師や芸能関係で生きる者も出てくるかもしれない。選択肢は確実に広げている。
無論、家督継承について懸念がなくなったわけでもないけど。それでも兵を挙げて争い、寺社に押し込んでしまうという現状よりはいい。
「クーン」
おっと、ロボ一家も一緒だね。ただ、ロボとブランカはもう騒ぐ歳でないので、下の子たちを見守るようにのんびりしている。
オレのところには子供たちが拾ってくる貝殻が積み上がっていた。尾張だと割と拾う人が多いのでそこまで目に付くところに落ちていないんだけどね。子供たちは砂浜を掘ったりして見つけては持ってきてくれるんだ。
「すっかり水着が定着したね」
見渡すとほとんどの人が水着を着ている。女性は、ほぼ百パーセントだろう。それだけ年月が過ぎたということだし、ウチの着物、久遠物として根付いているし、反物屋では仕立てることもしている。水着も頼まれると仕立てているとか。
この時代らしい和風の布の水着とか、着物をアレンジした水着もあって独自進化し始めている。
「そうですね。こういうのは興味深いです」
エルも史実と違う文化を楽しんでいるようだ。
温泉や銭湯などは混浴で隠すこともあまりない。さらに夏場は人目を気にせず行水するような人も老若男女問わず珍しくない。ただ、海や川で遊ぶときは水着を着るという習慣となりつつある。
まあ、着るものを楽しむと言うのは、この時代でも上流階級にはある。それが一部ではあるが、領民にも伝わりつつあるんだろう。
面白いのは、尾張にいる公家衆。彼らでさえも伝統的な形よりも、尾張の流儀に合わせて生きていることか。公式の場は従来通りにしているんだけどね。
文化の先進地となる。この影響も大きいんだよね。伝統は伝統として残っているものの、新しいものが入るとそれを取り入れる。そういう変化が人を動かしていると言っても過言ではない。
「相変わらず上手いなぁ」
近くでは留吉君が砂浜の様子を鉛筆画で描いている。ふと気になって覗いてみると、短時間でさらさらと描いたとは思えない絵だ。
「私にはこれしかありませんでしたから……」
肉体労働が向かない人はいつの時代もいるからなぁ。留吉君、実は手先も器用なんだよね。清兵衛さんが職人でもやっていけると言っていたことを思い出す。
工業村や造船所で新しい試みをする時は、留吉君が絵図やら設計図を描いていることもあって、職人とも親しいんだ。
現在、留吉君はオレの家臣となっているので俸禄も出しているし、絵を描くと収入になる。従って実入りは織田家の上級武士並みだったりする。暮らしているのは今も孤児院なので屋敷もなく、召し抱えている人もいないことで収入をほとんど孤児院に入れてくれているけどね。
護衛と世話役の人はウチで付けているし、紙と絵の具くらいだろうか。本人がお金使っているのは。着物とかはリリーが仕立ててあげているしなぁ。
「留吉のおかげで、子供たちにはいろんなことをやらせてみようとみんな思ってくれた。その功は大きいんだよ」
本人は未だに農作業とか同年代の子たちより出来ない負い目があるらしいけど、功績というなら群を抜いている。
そもそも留吉君はコツコツ書き溜めた絵をウチの屋台で売ることで、自ら名を売ったんだよね。立身出世というなら、自力での部分も大きい。
武断政治から文治政治へと移行しようとした時に、留吉君のような武力や暴力ではない才で頭角を現した。
オレでも運命ではないかと思えるほどだ。もう少し自分に自信を持ってほしいなと思う。
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